雪山に消えない足跡
但馬の山は、音を吸う。
養父市の山岳地帯。
白一色の世界は美しいが、同時に残酷だ。足跡は嘘をつかない。誰が通ったか、どれだけ重い荷を背負っていたか、どこへ向かったか――全部、雪が覚えている。
NSTが掴んだ情報は、その“白”の中にあった。
第三国経由で流れ込んだ武器。
新しい資金洗浄ルートの終点。
そして、玲奈が一時的に“そこを経由した可能性”。
県警幹部は「最悪の想定」を口にしたが、彩香は切り捨てた。
足跡が残る限り、人は消えない。
今回の先行は、迫田澄香だった。
双子のうち、より静かな方。
澪香が感情で動く瞬間でも、澄香は刃のように冷える。
雪山で必要なのは、熱よりも冷静さだ。
彩香は短く言った。
「澄香。単独で先行。
倉庫群の外周、監視網、移送車両の経路。
焦るな。足跡は消えへん。」
澄香は頷き、白い息を吐いた。
「了解。雪は味方です。」
――――
山中の廃スキー場跡。
営業をやめたリフトが凍りつき、風がワイヤーを鳴らす。
その麓に、コンテナが並んでいた。簡易倉庫。だが、中身は観光用の土産ではない。
澄香は地元の除雪業者に紛れ、静かに近づいた。
作業着、ニット帽、スコップ。完璧な偽装。
コンテナ裏に回り、タイヤ痕を見る。
大型トラックが何度も往復している。しかも最近。
雪の上に残る黒い粉末。火薬の原料。
澄香は無線を押す。
「彩香、確認。武器搬入拠点。
中に複数。警戒は甘い。急いでいる様子。」
彩香の声は低い。
「焦っとる証拠や。
……玲奈さんの線、何かあるか?」
澄香は雪面に目を落とした。
そこに、細い溝。
ブーツとは違う、引きずられた跡。
そして、白い繊維。
心拍が一瞬だけ跳ねる。
「……可能性あり。
拘束状態の移送痕跡。
サイズ、女性。」
玲奈かどうかは断定できない。
だが“通った”のは確かだ。
その時、遠くから場違いな音がした。
「はい、こちら但馬の雪景色です〜!」
マイク越しの明るい声。
カメラの回る音。
澄香は目を細めた。
(……最悪。)
神戸放送の情報番組。
準レギュラー、さつき。
白いコートをまとい、上品に笑う彼女が、雪の中に立っている。
番組は「但馬の雪景色特集」。
タイミングが悪すぎる。
さらに悪いことに、澪香が別方向から偵察に入っていた。
カメラマンが澪香を見つける。
「すみません!地元の方ですか?少しインタビューいいですか?」
澪香が固まる。
耳に無線が入っている。今は任務中。
だがカメラは回っている。逃げれば怪しい。
さつきがマイクを持って近づく。
「こんにちは。今日はどちらへ?」
澪香は一瞬、澄香を見る。
澄香は遠くからわずかに首を振る。
“任務続行”。止まるな。
澪香は覚悟を決めた。
「……ええと、雪見に。
但馬の雪、きれいですね。」
カメラが寄る。
さつきがにこやかに続ける。
「おすすめの景色、ありますか?」
澪香は山の斜面を指差す。
だがその方向は、実は“敵の監視位置”。
カメラとスタッフがそちらへ移動する。
結果的に、倉庫周辺の男たちが動揺した。
「撮影?聞いてないぞ」
「まずい、顔が映る」
警戒が一瞬崩れる。
澄香はその隙を逃さなかった。
コンテナ裏に滑り込み、南京錠を確認。
簡易。急造。
蹴りではなく、ピンポイントで破る。
中には木箱。
銃器部品。
爆発物。
そして、拘束具の予備。
確証には足りない。
だが、線は繋がる。
澄香は無線を押す。
「彩香、確定。武器庫。
今、外が騒がしい。撮影隊の影響。
……今なら行けます。」
彩香は一瞬だけ沈黙し、決断する。
「全員、挟み込む。
澪香はそのまま一般人を装え。
……さつきは、使える。」
澄香が小さく笑った。
「まさか、ロケが援護になるとは。」
――――
撮影スタッフが雪景色に気を取られている間に、NSTは配置についた。
迫田ツインズが左右から入り、あかりが後方遮断。
男たちはカメラを警戒して武器を出せない。
「テレビに映る」ことは、彼らにとって最悪だ。
制圧は短時間で終わった。
さつきはまだ雪の話をしている。
「この辺りは空気が澄んでいて、本当に静かですね〜」
澪香はマイクを向けられ、最後に一言。
「……足跡は、消えないと思います。」
意味深だが、視聴者には風情あるコメントにしか聞こえない。
――――
夜。
倉庫は押収された。
武器と爆弾は確保。
新たな資金ルートのログも回収。
だが玲奈は、もうそこにはいなかった。
澄香は雪面に残る跡を見つめる。
移送車両は南へ向かっている。
彩香が静かに言う。
「……あと一歩や。」
悔しさはある。
だが今日は違う。
生存の可能性は上がった。
拘束具の刻印。
移送の痕跡。
雪は、確かに覚えていた。
遠くで、さつきがスタッフと笑っている。
「あ、さっきの方、印象的でしたね〜」
澪香が小さく息を吐く。
「……まさか、あの人に救われるとは。」
澄香が答える。
「偶然も、戦力です。」
彩香は白い山を見上げた。
県警が何を想定しようが関係ない。
足跡は残っている。
玲奈は通った。
消えていない。
雪山は冷たい。
だが、冷たいからこそ、嘘を隠せない。
NSTはまた一歩、影に近づいた。




