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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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暫定という名の背中

南京町の地下で押収された“肉塊”は、すべて別人だった。


DNA鑑定の結果が出た夜、NSTの空気は重く、しかしわずかに軽くもなった。

最悪の想像は否定された。

玲奈は、あの冷蔵倉庫に吊るされてはいなかった。


だが、白いグローブは本物だった。


カラーガード隊の仕様。

生地の繊維、縫製の癖、付着していた微量の化粧品成分。

すべてが玲奈のものと一致した。


「玲奈さんは、あの店に居た。」


あかりが低く言った。


“居た”。


過去形だ。


生存は不明。

痕跡はある。

だが、今どこにいるのかは分からない。


その翌日。


彩香は兵庫県警本部の一室に呼ばれた。


重いドア。

静かな会議室。

波田顧問と、県警幹部数名。


幹部の一人が、ゆっくりと口を開いた。


「南京町の件、よくやった。」


ねぎらいの言葉。

形式ばっているが、本音でもある。


「しかし……」


空気が一段冷える。


「玲奈の件は、公式には“存在しない”ことになっている。

今後は、彼女は居ないものとして動いてもらう。」


彩香の指先が、わずかに震えた。


「居ない……?」


「公的には、だ。警察学校研修中という扱いは維持する。

だが内部では、行方不明者としては扱わない。」


政治だ。


波田顧問が、静かに彩香を見た。


「彩香。今日からお前は“暫定リーダー”だ。」


「……臨時リーダーと、何が違うんですか。」


真顔で問う彩香。


幹部は咳払いをした。


「制度上の問題だ。名称の変更。

実務は、これまでと大きくは変わらない。」


「……つまり、ほぼ同じ?」


「……ほぼ同じだ。」


沈黙。


彩香の口元がわずかに引きつる。


(それ、言い方変えただけやないか。)


波田顧問が低く笑った。


「肩書きは飾りだ。背中で引っ張れ。」


背中。


その言葉が刺さる。


会議室を出た後、彩香はしばらく廊下で立ち止まった。


玲奈は、多くを語らない。

指示も簡潔。

だが誰よりも先に動き、誰よりも最後まで残る。

背中で引っ張るリーダーだった。


父の姿が重なる。


西川剛史。


鉄鋼不況で野球部の休部が囁かれた年。

スポンサーが揺れ、市民の関心も薄れた。


だが父は黙って走った。


若手に混じって、誰よりも走り込んだ。

声を荒げず、愚痴も言わず。


その年の都市対抗代表決定戦。

九回、代打。


誰もが不安を抱く場面で、父は打席に立った。

初球の変化球を叩き、センター前へ。


決勝打。


球場が揺れた。


派手なガッツポーズはなかった。

ただ、静かに一塁へ走る背中。


それが、町を救った。


彩香は、その現役時代を知らない。

だが何度も聞かされた。

何度も背中を見てきた。


「逆境を楽しめ。」


「どんな時でも下を向くな。」


玲奈も、同じ匂いがする。


多くを語らず、背中で示す。


自分は、まだそこまでの器じゃない。

経験も足りない。

年齢も、二十一歳。


だが、やるしかない。


NSTの部屋に戻ると、迫田ツインズ、あかり、美咲が待っていた。


空気が張り詰めている。


「どうやった。」


澪香が聞く。


彩香は、ゆっくりと答えた。


「今日から、暫定リーダーや。」


あかりが目を丸くする。


「臨時と何が違うん?」


彩香は一瞬だけ笑った。


「制度上の問題らしい。」


ツインズが同時に言う。


「……同じやん。」


美咲が小さく頷く。


空気が、少しだけ和らぐ。


だが彩香は、すぐに真顔に戻った。


「玲奈さんは、まだ生きとる。

あのグローブが証拠や。」


沈黙。


「必ず、取り戻す。」


声は低いが、迷いはない。


「兵庫県も、守る。

元知事の計画も、止める。」


迫田ツインズが一歩前に出る。


「ついていく。」


あかりが拳を握る。


「私は冷静にやる。」


美咲が静かに言う。


「任せてください。」


彩香は一人で背負うつもりだった。

だが違う。


背中で引っ張るとは、孤独になることじゃない。


前を向くことだ。


夜。


彩香は一人、窓の外を見た。


神戸の港。

光が水面に揺れる。


玲奈はどこにいる。


国交のない国へ移送される可能性。

タイムリミットは近い。


それでも。


暫定でも、臨時でもいい。


肩書きはどうでもいい。


背中で示す。


「待っとれ、玲奈さん。」


拳を握る。


必ず救い出す。


兵庫県は、自分が守る。


暫定という名の重みは、もう軽くない。

だが彩香は、下を向かない。


背中で引っ張る覚悟が、

今、固まった。

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