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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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404/415

零下二十五度でも、黒鷹の血は冷えない ――神戸港・巨大冷凍倉庫、午前三時の密輸コンテナ

神戸港は、眠らない。


港町の夜景が観光客のための顔だとすれば、深夜の埠頭は働く人間だけが知っている、もう一つの神戸だった。


午前一時。


貨物船の照明が海面に揺れ、巨大なガントリークレーンが闇の中で鉄の腕を動かしている。


午前二時。


トレーラーが列を作り、冷凍コンテナが次々に倉庫街へ運ばれていく。


午前三時。


街中の飲食店が最後の客を送り出す頃、港では翌朝の食卓へ届く荷物が動き始める。


魚。


食肉。


冷凍野菜。


加工食品。


世界中から集まった食べ物が、巨大な低温物流施設の中を流れていく。


その一角。


神戸湾岸コールドロジスティクスセンター。


広大なコンテナヤード。


大型冷蔵倉庫。


保税区画。


荷捌き場。


物流事務棟。


冷蔵トラック待機所。


そして。


最深部。


冷気の底。


零下二十五度。


分厚い鉄扉を開けるたび。


白い霧が流れ出す。


作業員の息も白い。


手袋をしていても、指先から熱が奪われていく。


冷凍機の低い唸り。


フォークリフトの警告音。


天井の蛍光灯。


霜。


鉄。


コンクリート。


そこには。


人情も。


嘘も。


悪意も。


すべて凍りつきそうな冷たさがあった。


だが。


人間の欲だけは。


零下二十五度でも凍らない。


黒鷹は。


そのことを知っていた。


兵庫県警が掴んだのは、冷凍水産物を扱う複数の輸入コンテナだった。


正規の魚。


正規の通関。


正規の配送書類。


表面上、問題はない。


しかし。


その中に。


小型暗号通信装置。


高性能精密制御部品。


企業から盗み出された機密記録媒体。


黒鷹が国外へ流そうとしている物品が紛れ込んでいた。


手口は単純だった。


通関を終えた冷凍コンテナへ。


倉庫内部の協力者が荷物を追加。


その後。


保管場所を何度も変える。


第三冷凍庫。


第五冷凍庫。


第二冷凍庫。


また第五。


帳簿。


現物。


搬送記録。


少しずつずらす。


最後は。


普通の冷凍食品と一緒に。


国内配送用トラックへ積む。


一度、食品物流の大河へ流れ込めば。


一本の違法な荷物など。


消える。


兵庫県警は。


怪しいコンテナ番号を。


数本まで絞った。


だが。


黒鷹の工作員。


倉庫内部の協力者。


搬出担当。


受け渡し役。


すべてを押さえなければ。


根は残る。


そこで。


表には存在しない。


県警の切り札。


西日本特別諜報班。


NST。


その出番となった。


ヒロ室西日本分室。


普段なら。


作戦会議の途中で必ず一度は大きな声が飛ぶ。


「それ危ないやろ!」


「何してんねん!」


「アホか!」


その役目を担う女。


西川彩香。


播州の烈火。


だが。


今日は。


いない。


「彩香さん、ほんまに来えへんの?」


山本あかりが聞いた。


玲奈は資料から目を上げない。


「大学のゼミ合宿です」


彩香は。


関西の名門私立大学に通う女子大生でもある。


緑の多い美しいキャンパス。


落ち着いた校舎。


伝統。


上品。


おしゃれ。


良家の学生が多く。


関西では大学名を聞くだけで、


「育ちのええ学生さんやな」


と思われるような学校だった。


彩香自身も。


普段は。


長身。


細身。


姿勢がいい。


服装も上品。


黙っていれば。


その大学の学生像に。


ぴたりとはまる。


ただし。


怒らせなければ。


の話だった。


播州弁の火力は。


大学の上品さを。


簡単に吹き飛ばす。


しかし。


学業は真面目だった。


課題。


ゼミ。


授業。


きちんとやる。


NSTの任務だけが。


人生ではない。


玲奈も。


それを尊重している。


だから。


今回は。


不在。


玲奈が。


三人を見る。


白浜麻衣。


和歌山。


山本あかり。


三重。


春日美咲。


奈良。


紀伊半島を囲む三県。


波田顧問が。


以前から。


この三人を勝手に。


一つの名前で呼んでいた。


その本人が。


ちょうど分室へ入ってくる。


「おう、紀伊ハンター。揃ってやがんな」


三人。


反応。


薄い。


麻衣。


「波田さん、それまだ言うんです?」


波田顧問。


「何でぇ。いい名前じゃねぇか」


江戸っ子。


べらんめえ。


口調。


昔から。


それだけで。


妙に勢いがある。


あかり。


「紀伊半島やから?」


波田。


「それだけじゃねぇってんだよ」


美咲。


「またあのお話ですか」


「またとは何でぇ!」


波田。


急に。


嬉しそうになる。


昭和。


テレビに。


まだモノクロ放送の名残が残っていた時代。


そこから始まり。


1970年代に人気を博した。


スパイ・アクションドラマ。


秘密チーム。


潜入。


追跡。


格闘。


銃撃。


国際犯罪。


男も女も。


洒落た服で。


命懸けの任務へ飛び込んでいく。


波田顧問は。


子供の頃。


毎週。


テレビへかじりついて見ていた。


「そりゃあもう、格好良かったんだぜ。海外行く、敵のアジト入る、爆発する、車追っかける。今みてぇにCGなんざねぇからよ、全部身体張ってんだ!」


麻衣。


「へえ」


あかり。


「そうなん」


美咲。


「なるほど」


全員。


興味。


薄い。


波田。


「おい! もうちっと食いつけ!」


麻衣。


「だって私ら生まれるずっと前やし」


波田。


「名作に年代は関係ねぇんだよ!」


あかり。


「初回放送いつなん?」


波田。


答える。


三人。


黙る。


あかり。


「古っ」


波田。


「てやんでぇ! 古いから何だってんだ!」


美咲。


「出演されていた方も、かなりの方が既に亡くなられている年代ですね」


波田。


「そういう生々しいこと言うんじゃねぇよ!」


玲奈。


淡々。


「作戦会議に戻ります」


波田。


「へいへい」


誰も。


元ネタを知らない。


フロントの若手も。


知らない。


三人も。


何となく。


紀伊半島に引っ掛けていることだけ。


知っている。


気に入っているのか。


気に入っていないのか。


それすら。


よく分からない。


ただ。


波田顧問だけが。


頑固に呼び続けている。


紀伊ハンター。


全く定着していない。


玲奈が。


倉庫の図面を映す。


「今回は、麻衣に現場指揮をお願いします」


麻衣。


一瞬。


顔を上げる。


「私が?」


「ええ」


「彩香さんがおらんからですか」


「それだけではありません」


玲奈。


麻衣を見る。


「あなたならできます」


短い。


それだけ。


麻衣は。


軽口を叩かない。


「……分かりました」


紀州の舞姫。


小柄。


静か。


狭い場所。


人の目が届かない場所。


そういう空間へ入れば。


誰より速い。


だが。


今日は。


自分が動くだけではない。


あかり。


美咲。


二人の命まで。


見る。


玲奈。


「潜入は二名」


画面。


あかり。


「山本あかり。夜間荷役作業員」


あかり。


「力仕事?」


「そうです」


「分かったに」


顔。


少し嬉しそう。


玲奈。


「春日美咲。物流事務の短期派遣」


美咲。


「承知しました」


「麻衣は外周と施設内を動きながら、二人の支援と現場指揮」


「はい」


玲奈。


「黒鷹が動くまでは絶対に手を出さないでください」


麻衣。


「分かりました」


「今回の倉庫は一般作業員が非常に多い」


「はい」


「何があっても、まず一般の人の安全」


麻衣。


「最優先にします」


玲奈。


頷く。


作戦。


始まった。


初日。


神戸湾岸コールドロジスティクスセンター。


あかりは。


防寒着。


防寒帽。


厚手の手袋。


安全靴。


その姿で。


荷役区画へ入った。


最初。


現場主任。


「新人さん?」


「はい」


「冷凍庫、思ってるよりキツいで。無理したらすぐ言いや」


「分かったに」


一時間後。


箱。


持つ。


運ぶ。


台車。


押す。


パレット。


整理。


二時間。


まだ。


動く。


三時間。


まだ。


動く。


ベテラン。


「あれ?」


あかり。


「何?」


「姉ちゃん、休憩した?」


「まだ」


「休め!」


「これ終わってから」


「先休め!」


「はい」


素直。


そこがいい。


無理に意地を張らない。


言われれば。


休む。


休憩室。


温かい缶コーヒー。


ベテラン作業員。


あかりへ。


一本。


「ほら」


「え?」


「飲み」


「ありがとう」


男。


笑う。


「姉ちゃん、小柄やけどよう働くわ」


あかり。


嬉しそう。


「ほんま?」


「ほんまや。返事ええし。文句言わんし」


「普通やに」


「普通が一番難しいねん」


あかり。


缶コーヒー。


両手。


温める。


「冷凍庫、寒いけど動いとったら平気やな」


ベテラン。


「いや普通は寒い」


「そう?」


「姉ちゃん、何かスポーツやってた?」


「別に」


「自衛隊ちゃうやろな」


「違うに」


通信。


麻衣。


『あかり、正体聞かれてもNST言うたらあかんで』


あかり。


小声。


『言わんに』


ベテラン。


「何?」


「何でもない」


数日。


あかりは。


完全に。


現場へ。


溶けた。


「あかりちゃん!」


「はい!」


「これ第五!」


「持ってくに!」


「山本ちゃん、こっち手伝って!」


「行く!」


「休め!」


「あと一個!」


「先休め!」


体力。


ある。


人当たり。


いい。


だから。


余計な質問をしなくても。


話は。


勝手に集まる。


休憩。


ベテラン。


「あかりちゃん、あの青いコンテナ触らんときや」


「何で?」


「知らん。上から言われとる」


「へえ」


「妙なんよ。夜中になると、あっちこっち場所変わる」


「魚が?」


「魚が自分で歩くわけないやろ」


あかり。


笑う。


「そやな」


それ以上。


聞かない。


その自然さ。


それが。


一番強い。


美咲は。


事務棟。


制服。


髪。


整える。


目立たない。


声。


小さい。


「春日さん、この伝票お願い」


「はい」


「昨日の入庫データも」


「承知しました」


「電話取れる?」


「はい」


静か。


早い。


正確。


一度教われば。


間違えない。


数日。


事務主任。


「春日さん、短期じゃもったいないな」


美咲。


「ありがとうございます」


それだけ。


笑う。


派手な印象。


残さない。


気づけば。


部屋にいる。


気づけば。


仕事。


終わっている。


そして。


その「いるのに意識されない」ことが。


潜入では。


恐ろしく強かった。


ある夜。


美咲。


伝票。


入力。


後ろ。


黒鷹側の内部協力者。


同僚。


小声。


「第五へ回せ」


「記録は?」


「第三のまま」


「バレないか」


「毎日これだけ荷物動いてる。誰が見る」


美咲。


キーボード。


止めない。


画面。


見続ける。


耳。


全部。


聞いている。


その後。


過去一週間。


コンテナ番号。


追う。


保管位置。


帳簿。


現物。


搬送履歴。


ずれる。


一回。


二回。


三回。


そして。


搬出予定。


午前三時十五分。


美咲。


小型通信。


「麻衣さん」


『どうしたん?』


「見つけました」


『番号は?』


数字。


読む。


「帳簿上は第三冷凍庫。現在は第五です」


『搬出は?』


「明日、午前三時十五分」


一瞬。


間。


麻衣。


『分かった。ありがとう』


美咲。


「はい」


声。


いつも通り。


静か。


だが。


その目だけが。


鋭い。


麻衣は。


倉庫の外。


中。


必要に応じて。


設備点検員。


物流補助。


様々な顔。


使う。


地図。


見る。


非常口。


冷凍庫。


通路。


荷捌き場。


フォークリフト導線。


一般作業員の休憩場所。


全て。


覚える。


玲奈。


『麻衣』


「はい」


『彩香の真似をしようとしなくていいです』


麻衣。


少し。


笑う。


「してません」


『あなたのやり方で』


「分かってます」


彩香なら。


大きな声。


飛ぶ。


麻衣は。


違う。


『美咲、次の記録見て』


『はい』


『あかり、今夜は青いコンテナ絶対近づかんといて』


『分かったに』


短い。


静か。


必要なこと。


だけ。


紀州の舞姫。


今日は。


踊るだけではない。


全体の呼吸を。


合わせる。


作戦は。


順調だった。


翌日。


午前二時五十七分。


外。


闇。


庫内。


冷気。


県警。


周囲。


待機。


玲奈。


車内。


時計。


見る。


対象。


十一分後。


動く。


その時。


一台のロケ車。


入ってくる。


麻衣。


監視画面。


見る。


「……」


嫌な予感。


スタッフ。


カメラ。


防寒着。


そして。


明るい色のツインテール。


赤嶺美月。


麻衣。


小声。


「何でなん……」


CS放送。


深夜企画。


『眠らない神戸――午前三時に働くプロフェッショナル』


港。


市場。


物流。


深夜バス。


夜の街を支える人々。


取材。


当然。


正式。


何も悪くない。


美月。


倉庫。


入る。


「寒っ!」


スタッフ。


「ここは零下二十五度です」


「冷凍庫やん!」


「冷凍庫です」


「そら寒いわ!」


麻衣。


目。


閉じる。


『そのまま帰って……』


美月。


仕事。


する。


フォークリフト。


作業員。


水産物。


取材。


「こういう時間に働いてる人がおるから、朝スーパーに魚並ぶんですね」


麻衣。


『ええコメントやから、そのまま帰って……』


そして。


遠く。


箱。


運ぶ。


小柄な作業員。


美月。


「あれ?」


麻衣。


『見るな……』


美月。


目。


細める。


「あれ、あかりちゃう?」


麻衣。


『見るなぁ……』


美月。


大声。


「あかりぃ〜!」


あかり。


一瞬。


反応。


麻衣。


即。


『あかり』


「はい」


『無視して』


あかり。


歩く。


『無視やよ』


「はい」


美月。


「あかりー!」


あかり。


前。


見る。


美月。


追う。


「あかり!」


麻衣。


『そのまま!』


美月。


横。


「何で無視すんねん!」


あかり。


耐える。


三秒。


五秒。


美月。


顔。


覗く。


「あかりやろ?」


あかり。


「……」


「なあ?」


「……」


「怒ってる?」


あかり。


ついに。


「あ、美月さん」


麻衣。


額。


手。


『返事したぁ……』


美月。


ぱっと。


笑う。


「やっぱりあかりやん! 何してん?」


「仕事やに」


「それは見たら分かる! 何の仕事?」


あかり。


真面目。


「魚運んどる」


「何で?」


「船で来たやつを」


「うん」


「倉庫入れて」


「うん」


「出す時また持ってって」


「うん」


「トラック積む」


美月。


「なるほど」


麻衣。


少し。


安心。


あかり。


続ける。


「でも場所変える時もあるから、こっち持ってったのを、またあっち戻したり――」


美月。


「何で戻すん?」


あかり。


「知らん」


「仕事してるんやろ!?」


「言われた通り運ぶ係やに」


「説明雑やな!」


麻衣。


『あかり、もうええって!』


美月。


「寒ないの?」


「動いとるから」


「ウチもう足先感覚ないで」


「動けばええやん」


「取材中に箱運ぶん?」


「運ばんでええに」


「何やそれ!」


カメラマン。


笑う。


撮る。


番組としては。


最高。


麻衣としては。


最悪。


「あかり……完全に乗せられとるやん……」


その時。


遠く。


男。


一人。


見ていた。


最近。


入った。


新人作業員。


やけに体力がある。


仕事が早い。


そこへ。


有名な戦隊ヒロイン。


名前。


知っている。


親しい。


テレビ。


カメラ。


男。


目。


変わる。


携帯。


短い連絡。


「予定変更。今出す」


午前三時四分。


フォークリフト。


動く。


青いコンテナ。


予定より。


十一分。


早い。


事務室。


美咲。


画面。


変化。


顔。


上がる。


通信。


「麻衣さん」


『何?』


「対象が動きました」


麻衣。


「予定は三時十五分やろ」


「はい」


一瞬。


麻衣。


理解。


「……バレた」


玲奈。


『こちらでも確認しました』


麻衣。


声。


変わる。


「美月さんら、一般区画へ誘導して」


『了解』


「美咲、搬出処理止めて」


『はい』


「あかり」


美月。


まだ。


「あかり、冷凍マグロって持てるん?」


あかり。


「持たんに!」


麻衣。


今度は。


強く。


『あかり!』


あかり。


表情。


一変。


「はい!」


『仕事やよ』


一秒。


あかり。


「分かった」


美月。


「何?」


「ごめん、美月さん。仕事戻るに」


走る。


麻衣。


息。


吐く。


「やっと戻った……」


冷凍倉庫。


コンテナヤード。


黒鷹。


動く。


一人。


二人。


三人。


内部協力者。


トラック。


積み替え。


麻衣。


走る。


冷気。


白い息。


前。


男。


「止まれ!」


麻衣。


止まらない。


パレット。


間。


身体。


滑る。


男。


追う。


角。


いない。


振り向く。


背後。


「こっちやよ」


男。


驚く。


麻衣。


腕。


取る。


低く。


身体。


入れる。


足。


払う。


床。


男。


崩れる。


紀州の舞姫。


派手ではない。


無駄もない。


狭い場所。


だから。


速い。


「悪いね」


麻衣。


通り過ぎる。


「今、急いどるんよ」


次。


別通路。


あかり。


二人。


男。


正面。


「どけ!」


あかり。


止まる。


「嫌やに」


「邪魔するな!」


一人。


突進。


あかり。


脚。


開く。


腰。


落とす。


肩。


受ける。


一歩。


動かない。


相手。


驚く。


あかり。


「こっちは朝からずっと箱運んどるんやに!」


男。


「だから何だ!」


あかり。


前。


押す。


「身体あったまっとる!」


四日市の突貫娘。


一直線。


だが。


雑ではない。


右。


商品。


左。


パレット。


空いている方向。


選ぶ。


男。


そちらへ。


押し返す。


二人目。


横。


拳。


あかり。


腕。


受ける。


体幹。


返す。


「魚潰したら怒られるに!」


男。


「知るか!」


「私は知っとる!」


前。


踏み込む。


一人。


崩す。


事務棟。


美咲。


搬出処理。


止める。


黒鷹協力者。


気づく。


「何してる」


美咲。


「業務です」


「どけ」


動かない。


「聞こえないのか!」


男。


腕。


伸ばす。


美咲。


一歩。


横。


手首。


取る。


男。


「え?」


身体。


返す。


重心。


崩す。


床。


音。


美咲。


「申し訳ありません」


男。


立つ。


美咲。


もう一度。


止める。


目。


静か。


だが。


強い。


「ですが」


一歩。


「通せません」


もう一人。


入る。


美咲。


構える。


普段。


奈良公園の鹿のように。


温厚。


従順。


争いを避ける。


だが。


鹿だって。


怒れば。


怖い。


男。


来る。


美咲。


避ける。


腕。


取る。


一気。


床。


通信。


あかり。


『美咲、大丈夫?』


美咲。


『はい』


少し。


息。


整える。


「私もNSTですから」


対象コンテナ。


トラック。


もう。


動く寸前。


麻衣。


到着。


あかり。


反対側。


美咲。


事務棟から。


走る。


三人。


揃う。


黒鷹。


五人。


麻衣。


一秒。


見る。


「美咲、右お願い」


「はい」


「あかり、正面」


「任せて!」


「私は左」


三人。


散る。


波田顧問が。


勝手につけた。


時代遅れの。


意味のよく分からない名前。


元ネタ。


誰も知らない。


本人たちも。


別に。


名乗らない。


だが。


この瞬間。


三人は。


一つだった。


和歌山。


三重。


奈良。


紀伊半島。


三人。


紀伊ハンター。


あかり。


真正面。


大柄。


一人。


「来いやに!」


肩。


ぶつかる。


押す。


崩す。


四日市の突貫娘。


前へ。


前へ。


力。


止まらない。


麻衣。


左。


パレット。


フォークリフト。


コンテナ。


隙間。


一人。


腕。


外す。


二人目。


追う。


麻衣。


小さく。


滑る。


背後。


腕。


取る。


紀州の舞姫。


美咲。


右。


男。


「どけ!」


美咲。


「嫌です」


珍しい。


強い。


声。


男。


来る。


美咲。


一歩。


外。


腕。


取る。


身体。


返す。


空きスペース。


床。


あかり。


一瞬。


見る。


「美咲、めっちゃ強いやん!」


美咲。


「普段もこれくらいできます」


麻衣。


「前見て!」


あかり。


「はい!」


黒鷹責任者。


暗号媒体。


手。


走る。


麻衣。


「逃がさん!」


三人。


追う。


冷凍庫。


扉。


開く。


白い霧。


零下二十五度。


中。


足音。


鉄。


コンクリート。


白い息。


責任者。


走る。


麻衣。


先頭。


小柄。


速い。


あかり。


後ろ。


体力。


落ちない。


美咲。


別ルート。


回る。


角。


責任者。


止まる。


前。


麻衣。


「終わりやよ」


後ろ。


あかり。


「戻った方がええに」


横。


美咲。


「こちらも通れません」


男。


三人。


見る。


「何なんだ、お前ら!」


あかり。


「何やろ?」


美咲。


無言。


麻衣。


一瞬。


波田顧問。


思い出す。


ちょっと。


嫌そう。


「……紀伊ハンター、らしいわ」


あかり。


「らしいって何やに」


美咲。


「波田顧問しか呼んでませんけど」


麻衣。


「今それ言わんといて!」


男。


意味。


分からない。


だが。


その隙。


麻衣。


左。


あかり。


正面。


美咲。


右。


三人。


同時。


動く。


紀州の舞姫。


四日市の突貫娘。


奈良の静かな女。


黒鷹。


崩れる。


責任者。


最後。


逃げる。


その時。


巨大鉄扉。


外。


重い足音。


揃っている。


兵庫県警特殊部隊。


一斉。


入る。


先頭。


岡本玲奈。


「そこまでです」


黒鷹。


止まる。


特殊部隊。


展開。


完全包囲。


対象コンテナ。


確保。


偽装区画。


開く。


暗号通信装置。


精密制御部品。


企業機密媒体。


取引記録。


内部協力者。


工作員。


搬出担当。


全員。


確保。


任務。


完了。


夜明け前。


神戸港。


空。


黒から。


青。


変わる。


冷凍倉庫の外。


麻衣。


防寒着。


白い息。


玲奈。


来る。


「麻衣」


「はい」


「初めての現場指揮でしたが」


一拍。


「よくできました」


麻衣。


少し。


照れる。


「ありがとうございます」


玲奈。


「あかり」


「はい!」


「途中は問題がありましたが」


あかり。


「……はい」


「最後はよく動きました」


「ありがとうございます」


玲奈。


「美咲」


「はい」


「見事でした」


「ありがとうございます」


あかり。


美咲。


見る。


「ほんま強かったな」


美咲。


「ですから、普段も弱いわけではありません」


麻衣。


「奈良公園の鹿みたいにおとなしいだけやね」


美咲。


「それ、褒めてます?」


麻衣。


考える。


「……たぶん」


三人。


笑う。


その姿。


玲奈。


見る。


彩香。


いない。


それでも。


三人。


やった。


いつも。


波田顧問が勝手に呼ぶだけの。


よく分からない名前。


少なくとも。


今夜だけは。


少し。


似合っていた。


後日。


ヒロ室西日本分室。


彩香。


まだ。


ゼミ合宿。


いつもより。


少し。


静か。


のはず。


麻衣。


朝から。


機嫌。


微妙。


あかり。


缶コーヒー。


美咲。


報告書。


玲奈。


机。


麻衣。


ぽつり。


紀州弁。


「……美月さん、ホンマにええ加減にしてほしいわ」


あかり。


顔。


上げる。


「麻衣、彩香さんみたいになっとるに」


麻衣。


「今回は言いたなるやろ」


美咲。


「美月さんは正式な取材でした」


「分かってるんよ」


「悪意もありません」


「分かってるんやけどなぁ」


あかり。


「私見つけただけやに」


麻衣。


「あかりも返事せんかったらええんよ!」


あかり。


「でも何回も呼ぶんやもん」


麻衣。


「そこを我慢するんやって!」


「無視したら可哀想やに」


麻衣。


額。


押さえる。


「……彩香さんの気持ち、ちょっと分かってきたわ」


美咲。


「ボヤキが伝染しましたね」


麻衣。


「感染症みたいに言わんといて!」


あかり。


笑う。


麻衣。


「決めたわ」


美咲。


「嫌な予感しかしません」


麻衣。


胸。


張る。


「次、美月さんが冷凍倉庫来たらな」


一同。


見る。


麻衣。


「冷凍マグロ百本並べて、一本ずつ『これは何キロでしょう』て当てさせたるわ!」


沈黙。


あかり。


「麻衣」


「何よ」


「それって意味ある?」


麻衣。


一拍。


真顔。


「……ないわ〜」


あかり。


「ないんや!」


分室。


笑い。


美咲。


「重量計があります」


麻衣。


「先に言わんといて!」


澪香。


「美月ちゃん、途中から楽しみそうですね」


澄香。


「全部当てるまで帰らないとか」


あかり。


「正解したらマグロ丼?」


麻衣。


「何で罰にご褒美つけるんよ!」


美咲。


「番組企画として成立しそうです」


麻衣。


「罰をCSの特番にせんといて!」


玲奈。


報告書。


読んでいる。


口元。


ほんの僅か。


緩む。


麻衣。


気づく。


「玲奈さん」


「はい」


「今、笑いました?」


「いいえ」


あかり。


「笑っとったに」


美咲。


「私も見ました」


玲奈。


「気のせいです」


麻衣。


ため息。


「彩香さんおらんのに、何で私がこんな役やってるんやろ……」


玲奈。


「現場リーダーですから」


麻衣。


「ボヤキまで引き継ぐ仕事ちゃいますよ!」


また。


笑い。


その時。


ドア。


開く。


「おう!」


聞き覚え。


声。


波田顧問。


三人。


顔。


見る。


嫌な予感。


波田。


「聞いたぜ!」


麻衣。


「何をです?」


「冷凍倉庫だよ!」


あかり。


「ああ」


「三人で黒鷹追い詰めたってじゃねぇか!」


美咲。


「はい」


波田。


満足。


「ほら見ろ!」


指。


三人。


「やっぱり紀伊ハンターじゃねぇか!」


三人。


「……」


麻衣。


「それ、まだ言うんです?」


波田。


「当たりめぇだろ! てやんでぇ、こんなにぴったりの名前が他にあるかってんだ!」


あかり。


「でも元ネタ知らんに」


美咲。


「私も存じ上げません」


波田。


「だから見ろってんだよ!」


麻衣。


「何話あるんです?」


波田。


答える。


三人。


固まる。


あかり。


「多っ!」


美咲。


「全部は少し難しいですね」


波田。


「名作はな、話数多くたって見りゃいいんだよ!」


麻衣。


「波田さんだけ楽しそうやね」


「何でぇ! おめぇらもそのうち分かる!」


玲奈。


机。


向こう。


口元。


また。


僅か。


緩む。


結局。


紀伊ハンターという名前は。


この日も。


定着しなかった。


波田顧問。


一人だけ。


楽しそう。


三人。


元ネタ。


分からない。


気に入っているのか。


気に入っていないのか。


本人たちにも。


よく分からない。


ただ。


零下二十五度。


白い息。


暗い冷凍倉庫。


逃げる黒鷹。


その前へ。


和歌山。


三重。


奈良。


三人が。


同時に立った。


あの瞬間だけは。


確かに。


古いスパイ・アクションドラマから飛び出してきたような。


精鋭チームだった。


紀州の舞姫。


四日市の突貫娘。


奈良の静かな女。


やり方は違う。


性格も違う。


だが。


三人揃えば。


黒鷹に逃げ道はなかった。


波田顧問が。


勝手に名付けた。


時代遅れの呼び名。


紀伊ハンター。


本人たちは。


今日も。


いまひとつ。


何のことだか。


分かっていなかった。

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