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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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海鳴りの倉庫で、影はまだ立っていた

潮の匂いが夜の肺にまとわりつく。神戸の端、造船所の灯が消えたあとの湾岸は、まるで都市が捨てた骨格みたいに冷えていた。和田岬のドック跡に残された倉庫群。そのひとつに、玲奈を拘束している連中の拠点がある――NSTが辿り着いた結論だった。


「今日で終わらせる。証拠も玲奈さんの生存も、両方持って帰る」


暫定リーダー彩香の声は低く、夜気に溶けた。彼女の言葉に誰も返事をしない。必要がないからだ。あかりも、美咲も、迫田ツインズも、すでに配置につくため散っている。拳銃は持てない。許可もない。あるのは警棒とスタンガン、そして訓練で叩き込まれた判断力だけだった。


倉庫の中は鉄の迷路だった。コンテナが壁のように積まれ、潮で湿った床が光を鈍く反射する。物音ひとつが倍になって返ってくる。敵に銃がある以上、こちらが先に姿を晒せば終わりだ。


乾いた破裂音が突然響いた。


銃声。


コンテナの影から違法拳銃を持った男が現れる。彩香は即座に身を低くし、手信号で散開を指示した。澄香が上段へ回り込み、澪香が射線を遮る。あかりが横から飛び込み、近接で一人を叩き伏せる。美咲は負傷者の手当てに回る。全員が無言のまま動く。銃を持たない者の戦い方は、正面から撃ち合わないことだ。


「撃たせろ。位置が分かる」


彩香の指示は冷静だった。怒りも焦りも、今は役に立たない。


倉庫奥のシャッターが不意に持ち上がった。


強烈なライト。逆光。


その中に、ひとつの影。


両腕を拘束され、立たされている女性。濃紺のジャケット、短いスカート、白いパレードブーツ。カラーガード隊の制服――玲奈のものだ。間違いない。


彩香の呼吸が止まった。


玲奈は叫ばない。暴れもしない。ただ、こちらを見ている。距離は遠い。だが確かに目が合った。次の瞬間、彼女はわずかに顎を引いた。頷きにも似た小さな動き。


生きている。


その合図だった。


閃光弾が弾け、視界が白く飛ぶ。シャッターが閉まり、トラックのエンジン音が遠ざかっていく。追える状況じゃない。銃を持たないまま突っ込めば、全滅する。


彩香は拳を握り締めた。


「……追うな。ここで全員死ぬ意味はない」


それがリーダーの判断だった。誰も異議を唱えない。玲奈なら同じことを言う。


倉庫を制圧したとき、残ったのは拘束された実行犯と、床に散らばる薬莢と血の匂いだけだった。主犯格は逃げた。玲奈も連れて。


海の方から風が吹き込む。夜の波音が低く鳴っている。彩香は倉庫の外へ出て、防波堤の向こうを見た。暗い海は何も語らない。


県警幹部は言った。玲奈のことは最悪を想定している、と。だが違う。彼女はまだ盤上にいる。敵が切り札として温存している証拠だ。


「待っててください、玲奈さん」


言葉は風に消えた。だが決意は消えない。


彩香の脳裏に、父の背中が浮かぶ。どんな劣勢でも下を向かなかった男。最後の一球まで諦めなかった外野手。


玲奈も同じだった。背中で引っ張るリーダー。


ならば今度は自分の番だ。


港の夜は静かだった。だがその静けさは終わりを意味しない。嵐の前の無音に似ている。銃声と海鳴りが混ざり合う次の戦いが、もうすぐそこまで来ている。


彩香は振り返り、仲間たちを見る。


「帰るで。次は必ず、連れて帰る」


誰も笑わない。誰も泣かない。ただ頷く。


海の向こうで、見えない敵が動いている。

そして、濃紺の制服の影はまだ消えていない。

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