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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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402/415

海を降りた勇者は、夜を駆ける ――西宮浜、黒鷹の豪華艇から消えた暗号航路

海には、道がない。


少なくとも、陸から見ればそう見える。


白線もなければ、信号もない。


交差点もない。


追跡車両を止める検問もない。


ただ、水面がある。


風がある。


潮がある。


そして、水平線がある。


だから犯罪者は時々、海を自由だと勘違いする。


だが。


海にも道はある。


潮を読む人間には見える。


風を読む人間にも見える。


船を知る人間なら、なおさらだった。


兵庫県西宮市。


西宮と聞けば、阪神間の落ち着いた住宅街を思い浮かべる者は多い。


六甲の山並み。


文教都市。


酒蔵。


甲子園。


瀟洒な街路。


だが、街を南へ下れば。


そこにはもう一つの西宮がある。


西宮浜。


海へ張り出した人工島。


大きな空。


臨港道路。


物流施設。


倉庫。


長く伸びる護岸。


潮風。


そして、大阪湾。


夕刻になれば、西の空が赤く染まり、その下へヨットのマストが細い影を落とす。


大型クルーザーの白い船体。


磨き込まれたステンレス。


桟橋。


ロープ。


船体を守るフェンダー。


海面へ揺れる街の灯。


神戸港の華やかさが国際港の重厚さなら。


西宮浜には、海そのものを暮らしへ取り込んだ阪神間らしい洗練があった。


その湾岸部に設けられた大型マリーナ。


西宮浜インターナショナル・マリーナ。


そこで、その週。


国内外の高級艇を集めた大型イベントが開かれていた。


KANSAI PREMIUM YACHT & MARINE SHOW。


ヨット。


大型クルーザー。


船外機。


最新型レーダー。


GPS。


自動操舵システム。


通信機器。


チャーターヨット。


マリン用品。


昼間は試乗会。


夕方からは富裕層を招いたVIPレセプション。


一艇数千万円。


中には億を超える船もある。


白い船体が夕日に染まり。


シャンパンのグラスが鳴る。


一見すれば。


犯罪とは最も遠い場所だった。


だから。


黒鷹は選んだ。


今回、黒鷹が欲しがったのは船ではない。


最新型航海通信機器の内部へ隠された、小型暗号通信モジュール。


さらに。


そこへ保存された企業機密データ。


兵庫県警が掴んだ情報では。


黒鷹は大型クルーザーの試乗を装って大阪湾へ出航。


沖合で別艇と接触し。


媒体だけを受け渡す。


海上なら。


陸上の監視カメラは届かない。


尾行車両も付いてこられない。


検問も作れない。


黒鷹にとっては。


完璧な航路だった。


ただし。


一つ。


計算に入れていない女がいた。


ヒロ室西日本分室。


大型モニター。


岡本玲奈が一枚のプロフィールを表示した。


河合美音。


静岡県浜松市出身。


長身。


細身。


どこか人を寄せつけない静かな美貌。


バイオレットカラーのショートカット。


そして。


その容姿からは想像しづらいほど。


勇猛果敢。


大胆。


冷静。


大型自動二輪。


船舶操縦免許。


機械。


車両。


エンジン。


さらに。


音楽。


河合という姓からも分かるように。


美音は、大手楽器メーカー創業家の遠縁にあたる。


本人がそれを口にすることは滅多にない。


だが。


幼少期から楽器は身近だった。


ピアノ。


上級者。


そして。


ハーモニカ。


こちらは。


ほとんどプロだった。


西川彩香が資料を見る。


「……船乗れて、大型二輪乗れて、機械分かって、ピアノ弾けて、ハーモニカまで?」


美音。


「そうだに」


短い。


低めの声。


余計なことは言わない。


彩香は、一応年長者である美音へ少し言葉を選ぶ。


「美音さん、ほんまに何ができへんのです?」


美音。


少し考える。


「いっぱいあるら」


「今、思いつきます?」


「……別に」


彩香。


「思いついてへんやん……」


迫田澪香が笑う。


「美音さん、万能ですよね」


迫田澄香も頷く。


「一人で何人分もできそう」


美音。


「そんなことないに」


玲奈が話を戻した。


「今回は、美音に一人で入ってもらいます」


彩香。


「役は?」


「マリン機器メーカーから派遣された――」


画面。


肩書き。


マリンテクニカル・コンシェルジュ。


彩香。


「……何です、その何でも屋みたいな肩書き」


玲奈。


「最新航海機器の説明、VIP対応、試乗艇の操船補助、簡単な技術対応」


彩香。


「ほんまに何でも屋やないですか」


美音。


「ちょうどええら」


玲奈は美音を見る。


「無理はしないでください」


美音。


「分かっとるに」


「海上へ出た場合は、単独判断で深追いしないこと」


「了解」


玲奈。


「陸へ上がった後も同じです」


美音。


口元。


ほんの少しだけ。


「玲奈さん、心配しすぎだに」


玲奈。


「あなたが勇猛果敢なのは知っています」


一拍。


「だから言っています」


美音は。


少しだけ目を細めた。


「……分かった」


遠州の勇者。


そう呼ばれる女は。


勇敢だった。


だが。


それは。


無鉄砲という意味ではない。


怖がらない。


必要なら前へ出る。


ただ。


騒がない。


叫ばない。


自分の強さを見せつけもしない。


静かなまま。


前へ出る。


その方が。


よほど怖かった。


潜入初日。


西宮浜インターナショナル・マリーナ。


白いスタッフウェア。


黒のパンツ。


スタッフID。


海風。


バイオレットカラーのショートカット。


河合美音は。


最初から。


妙に馴染んでいた。


「河合さん、こちらのお客様へ自動操舵の説明お願いできます?」


「いいに」


美音はVIP客の前へ。


難しい専門用語を。


必要以上に使わない。


「ここで針路を設定すると、船が自動で合わせてくれるだに。ただ、全部任せきりにするもんじゃない。周りを見るのは人間の仕事だに」


客。


「分かりやすいですね」


美音。


「そう?」


次。


「河合さん、試乗艇出せます?」


「出せるに」


ベテランスタッフが驚く。


「免許あるんですか?」


「ある」


離岸。


風。


潮。


周囲の艇。


美音は。


操舵輪。


スロットル。


必要な分だけ。


動かす。


白いクルーザーが。


するりと桟橋を離れる。


ベテラン船長。


美音の手を見る。


「……本当にメーカーの人?」


「そういうことになっとる」


通信。


彩香。


『美音さん、“そういうことになっとる”は潜入中に言わん方がええです』


美音。


『そうけ?』


『そうです』


戻る。


着岸。


ぴたり。


次。


エンジン。


試乗艇。


美音が。


少しだけ首を傾げる。


「右舷、回転上げると音変わるら」


整備担当。


「え?」


「この辺り」


確認。


固定部の小さな緩み。


整備士。


「……何で分かったんです?」


美音。


「音」


「音?」


「ちょっと違った」


それだけ。


彩香。


『また本職驚かせとる……』


麻衣。


『美音さんらしいですね』


彩香。


『潜入先で毎回スカウトされる流れ、もう見えるわ』


実際。


スタッフからの評価は。


日に日に上がった。


接客。


操船。


機械。


どれを頼んでも。


涼しい顔で終わらせる。


しかも。


恩着せがましくない。


無口。


必要なことだけ。


短く。


遠州弁。


その静かな雰囲気が。


逆に。


VIP客からも好まれた。


「あの紫色の髪の女性、誰?」


「ああ、河合さんです」


「メーカーの人?」


「……多分」


多分。


になっていた。


三日目。


夕刻。


レセプションホール。


事件は。


任務とは全く関係のないところから始まった。


予定していたピアニストが。


交通事情で遅れている。


主催者。


困る。


開宴まで。


十分。


スタッフの一人。


「あれ? 河合さん、ピアノ弾けるって聞いたんだけど」


美音。


「弾けるに」


通信。


彩香。


『嫌な流れや……』


主催者。


「申し訳ない。十分だけお願いできません?」


彩香。


『美音さん、断ってもええですよ。目立ちますから』


美音。


グランドピアノを見る。


「十分なら」


彩香。


『引き受けた……』


椅子。


座る。


海側。


大きな窓。


夕暮れ。


美音。


指。


鍵盤。


一音。


澄んだ音が。


ホールへ。


広がる。


会話。


徐々に。


小さくなる。


美音は。


派手に弾かない。


自分を見せようとしない。


海。


夕暮れ。


シャンパン。


ヨット。


その場に必要な音だけを。


置いていく。


滑らか。


静か。


上品。


だが。


聴けば分かる。


上手い。


一曲。


終わる。


拍手。


主催者。


「……河合さん」


「何?」


「上級者ですよね?」


美音。


「昔から弾いとるだけ」


彩香。


『それを上級者言うんです』


さらに。


余興。


海外客の一人が持っていたハーモニカ。


スタッフが。


また余計なことを言う。


「河合さん、ハーモニカもすごいんですよ」


美音。


スタッフを見る。


「誰が言った?」


「昼の人」


彩香。


『情報共有良すぎるねん、この現場!』


頼まれる。


美音。


ハーモニカ。


手。


一吹き。


今度は。


ピアノより。


さらに空気が変わった。


小さな楽器。


だが。


音が。


遠くまで伸びる。


強弱。


呼吸。


間。


海辺の夜へ。


似合いすぎる。


終了。


しばらく。


沈黙。


それから。


大きな拍手。


スタッフ。


「……これプロじゃないんですか?」


美音。


「違うに」


「嘘だ」


「趣味」


彩香。


『美音さん、もうマリン機器の人という設定、誰も信じてませんよ』


美音。


『仕事はしとるに』


『そういう問題ちゃうんです』


だが。


その「何でもできる人間」という立ち位置は。


潜入へ。


思わぬ恩恵を与えた。


誰も。


美音がどこへ入っても。


疑わなくなった。


VIP桟橋。


整備区画。


試乗艇。


スタッフルーム。


高級クルーザー。


全部。


「ああ、河合さんなら」


で通る。


その夜。


美音は。


対象艇へ。


乗り込んだ。


大型クルーザー。


最新型航海通信システム。


パネル。


配線。


美音。


見た。


一度。


触らない。


もう一度。


視線。


配線の流れ。


『玲奈さん』


『はい』


『見つけたに』


『何が?』


『標準配線じゃない』


電子航海装置。


裏。


本来ならない線。


さらに。


隠しモジュール。


玲奈。


『黒鷹の通信装置?』


『多分』


美音。


静かに。


『明日、動く』


予測。


当たる。


翌日夕方。


海上試乗。


別艇。


接触。


そこで媒体。


受け渡し。


玲奈。


『受け渡し相手まで待ちます』


美音。


『了解』


完璧だった。


あと半日。


それで。


終わるはずだった。


午前。


マリーナ入口。


神戸放送。


ロケ車。


彩香。


監視画面。


「……」


麻衣。


「どうしました?」


彩香。


「来ました」


「誰が?」


彩香。


「鳴門のレポーターです」


三好さつき。


神戸放送。


情報番組。


企画。


『海から楽しむ阪神間――西宮浜で憧れのマリンライフ』


当然。


正規取材。


NSTなど。


知らない。


さつき。


カメラ。


笑顔。


「今日は西宮浜から、ちょっと大人のマリンライフをご紹介します!」


撮影。


ヨット。


船内。


豪華設備。


最新電子機器。


そして。


桟橋。


さつき。


遠く。


白いスタッフウェア。


紫色の短い髪。


「あれ?」


彩香。


『気づかんといて……』


さつき。


目。


細める。


「……美音さん?」


彩香。


額。


『見つけた……』


さつき。


「美音さーん!」


美音。


振り返る。


表情。


変わらない。


「さつきさん」


「何してるんです?」


「仕事だに」


「また?」


美音。


「またって何?」


「この前も何か乗り物関係のお仕事してませんでした?」


彩香。


『過去回掘り返さんといて……』


さつき。


「今度は船ですか?」


美音。


「今日は船」


「美音さん、結局何屋さんなんです?」


美音。


少し。


考える。


「……いろいろ」


彩香。


『説明放棄した!』


そこへ。


マリーナスタッフ。


「河合さん、すごいんですよ」


彩香。


『やめて』


「操船できるし」


『言わんで』


「機械にも詳しくて」


『もうええ』


「昨日なんかピアノまで弾いてくれて」


さつき。


「ピアノ!?」


美音。


「少しだけ」


スタッフ。


「全然少しじゃないです!」


彩香。


両手。


頭。


『スタッフさん、ほんま黙って……』


ディレクター。


反応。


「河合さん、ちょっとお願いできます?」


彩香。


『お願いせんといて!』


数分後。


レセプションスペース。


美音。


ピアノ。


さつき。


カメラ。


演奏。


終わる。


さつき。


「美音さん、めっちゃ上手いやないですか!」


美音。


「ありがと」


「何で今まで言わなかったんです?」


「聞かれんかったから」


そして。


ハーモニカ。


演奏。


さつき。


目を丸くする。


「待ってください、これプロですよね?」


美音。


「違うに」


「絶対プロですって!」


美音。


「趣味だに」


神戸放送。


カメラマン。


満足そうに。


無言で親指。


ディレクター。


「今日一番いい画です」


彩香。


『マリン特集で何でハーモニカが今日一番やねん!』


美音。


わずかに笑う。


だが。


笑っていない人間も。


いた。


黒鷹。


対象艇。


その男は。


遠くから。


美音を見る。


新しく入ったスタッフ。


操船。


機械。


VIP対応。


ピアノ。


ハーモニカ。


そのうえ。


神戸放送のレポーターと。


名前で呼び合う。


出来すぎている。


男。


スマートフォン。


短い連絡。


計画変更。


海上取引。


中止。


媒体。


回収。


陸路。


別拠点へ。


美音は。


ハーモニカを返した直後。


見た。


対象艇。


一人。


男。


機器ケース。


桟橋を降りる。


通常の動線ではない。


美音。


目。


変わる。


『彩香さん』


『はい』


『動いたに』


『確認できます?』


『黒鷹』


玲奈。


『海上取引を中止したようですね』


美音。


『追う』


彩香。


『美音さん、無茶せんといてくださいよ』


「分かっとる」


海風。


バイオレットのショートカット。


僅かに。


揺れる。


数分後。


駐車区画。


黒鷹。


車。


発進。


美音。


白いスタッフウェアを脱ぐ。


下。


ライディングウェア。


グローブ。


大型自動二輪。


跨る。


ヘルメット。


エンジン。


低い。


太い排気音。


それまで。


豪華艇を操り。


富裕層へ笑顔を向け。


ピアノ。


ハーモニカ。


静かな音を奏でていた女。


今。


夜の道路へ。


出る。


遠州の勇者。


玲奈。


『対象、東へ』


美音。


「了解」


彩香。


『美音さん』


「何?」


『ほんまに無茶だけはせんといてください』


美音。


「せんに」


彩香。


『美音さんが言うと信用できるんですけど、それでも言わせてください』


美音。


少し。


笑う。


「分かったに」


発進。


西宮浜。


臨港道路。


夕暮れ。


倉庫。


橋。


物流トラック。


工場の灯。


その間を。


大型二輪が。


走る。


美音。


距離。


詰めすぎない。


対象車。


ミラー。


死角。


信号。


前方車。


全部。


見る。


直線。


速い。


だが。


速さを見せたいわけではない。


追いつけば。


いい。


それだけ。


黒鷹。


気づく。


尾行。


次。


相手側。


動く。


前。


一台。


後ろ。


一台。


美音。


ミラー。


『玲奈さん』


『はい』


「挟まれた」


彩香。


『は!?』


追っていたはずの一台。


前。


新たな一台。


後ろ。


さらに。


横から。


もう一台。


追跡。


逆転。


今度は。


美音が。


追われる。


玲奈。


『美音、離脱してください』


「了解」


だが。


離脱とは。


止まればいいという意味ではない。


捕まらず。


危険区域から。


抜ける。


後ろ。


車。


距離。


詰まる。


前。


減速。


挟む。


美音。


視線。


左。


業務道路。


道幅。


狭い。


二輪。


通れる。


四輪。


入りづらい。


車体。


倒す。


一気。


左。


黒鷹車。


遅れる。


後方。


追う。


彩香。


『後ろ二台です!』


「見えとる」


『前にも一台回りました!』


「それも」


『何で全部分かるんです!?』


美音。


「ミラーあるら」


彩香。


『そういう話ちゃいます!』


美音。


前。


大型トラック。


速度。


右。


空間。


追い抜かない。


対向。


確認。


次。


交差点。


曲がる。


黒鷹。


ついてくる。


美音。


道路。


読む。


船と。


同じだった。


海には。


潮。


風。


船体。


陸には。


車線。


勾配。


車幅。


旋回半径。


人間は。


違うと思う。


だが。


美音にとって。


機械が。


どこへ動けるか。


どこへ動けないか。


読むという意味では。


似ている。


黒鷹車両。


大型。


次。


狭いカーブ。


遅れる。


美音。


二輪。


抜ける。


距離。


開く。


だが。


逃げ切らない。


少し。


速度。


落とす。


黒鷹が。


再び追いつける距離。


玲奈。


気づく。


『美音』


「何?」


『西側工業道路へ向かっていますね』


「うん」


『あそこなら一般車を退避させやすい』


「そうだに」


一拍。


玲奈。


『誘導していますか?』


美音。


「途中から」


彩香。


『逃げとるんちゃうんですか!?』


美音。


「逃げながら連れてっとる」


彩香。


『器用すぎますって!』


玲奈。


「了解。県警を先へ回します」


美音。


「頼むに」


彩香。


『何で玲奈さんと美音さんだけ普通に作戦成立しとるんです!?』


美音。


少し。


笑う。


黒鷹は。


自分たちが美音を追い詰めていると。


思っていた。


違う。


彼らは。


少しずつ。


県警が作った檻へ。


運ばれていた。


西側工業道路。


一般車。


退避。


広い。


直線。


黒鷹。


焦る。


一台。


横へ。


美音へ幅寄せ。


美音。


わずかに。


減速。


相手。


前へ。


美音。


その瞬間。


別路。


右。


黒鷹。


オーバー。


追い直す。


美音。


低い姿勢。


バイオレットの髪。


ヘルメットの中。


見えない。


だが。


目は。


冷たいほど。


静かだった。


勇猛果敢。


それは。


大声で吠えることではない。


恐怖を。


なかったことにすることでもない。


危険を見た上で。


必要な方向へ。


行けること。


それが。


遠州の勇者だった。


前方。


黒鷹。


一台。


停止。


工作員。


降りる。


別車。


横。


暗号媒体。


走る。


美音。


バイク。


安全な位置。


停車。


スタンド。


エンジン。


切る。


ヘルメット。


外す。


潮風。


そこへ。


陸の風。


バイオレットカラーのショートカットが。


さらりと。


横へ流れる。


汗。


少し。


だが。


顔。


涼しい。


工作員。


「逃げ切れると思ったか」


美音。


「逃げてたんじゃないに」


男。


「何?」


美音。


後ろ。


見る。


「連れてきただけ」


男。


顔。


変わる。


遠く。


サイレン。


だが。


まだ。


時間がある。


男たち。


四人。


美音。


一人。


一人が。


笑う。


「じゃあ、その前に終わらせる」


美音。


目。


細くなる。


「やってみりゃええら」


一人目。


来る。


拳。


美音。


半歩。


外。


腕。


取る。


押さない。


流す。


相手の勢い。


そのまま。


横。


男。


体勢。


崩れる。


二人目。


背後。


美音。


振り返る。


脚。


一歩。


踏み込む。


腕。


外す。


肩。


男。


よろめく。


一人目。


戻る。


美音。


その間。


抜ける。


工作員。


「捕まえろ!」


美音。


止まる。


一人。


前。


二人。


横。


美音。


逃げない。


遠州の勇者。


一歩。


前。


相手が。


逆に戸惑う。


男。


腕。


伸ばす。


美音。


手首。


押さえる。


身体。


返す。


地面。


一人。


崩れる。


二人目。


蹴り。


美音。


外。


脚。


自分の重心。


低く。


肩。


相手。


横へ。


「何なんだ、この女!」


美音。


淡々。


「メーカーの人だに」


「嘘つけ!」


美音。


「今日はそういう設定」


男。


「設定って言ったぞ!」


美音。


「気のせいだら」


攻撃。


美音。


かわす。


反撃。


短い。


一つ。


二つ。


無駄がない。


麻衣。


華麗。


あかり。


突破。


彩香。


火。


それとは違う。


美音は。


機械を扱う時と同じ。


必要な入力だけを。


与える。


相手。


崩れる。


三人目。


暗号媒体。


持つ。


走る。


美音。


追う。


一人。


阻む。


美音。


真正面。


男。


「来るな!」


美音。


止まらない。


腕。


受ける。


肩。


踏み込む。


男。


後ろ。


一歩。


さらに。


一歩。


美音。


押し切る。


勇猛。


静か。


その両方が。


同居していた。


媒体。


男。


振り返る。


美音。


距離。


詰める。


「それ置きな」


「断る!」


「なら」


美音。


もう一歩。


「取るに」


男。


突進。


美音。


紙一重。


横。


手首。


腕。


媒体。


落ちる。


美音。


足。


止める。


拾う。


背後。


二人。


振り返る。


美音。


構える。


その時。


道路。


車両音。


一斉。


兵庫県警。


特殊部隊。


展開。


黒鷹。


逃げる。


だが。


前。


警察。


横。


支援班。


後ろ。


封鎖。


先頭。


岡本玲奈。


「そこまでです」


声。


静か。


だが。


終わりだった。


工作員。


一斉確保。


対象車両。


封鎖。


暗号媒体。


不正通信モジュール。


企業機密。


海上受け渡し用の通信記録。


別艇の情報。


全部。


揃う。


玲奈が。


美音へ。


歩く。


「怪我は?」


「ないに」


「本当に?」


「玲奈さんまで彩香さんみたいなこと言うだか」


玲奈。


「心配するのが仕事です」


美音。


ほんの少し。


笑う。


「大丈夫」


玲奈。


媒体。


見る。


「一人でよく持ちこたえました」


美音。


「来るって分かっとったから」


「それでもです」


少し。


間。


玲奈。


「見事でした」


美音。


視線。


海側。


「ありがと」


その時。


風。


吹く。


バイオレットカラーのショートカット。


静かに。


靡く。


背後。


大型二輪。


遠く。


ヨットのマスト。


夕暮れ。


捜査車両。


その真ん中。


河合美音。


任務前と。


同じような。


涼しい顔。


船を操った。


機械を見抜いた。


ピアノを弾いた。


ハーモニカを吹いた。


大型二輪で。


黒鷹三台を引き連れた。


そして。


最後は。


一人で。


工作員四人を相手にした。


何役だったか。


もう。


誰も数えていない。


彩香が。


後から来る。


「美音さん」


「何?」


「一個だけ聞いてもええです?」


「うん」


「……ほんま、何ができへんのです?」


美音。


少し。


考える。


風。


髪。


揺れる。


「いっぱいあるに」


彩香。


「例えば?」


美音。


また。


考える。


「……今は思いつかん」


彩香。


額。


「それ一番腹立つ答えやわ!」


美音。


小さく。


笑った。


――数日後。


ヒロ室西日本分室。


任務報告。


終了。


本来なら。


静かな午後。


だが。


西川彩香。


朝から。


何か言いたそう。


麻衣。


「彩香さん、どうしました?」


彩香。


「あの鳴門のレポーターです」


美音。


「さつきさん?」


彩香。


「そうです!」


麻衣。


「何か悪いことしました?」


彩香。


「何もしてへん!」


一同。


沈黙。


美咲。


「では、問題ないのでは?」


彩香。


「それが腹立つねん!」


美音。


「理不尽だに」


彩香。


「美音さんまで!」


澪香。


「でも、さつきさんは取材しただけですよね」


彩香。


「知っとる!」


澄香。


「美音さんを見つけただけですし」


「それが困るんです!」


麻衣。


「取材者ですから、人を見るのは仕事です」


彩香。


「その職業能力をNST相手に発揮せんといてほしいんです!」


美音。


「私、髪色そのままだったに」


彩香。


「美音さんは美音さんで目立ちすぎなんですよ!」


澪香。


「確かに、バイオレットのショートは遠くからでも分かりますね」


澄香。


「格好いいですし」


美音。


「ありがと」


彩香。


「そこで褒め言葉だけ受け取らんといてください!」


あかり。


「さつきさん、美音さんのピアノめっちゃ褒めとったに」


美音。


「そうけ。嬉しいに」


彩香。


「また素直に喜んどる!」


美咲。


「ハーモニカも神戸放送ではかなり評判だったそうです」


美音。


「へえ」


彩香。


「何で潜入任務中に神戸放送の名場面一本作っとるんです!」


美音。


「頼まれたから」


「頼まれたら何でもやるんです?」


美音。


「できることなら」


彩香。


一瞬。


止まる。


「……その返し、強いですね」


麻衣。


「事実ですからね」


彩香。


「みんな美音さん側につくやん!」


美音。


涼しい顔。


コーヒー。


飲む。


彩香。


「決めました」


麻衣。


「来ましたね」


彩香。


「何が?」


「無意味な罰です」


彩香。


「今回は意味ある!」


麻衣。


「毎回そう言います」


「今回はほんまにある!」


全員。


怪しい目。


彩香。


「あのさつきさん、次に西宮浜来たら」


一拍。


「マリーナに停まっとる船のフェンダー、全部数えさせます!」


あかり。


「フェンダーって何?」


美音。


「船体が岸壁とか隣の船に当たらんように下げるクッションみたいなもんだに」


あかり。


「ああ、あれか!」


彩香。


美音を指す。


「見てください! 美音さんの説明、あかりでも一発で分かった!」


あかり。


「何か失礼やに」


美音。


「分かりゃええら」


彩香。


「美音さんまで流さんといてください!」


麻衣。


「それで、フェンダーを数えて何を?」


彩香。


「報告書です」


美咲。


「内容は?」


彩香。


「一号艇、右四個、左四個」


澪香。


「二号艇は?」


「右五個、左五個!」


澄香。


「それを全部?」


「全部!」


麻衣。


「それって意味ありますか?」


彩香。


「あります!」


美音。


「何が分かる?」


彩香。


止まる。


「……マリーナのフェンダー総数」


美音。


「それ知ってどうするだ?」


彩香。


「知らん!」


一同。


爆笑。


麻衣。


「やっぱり意味ないですね」


彩香。


「待ってください、追加します!」


あかり。


「何?」


彩香。


「一個数えるたびに」


全員。


見る。


「『今日は美音さんを見つけませんでした』って復唱!」


美音。


即答。


「嘘になるら」


彩香。


「正論で潰さんといてください!」


美咲。


「虚偽報告になりますね」


彩香。


「行政文書みたいに言わんで!」


澪香。


「途中で本当に美音さんを見つけたら?」


彩香。


「……美音さん、隠れてください」


美音。


「何で私が?」


「罰が成立せえへんでしょう!」


美音。


「私、関係ないに」


彩香。


「そうでした!」


麻衣。


「そもそも、さつきさんにも罪はありません」


彩香。


「知っとる!」


澄香。


「正式な取材です」


「知っとる!」


澪香。


「美音さんを褒めただけ」


「知っとる!」


あかり。


「ピアノもハーモニカもええ画やったに」


「全部知っとるわ!」


美音。


「さつきさん、ええ人だに」


彩香。


「それも知ってます!」


一同。


また。


笑う。


彩香。


椅子。


座る。


頭。


抱える。


「何で何も悪いことしてへん人相手に、ウチこんな腹立っとんねやろ……」


麻衣。


「理不尽だからでは?」


彩香。


「自分でも分かっとる!」


少し離れた席。


玲奈。


報告書。


読む。


いつもの。


静かな顔。


だが。


口元。


ほんの僅かに。


緩む。


彩香。


すぐ気づく。


「玲奈さん!」


「はい」


「今、笑いました?」


「いいえ」


美音。


横から。


「笑っとったに」


玲奈。


美音を見る。


「美音まで」


麻衣。


「私も見ました」


迫田ツインズ。


同時。


「見ました」


彩香。


「ほら!」


玲奈。


書類へ。


視線。


戻す。


「気のせいです」


彩香。


「最近みんなウチの観察精度高すぎるんです!」


美音。


コーヒー。


一口。


「分かりやすいだけだら」


彩香。


「美音さん、その静かな一言が一番刺さるんです!」


分室。


笑い。


西宮浜では。


今日も。


船が海へ出る。


白いヨット。


クルーザー。


エンジン音。


波。


風。


海には。


道がないように見える。


だが。


河合美音には。


見えていた。


海では。


潮の道。


陸では。


車の道。


そして。


敵が。


逃げる道。


船を操り。


機械を読み。


ピアノを奏で。


ハーモニカを吹き。


大型二輪へ跨る。


追えば。


追いつく。


追われれば。


逃げる。


ただし。


逃げながら。


敵を自分の望む場所へ連れていく。


最後。


工作員が立ちはだかれば。


怯まず。


前へ出る。


遠州の勇者。


河合美音。


静かな女だった。


無口だった。


何を考えているのか。


一見すれば。


分かりにくい。


だが。


必要な時。


必要な場所。


彼女は。


必ず。


そこにいる。


そして。


任務を終えれば。


何事もなかったような涼しい顔で。


海風の中。


バイオレットカラーのショートカットだけを。


クールに。


靡かせる。


その背中を見て。


西川彩香は。


また言う。


「美音さん、ほんま何ができへんのです?」


美音。


振り返る。


僅かに。


笑う。


「それは、そのうち考えるに」


海を降りても。


勇者は。


勇者だった。

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