千本の糸に、黒鷹は嘘を織る ――西脇・播州織工場、「存在しない柄」に隠された暗号設計図
西脇の朝は、織機の音で始まる。
神戸のような高層ビルはない。
姫路のような大城郭もない。
けれど、この町には。
百年以上。
日本の服を陰から支えてきた音がある。
ガシャン。
ガシャン。
何千本もの糸が上下し。
横糸が走る。
また。
ガシャン。
加古川と杉原川。
山々に囲まれた盆地。
その水と風土を使って育ったものがある。
播州織。
布を織ってから染めるのではない。
先に。
糸を染める。
紺。
青。
赤。
白。
緑。
細い一本の糸へ色を入れ。
それらを縦と横に組み合わせる。
チェック。
ストライプ。
細かな幾何学。
光の当たり方で表情を変える柄。
糸そのものから色が入っているから。
柔らかい。
深い。
そして。
品がある。
国内外の高級シャツ。
ファッションブランド。
制服。
日用品。
完成した服を着る人間が。
西脇という地名を知らないことはある。
だが。
知らず知らずのうちに。
播州織を身にまとっている人間は。
少なくない。
表に出なくても。
日本の衣服を。
根っこで支える。
それが。
西脇だった。
町には。
派手さはない。
けれど。
職人は知っている。
一本の糸が。
間違えば。
一枚の布は。
全部。
狂う。
一本。
一本。
積み重ねる。
その繰り返し。
だからこそ。
この町では。
嘘も。
目立たない。
一本。
一本。
混ぜれば。
それは。
柄に見える。
黒鷹は。
そこに。
目をつけた。
西脇市郊外。
杉原川の近く。
赤煉瓦の古い事務棟。
その奥。
大きな工場。
さらに。
新しい。
自動織機棟。
看板。
播磨千代田織布株式会社。
創業。
明治末期。
最初は。
小さな家族経営の織屋だった。
戦前。
戦後。
高度経済成長。
海外生産との競争。
何度も。
潰れかけ。
それでも。
残った。
理由。
技術。
染め。
織り。
検品。
そして。
時代に合わせて。
機械も。
変えた。
昔ながらのシャトル織機。
高速織機。
最新のデジタルジャカード。
今では。
高級シャツ地。
ブランド向け生地。
特殊機能繊維。
少量多品種の試作。
古い職人の感覚と。
最新デジタル制御。
両方。
持っていた。
黒鷹にとって。
その会社は。
魅力的すぎた。
問題が発覚したのは。
一枚。
小さな布だった。
海外の展示商談会へ。
発送予定。
試作サンプル。
正式製品名。
なし。
顧客。
なし。
商品番号。
なし。
灰色。
紺。
白。
地味な。
幾何学模様。
誰が見ても。
ただの布。
だが。
県警の分析官が。
規則性へ気づいた。
縦糸。
横糸。
色。
織り方。
交差。
それを。
白。
黒。
一。
零。
二進数。
置き換える。
数字。
並ぶ。
復号。
画面。
設計図。
次世代産業ロボット。
制御回路。
企業内部から盗み出された。
未公開技術。
黒鷹は。
USBを使わなかった。
紙にも。
印刷しなかった。
クラウドにも。
上げなかった。
盗んだ設計データを。
布の柄として織り込んだ。
海外へは。
生地見本として。
発送。
受け取った側。
高精細カメラで。
撮影。
画像。
変換。
復号。
設計図。
完成。
税関。
物流。
企業側の情報管理。
どこから見ても。
ただの織物。
玲奈は。
大型モニターに。
解析画像を映した。
「少し変わった産業スパイです」
ヒロ室西日本分室。
麻衣。
画面。
見る。
「布に設計図……」
美咲。
「ジャカード織機なら複雑な柄はかなり正確に再現できます」
あかり。
「この布見たら機械の作り方分かるん?」
美咲。
「復号方法を知らなければ、まず分かりません」
あかり。
「じゃあ私には無理やに」
麻衣。
「あかり、自信持って言わんでええよ」
「分からんもんは分からんに」
玲奈。
資料。
めくる。
「黒鷹は、三日後に新しい暗号布を海外展示会用のサンプル便へ混ぜる予定です」
今回。
彩香はいない。
理由。
特に。
誰も。
触れない。
玲奈は。
自然に。
麻衣を見る。
「現場キャップは麻衣」
麻衣。
一瞬。
見る。
以前なら。
聞き返した。
今は。
違う。
「分かりました」
あかり。
「麻衣が仕切るん?」
「そうやよ」
美咲。
「お願いします」
麻衣。
「二人とも、勝手なことせんといてね」
あかり。
「分かったに」
美咲。
「承知しました」
その時。
分室の奥。
声。
「おう!」
波田顧問。
入ってくる。
「また紀伊ハンターの出番じゃねぇか!」
三人。
反応。
薄い。
麻衣。
「波田さん、それまだ言うんです?」
波田。
江戸っ子。
べらんめえ。
「まだも何もねぇだろ。和歌山、三重、奈良。紀伊半島三人娘。こんだけ揃ってんだ、紀伊ハンターで決まりじゃねぇか」
あかり。
「元ネタ知らんに」
波田。
「てやんでぇ! だから見ろってんだよ!」
美咲。
「かなり昔の作品なんですよね」
「昔だろうが何だろうが名作は名作だ!」
波田。
いつものように。
一人だけ。
熱くなる。
1970年代。
人気スパイ・アクションドラマ。
秘密チーム。
潜入。
追跡。
格闘。
国際犯罪。
男も。
女も。
格好いい。
波田だけが。
リアルタイム。
知っている。
麻衣。
「初回放送、モノクロの時代でしたっけ」
波田。
「そこ突っ込むんじゃねぇよ!」
あかり。
「波田さんしか分からん名前やに」
波田。
「おめぇらが分かんねぇだけだ!」
玲奈。
静か。
「波田顧問」
「なんでぇ」
「作戦会議です」
「へいへい」
紀伊ハンター。
以前から。
波田が。
勝手に。
呼んでいる。
本人たちは。
相変わらず。
しっくり来ているのか。
来ていないのか。
よく分からない。
ただ。
否定。
しなくなった。
その程度。
潜入初日。
播磨千代田織布。
工場。
朝。
織機。
音。
ガシャン。
ガシャン。
麻衣は。
品質管理補助。
サンプル管理。
白い作業服。
名札。
手袋。
生地。
一枚。
一枚。
見る。
糸抜け。
色ムラ。
柄ズレ。
織り傷。
普通の人間なら。
見過ごす。
小さな違和感。
麻衣。
拾う。
主任。
「白浜さん、目ええな」
「そうですか?」
「ここ見てみ」
細い糸。
一本。
わずか。
ずれる。
麻衣。
「ほんまや」
「これ通すと、シャツになった時に目立つ」
麻衣。
「一本でも?」
「一本やから怖いねん」
麻衣。
少し。
頷く。
黒鷹。
狙い。
その言葉。
妙に。
重なる。
一本。
一本。
違えば。
柄。
変わる。
だから。
一本。
一本。
情報を。
入れられる。
麻衣。
工場。
歩く。
第三ジャカード棟。
原反倉庫。
出荷口。
非常階段。
染色棟。
サンプル室。
頭へ。
入れる。
通信。
『美咲』
『はい』
『第三ジャカードから裏出荷口、二分ちょいやね』
『了解です』
『あかり』
『何?』
『原反倉庫から製品倉庫、どれくらい?』
『台車なら一分ぐらい』
『走ったら?』
『もっと早いに』
『仕事中走らんといてね』
『分かっとる』
麻衣。
静か。
だが。
全体。
見ている。
あかり。
原反搬送。
生地ロール。
糸。
梱包。
台車。
ガテン系。
初日。
ベテラン。
あかりを見る。
小柄。
細身。
「姉ちゃん、これ結構重いで。大丈夫か?」
あかり。
「大丈夫やに」
「無理すんなよ」
「はい」
一時間後。
台車。
押す。
二時間後。
原反。
運ぶ。
四時間後。
「山本ちゃん!」
「何?」
「ちょっと休め!」
「これ終わってから」
「先休め!」
「はい」
素直。
それが。
いい。
二日目。
「あかりちゃん、こっち頼める?」
「ええよ」
四日目。
「山本ちゃん、赤札は二番倉庫や!」
「分かった!」
一週間。
「あかりちゃんおらん?」
「向こう!」
「今日あの子おらんかったら回らんぞ!」
完全。
馴染む。
あかり。
別に。
無理して。
情報を聞かない。
休憩。
缶コーヒー。
ベテラン。
「なあ、あかりちゃん」
「何?」
「夜中だけ変な布作っとるん知っとる?」
「知らん」
「第三ジャカード」
「へえ」
「偉いさんが触るな言うとる」
「どんな柄?」
「地味。紺と灰色。あれ売れるんかいな」
あかり。
「知らんに」
ベテラン。
「興味ないん?」
「仕事違うから」
男。
笑う。
「ええ性格やな」
あかり。
「そう?」
それ以上。
聞かない。
だから。
疑われない。
美咲。
生産管理事務。
制服。
髪。
整える。
パソコン。
伝票。
糸番号。
織機稼働記録。
出荷帳票。
試作番号。
一日目。
「春日さん、これ入力お願い」
「はい」
「これ昨日のパターン履歴出せる?」
「少々お待ちください」
数分。
「こちらです」
「早いな」
「ありがとうございます」
三日。
「春日さん、今日の出荷分」
「確認済みです」
「助かる」
一週間。
美咲。
いること。
当たり前。
それが。
強い。
黒鷹の協力者。
すぐ横。
話す。
「第三ジャカード、今週も夜」
「いつ?」
「二時十七分」
「二十六分だけ動かす」
美咲。
キーボード。
打つ。
顔。
上げない。
だが。
全部。
聞く。
夜。
履歴。
開く。
午前二時十七分。
稼働。
午前二時四十三分。
停止。
正式生産指示。
なし。
毎週。
同じ。
美咲。
通信。
『麻衣さん』
「何?」
『見つけました』
麻衣。
声。
変わる。
『例の柄?』
『はい』
『織機は?』
『第三ジャカード』
『時間』
『午前二時十七分から二時四十三分』
麻衣。
『あかりの話と一致やね』
『はい』
麻衣。
目。
細くなる。
『ありがとう』
二日後。
サンプル管理室。
麻衣。
棚。
一つ。
見る。
番号。
なし。
小さな。
布片。
紺。
灰。
白。
幾何学。
手袋。
触れる。
『玲奈さん』
『はい』
『多分、これです』
撮影。
送る。
県警。
分析。
照合。
数分後。
玲奈。
『一致しました』
麻衣。
静か。
『やっぱり』
『設計データだけではありません。黒鷹側の連絡コードも含まれています』
麻衣。
『次の発送は?』
『三日後。海外展示会用サンプル便』
『そこまで泳がせます?』
『ええ。実行役と受け取りルートを一緒に押さえたい』
麻衣。
『了解』
順調。
だった。
今のところ。
三日後。
工場。
正門。
神戸放送。
取材車。
麻衣。
防犯モニター。
見る。
止まる。
「……」
美咲。
通信。
『麻衣さん?』
「来た」
『誰です?』
「さつきさん」
三好さつき。
神戸放送。
情報番組。
『兵庫のものづくり再発見――世界へ羽ばたく播州織』
麻衣。
目。
閉じる。
「なんで今日なん……」
さつき。
カメラ。
笑顔。
「今日は、西脇が誇る播州織の工場へお邪魔しています」
先染め。
紹介。
糸。
染色。
織機。
職人。
さつき。
真面目。
上手い。
「布になってから色を付けるのではなく、糸の段階で染める。だからこそ、繊細な柄と深い風合いが生まれるんですね」
工場側。
好評。
麻衣。
小声。
『そのまま終わって……』
無理だった。
原反倉庫。
巨大な生地ロール。
押す。
あかり。
さつき。
目。
止まる。
「あれ?」
麻衣。
『見んといて……』
さつき。
「……あかりちゃん?」
麻衣。
『あかり、絶対振り向かんといて』
あかり。
歩く。
さつき。
「あかりちゃん!」
止まる。
麻衣。
『そのまま!』
さつき。
近づく。
「あかりちゃんやん!」
あかり。
「あ、さつきさん」
麻衣。
額。
「返事した……」
さつき。
「何してるん?」
あかり。
「布運んどるに」
「それは見たら分かる」
「じゃあ何で聞くん」
「仕事やから」
カメラ。
回る。
さつき。
「この生地、何メートルぐらいあるん?」
あかり。
「知らん」
「重さは?」
「重い」
「情報少なっ」
あかり。
「赤札は二番倉庫。青札は三番」
「そこは分かるん?」
「仕事やから」
さつき。
笑う。
「ちゃんと働いてるんやね」
あかり。
「失礼やに」
麻衣。
通信。
『あかり、もう仕事戻って!』
「分かったに」
そこへ。
美咲。
資料。
抱える。
事務棟。
横切る。
さつき。
「あれ?」
麻衣。
「……やめて」
さつき。
「美咲ちゃん?」
美咲。
一瞬。
止まる。
さつき。
近づく。
「美咲ちゃんもおるやん!」
美咲。
静か。
「こんにちは」
麻衣。
頭。
抱える。
「二人目……」
さつき。
「何してるん?」
美咲。
「事務です」
「そのまんまやな」
「はい」
「こういう仕事得意そう」
「よく言われます」
麻衣。
『美咲、普通に会話せんでええよ!』
美咲。
小声。
『もう見つかっていますから』
麻衣。
『正論で返さんといて!』
そして。
最後。
品質管理区画。
麻衣。
サンプル。
運ぶ。
さつき。
遠く。
見る。
「あ!」
麻衣。
天井。
見る。
「あれ、麻衣ちゃんちゃう?」
麻衣。
止まる。
ゆっくり。
振り返る。
「……こんにちは」
さつき。
「三人揃っとるやん!」
麻衣。
「偶然です」
「すごい偶然やな」
「そうですね」
笑顔。
目。
全く。
笑っていない。
カメラマン。
妙に。
いい画。
撮る。
さつき。
「せっかくやから三人で――」
麻衣。
「仕事中です」
「はい」
さつき。
珍しく。
引く。
ただ。
もう。
遅かった。
工場。
二階。
窓。
黒鷹協力者。
見ている。
新しい。
三人。
品質管理。
搬送。
生産事務。
全部。
別部署。
なのに。
神戸放送のレポーター。
全員。
名前。
知っている。
親しい。
偶然。
一つなら。
偶然。
三つ。
重なる。
それは。
疑う理由になる。
男。
スマートフォン。
短い。
「予定変更」
『何だ』
「今日出す」
『発送は三日後だ』
「待てない。女三人、怪しい」
『確証は?』
「いらない」
黒鷹。
動く。
暗号布。
回収。
車。
用意。
生産管理室。
美咲。
画面。
見る。
試作サンプル。
突然。
移動指示。
『麻衣さん』
「何?」
『第三ジャカードの試作サンプルが、製品倉庫へ移されます』
麻衣。
一瞬。
「予定ないよね」
『ありません』
あかり。
別通信。
『麻衣』
「何?」
『裏に白いワゴン来とるに。いつもの会社ちゃう』
麻衣。
顔。
変わる。
『黒鷹、動いた』
玲奈。
通信。
『こちらでも確認しました』
麻衣。
一秒。
考える。
工場。
一般従業員。
多い。
危険。
玲奈。
『判断は任せます』
麻衣。
短い。
「工場内で止めます」
『了解』
麻衣。
次。
指示。
『美咲、裏出荷口!』
『はい!』
『あかり、原反倉庫!』
『任せて!』
「私は織機棟」
三人。
動く。
さつき。
まだ。
別棟。
取材。
続けている。
何も。
知らない。
第三ジャカード棟。
轟音。
ガシャン。
ガシャン。
何千本。
糸。
上下。
工作員。
ケース。
持つ。
麻衣。
走る。
「止まって!」
男。
振り返る。
「誰だ!」
麻衣。
答えない。
男。
別の一人へ。
「やれ!」
男。
来る。
麻衣。
狭い。
織機間。
身体。
沈める。
拳。
上。
通る。
麻衣。
横。
すり抜ける。
男。
振り返る。
もう。
いない。
「どこだ!」
背後。
「こっちやよ」
男。
振り返る。
遅い。
麻衣。
手首。
取る。
肩。
入れる。
足。
崩す。
床。
男。
倒れる。
織機。
一切。
触らない。
紀州の舞姫。
小柄。
軽い。
速い。
狭い。
それが。
強さ。
昔は。
自分だけ。
動けば。
よかった。
今は。
戦いながら。
通信。
『あかり、そっち二人行ったよ!』
『分かった!』
『美咲、裏口閉じられる?』
『できます』
『お願い!』
麻衣。
次。
工作員。
来る。
腕。
かわす。
一歩。
二歩。
機械。
隙間。
相手。
大柄。
詰まる。
麻衣。
反転。
「そこで止まっといて」
足元。
崩す。
二人目。
床。
ガシャン。
ガシャン。
織機。
止まらない。
まるで。
麻衣の動きに。
拍子を。
刻む。
原反倉庫。
あかり。
走る。
巨大な。
生地ロール。
工作員。
二人。
ケース。
運ぶ。
「あ!」
男。
見る。
あかり。
「それ置いて」
「どけ!」
あかり。
止まる。
「嫌やに」
一人。
大柄。
突進。
あかり。
腰。
落とす。
肩。
受ける。
靴。
床。
一歩。
下がる。
男。
押す。
あかり。
次。
前。
「力仕事なら」
押し返す。
「今日ずっとやっとるに!」
男。
「何だこいつ!」
あかり。
「四日市の――」
一瞬。
止まる。
「いや、今日は工場の人やに!」
男。
「意味分からん!」
前。
四日市の突貫娘。
爆発。
ただ。
昔と。
違う。
右。
生地。
左。
台車。
前。
空きスペース。
全部。
見る。
男を。
安全な方へ。
押す。
二人目。
横。
拳。
あかり。
腕。
受ける。
身体。
返す。
相手。
商品。
方向。
行かせない。
「布潰したら怒られるに!」
男。
「知るか!」
「私は知っとる!」
肩。
入れる。
一人。
後退。
もう一人。
進路。
塞ぐ。
あかり。
笑う。
「二人まとめて来るなら来いやに!」
強い。
だが。
雑ではない。
現場で。
覚えた。
安全。
使う。
それが。
今の。
突貫娘。
裏出荷口。
美咲。
事務服。
立つ。
ケース。
持った男。
走ってくる。
「どけ!」
美咲。
「できません」
「事務員が!」
「はい」
美咲。
一歩。
前。
「事務員です」
男。
「なら引っ込んでろ!」
腕。
伸ばす。
美咲。
横。
手首。
取る。
男。
「え?」
身体。
返す。
肩。
流す。
床。
ケース。
落ちる。
美咲。
先に。
拾う。
二人目。
後ろ。
来る。
美咲。
振り返る。
拳。
外す。
一歩。
前。
今度は。
待たない。
腕。
取る。
体重。
ずらす。
足。
払う。
男。
床。
美咲。
静か。
呼吸。
少し。
上がる。
普段。
大人しい。
奈良公園の鹿。
そんな。
言われ方。
される。
だが。
怒らないだけ。
弱いわけではない。
奈良の、静かに燃える女。
男。
立ち上がる。
「お前、本当に事務員か!」
美咲。
少し。
首。
傾ける。
「勤務上は」
一歩。
「そうです」
男。
また。
来る。
美咲。
目。
冷たい。
今度。
一瞬。
決める。
床。
男。
動かない。
製品倉庫。
黒鷹責任者。
最後の暗号布。
専用ケース。
手。
走る。
前。
麻衣。
左。
あかり。
右。
美咲。
三人。
揃う。
責任者。
止まる。
「何なんだ、お前ら!」
一瞬。
沈黙。
あかり。
麻衣。
見る。
「何て言う?」
美咲。
「例の名前でしょうか」
麻衣。
嫌な顔。
「……言わなあかん?」
責任者。
「何の話だ!」
あかり。
「波田さんのやつ」
美咲。
「元ネタは今も分かりませんが」
麻衣。
「今それ説明せんでええよ!」
責任者。
苛立つ。
「ふざけるな!」
麻衣。
一つ。
息。
吐く。
「……紀伊ハンター、らしいわ」
あかり。
「波田さんしか呼んでへんけどな」
美咲。
「私たちは自称していません」
麻衣。
「話ややこしくせんといて!」
その瞬間。
黒鷹。
二人。
追加。
倉庫。
入る。
三対三。
麻衣。
顔。
変わる。
「行くよ」
三人。
散る。
まるで。
古い。
スパイ・アクションドラマ。
麻衣。
左。
速い。
あかり。
正面。
強い。
美咲。
右。
静か。
一人。
あかりへ。
来る。
あかり。
真正面。
受ける。
「来いやに!」
四日市の突貫娘。
力。
一点。
男。
押す。
別。
麻衣。
狭い。
生地ロール。
間。
入る。
相手。
追う。
麻衣。
消える。
次。
背後。
「遅いよ」
紀州の舞姫。
手。
足。
男。
崩す。
三人目。
美咲。
暗号布。
狙う。
美咲。
前。
立つ。
「通しません」
男。
「どけ!」
「嫌です」
腕。
伸びる。
美咲。
避ける。
手首。
取る。
身体。
返す。
男。
横。
そこ。
あかり。
「おかえりやに!」
男。
「誰が帰った!」
麻衣。
「漫才せんといて!」
あかり。
「してへんに!」
美咲。
「前を見てください」
あかり。
「はい!」
三人。
噛み合う。
麻衣。
指示。
「美咲、右!」
「はい!」
「あかり、正面二人!」
「任せて!」
責任者。
左。
逃げる。
麻衣。
先。
「そっち無理やよ」
右。
責任者。
方向。
変える。
美咲。
「こちらも通れません」
後ろ。
あかり。
「戻るん?」
責任者。
止まる。
三方向。
塞がる。
それは。
偶然。
ではない。
力。
速度。
精密。
違う。
三つ。
能力。
互い。
補う。
紀伊ハンター。
波田顧問しか。
元ネタ。
知らない。
だが。
この瞬間だけは。
名前。
妙に。
似合う。
責任者。
ケース。
投げる。
麻衣。
反応。
取る。
その隙。
男。
走る。
あかり。
「逃がさん!」
前。
止める。
責任者。
突っ込む。
あかり。
真正面。
受ける。
二歩。
下がる。
一歩。
返す。
男。
止まる。
麻衣。
後ろ。
腕。
取る。
美咲。
横。
足。
塞ぐ。
責任者。
崩れる。
その時。
工場外。
サイレン。
一台。
二台。
三台。
県警車両。
正門。
裏門。
特殊部隊。
突入。
工場。
従業員。
避難。
統制。
先頭。
岡本玲奈。
黒いジャケット。
「そこまでです」
特殊部隊。
一斉。
展開。
工作員。
内部協力者。
責任者。
全員。
確保。
暗号布。
回収。
ジャカードパターン。
保存データ。
盗難設計情報。
海外発送記録。
さらに。
過去。
同じ方法。
使った。
複数。
サンプル。
県警。
復元。
別企業。
機密流出。
数件。
判明。
黒鷹。
一つ。
ルート。
丸ごと。
潰れる。
任務。
想定。
以上。
玲奈。
三人。
見る。
麻衣。
息。
少し。
上がっている。
あかり。
作業服。
乱れている。
美咲。
事務服。
袖。
少し。
ずれている。
それでも。
三人。
立っている。
玲奈。
「よくやりました」
麻衣。
「ありがとうございます」
あかり。
「疲れたに」
美咲。
「でも、全部押さえられました」
玲奈。
頷く。
「ええ」
工場。
外。
夕方。
西脇。
山。
空。
織機。
また。
動き始める。
日常。
戻る。
数日後。
ヒロ室西日本分室。
彩香。
まだ。
いない。
以前なら。
静か。
だった。
今は。
違う。
麻衣。
コーヒー。
一口。
「あのなぁ……」
あかり。
「何?」
麻衣。
深い。
ため息。
「美月さんもアレやけどな」
美咲。
「はい」
麻衣。
「さつきさんも大概なもんやわ」
美咲。
「正式な取材でしたよ」
麻衣。
「分かってるんよ!」
あかり。
「播州織の紹介、上手やったに」
「それも分かってる!」
美咲。
「会社側からは非常に好評だったそうです」
「知ってる!」
あかり。
「三人見つけただけやに」
麻衣。
「そこが問題なんよ!」
美咲。
「取材者として観察力が高いのでは?」
麻衣。
「その観察力、こっちに向けんといてほしいわ!」
あかり。
「でも名前呼ばれたら返事するやろ」
麻衣。
「返事せんの!」
「無視したら可哀想やに」
麻衣。
両手。
頭。
「冷凍倉庫でも空港でも同じこと言うてるやん!」
あかり。
「そうやった?」
美咲。
「言っていました」
麻衣。
「進歩せえへん!」
あかり。
「任務は成功したに」
麻衣。
「結果論!」
一瞬。
静か。
あかり。
麻衣。
見る。
美咲。
麻衣。
見る。
麻衣。
「……何よ」
あかり。
「彩香さんみたい」
美咲。
「かなり似ています」
麻衣。
「やめてよ!」
あかり。
笑う。
麻衣。
椅子。
深く。
座る。
「ほんま……」
さらに。
ため息。
「彩香さん、はよ戻ってきて欲しいわ」
美咲。
「現場キャップとしては麻衣さんで問題ありません」
「そこちゃうんよ!」
あかり。
「何が?」
「ボヤキの処理!」
「自分でボヤいとるやん」
「せやからしんどいんよ!」
迫田澪香。
笑う。
「麻衣ちゃん、かなり板についてきましたね」
迫田澄香。
「次から正式にボヤキ担当?」
麻衣。
「いらん!」
美咲。
「でも今回、さつきさんへの罰は考えないんですか?」
麻衣。
止まる。
あかり。
「あ」
麻衣。
ゆっくり。
顔。
上げる。
「決めた」
美咲。
「やっぱり」
麻衣。
「次、さつきさんが西脇の任務邪魔したらな」
あかり。
「うん」
麻衣。
指。
一本。
「播州織の糸、一万本並べて」
美咲。
「はい」
「一本ずつ『これは縦糸ですか横糸ですか』って答えさせたるわ!」
沈黙。
あかり。
「麻衣」
「何よ」
「それって意味ある?」
麻衣。
一拍。
顔。
真面目。
「……ないわ〜」
あかり。
「ないんや!」
美咲。
「即答ですね」
麻衣。
「びっくりするくらい意味あらへんわ」
美咲。
「そもそも一本だけでは縦糸か横糸か判別できないと思います」
麻衣。
「先に言わんといて!」
あかり。
「さつきさん、途中から楽しみそうやに」
麻衣。
「何で?」
美咲。
「『今日は播州織の糸を一万本分類します』と番組企画にするかと」
あかり。
「タイトルは?」
美咲。
少し。
考える。
「『さつきの播州織一万本チャレンジ』」
あかり。
「ええやん」
麻衣。
「ええことない!」
澪香。
「一万本終わったらシャツ一枚プレゼント」
澄香。
「視聴者プレゼントも」
麻衣。
「罰が観光PR番組になっとるやん!」
あかり。
「西脇市喜ぶに」
麻衣。
「自治体まで得させてどうするんよ!」
美咲。
「地域振興にはなります」
麻衣。
「NSTの罰で地域振興せんといて!」
分室。
笑い。
麻衣。
さらに。
止まらない。
「ほんま最近、何やっても最後に美月さんかさつきさん来るんよ!」
あかり。
「偶然やに」
麻衣。
「その偶然が多すぎるんよ!」
美咲。
「今回は三人とも見つかりました」
麻衣。
「そこ!」
あかり。
「麻衣が一番最後やったな」
「人数競ってへん!」
あかり。
「全部見つけたさつきさんすごいに」
麻衣。
「褒めるな!」
美咲。
「取材者としては優秀です」
麻衣。
「分かってるから余計腹立つんよ!」
少し離れた机。
玲奈。
報告書。
読んでいる。
口元。
僅か。
緩む。
麻衣。
即。
見る。
「玲奈さん」
「はい」
「今、笑いました?」
「いいえ」
あかり。
「笑っとったに」
美咲。
「私も確認しました」
玲奈。
「気のせいです」
麻衣。
「気のせいやないですよ」
玲奈。
書類。
めくる。
「それより麻衣」
「はい?」
「今回の現場指揮は非常に良かったです」
麻衣。
一瞬。
止まる。
「……ありがとうございます」
玲奈。
「今後も必要な時は任せます」
麻衣。
少し。
嬉しい。
だが。
次。
玲奈。
「ボヤキも含めて」
麻衣。
目。
見開く。
「玲奈さん!」
分室。
爆笑。
玲奈。
今度は。
僅かに。
笑っている。
麻衣。
「彩香さん、ほんまにはよ戻ってきてぇ……!」
その声。
廊下。
まで。
響く。
西脇。
夕方。
工場。
織機。
ガシャン。
ガシャン。
一本。
一本。
糸。
交わる。
縦。
横。
色。
柄。
職人。
目。
見る。
機械。
動く。
布。
できる。
黒鷹は。
その技術を。
嘘。
隠す。
道具にした。
千本。
糸。
一。
零。
設計図。
秘密。
だが。
嘘は。
どれだけ。
精密に。
織っても。
一本。
違えば。
どこか。
歪む。
その歪み。
見つけたのは。
目立たない。
三人。
和歌山。
三重。
奈良。
紀州の舞姫。
四日市の突貫娘。
奈良の静かに燃える女。
波田顧問だけが。
昔のテレビドラマを思い出し。
勝手に。
呼ぶ。
紀伊ハンター。
本人たちは。
今も。
元ネタ。
よく知らない。
気に入っているのか。
聞かれても。
多分。
困る。
けれど。
その日。
播州織工場。
三方向。
黒鷹を。
追い詰めた姿。
もし。
波田顧問が。
見ていたなら。
きっと。
胸。
張って。
こう言った。
「ほら見ろ。紀伊ハンターじゃねぇか」
そして。
三人は。
きっと。
また。
「何なんそれ」
と。
返しただろう。
それで。
よかった。
名前なんて。
後から。
ついてくる。
大事なのは。
一本の糸。
一本の嘘。
一つも。
逃さないこと。
千本の糸へ。
黒鷹は。
嘘を織った。
だが。
その嘘を。
ほどいた三人は。
今日も。
自分たちがどれだけ格好いいのか。
たぶん。
よく分かっていなかった。




