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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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398/411

鏡の女は二度現れる ――六甲アイランド、宝石より眩しい双子と黒鷹の秘密台帳

宝石は、光を受けて輝く。


人間は、光が当たりすぎると正体を隠せなくなる。


神戸・六甲アイランド。


海の上に造られた街は、昼と夜で表情を変える。


昼は整然とした人工島。


広い道路。


高層ホテル。


展示施設。


オフィス。


海から吹く風。


そして夜。


ガラス張りの建物へ照明が灯ると、港町神戸らしい都会的な光が水面へ滲む。


その一角で、この週だけはさらに別世界が生まれていた。


KOBE INTERNATIONAL HIGH JEWELRY WEEK。


完全招待制。


世界各国の宝飾ブランド。


希少石専門商。


高級時計メーカー。


海外バイヤー。


資産家。


著名人。


入口には黒塗りの高級車が次々と止まり、ドレスアップした客が赤いカーペットを歩く。


天井には巨大なシャンデリア。


磨き抜かれた床。


ピアノと弦楽器の静かな音。


シャンパン。


低く抑えた会話。


ガラスケースには数千万、数億円という宝石が、まるで値段など存在しないような顔で並んでいる。


ダイヤモンド。


ルビー。


サファイア。


エメラルド。


一つ一つが光を受けるたび、会場の壁へ細かな反射を散らす。


ここでは美しさも信用も、すべて金額へ換算される。


そして。


黒鷹は、その仕組みをよく知っていた。


狙いは宝石そのものではない。


金だ。


もっと正確に言えば、


汚れた金を、綺麗な金へ見せかけること。


実際には三千万円程度の宝石を一億円以上で売買したことにする。


海外のペーパーカンパニーを挟む。


買い戻す。


再輸出する。


評価額を偽る。


委託販売という形を取る。


一見すれば、ただの国際宝飾取引。


だが取引を何度も重ねれば、犯罪資金の出所は見えなくなる。


最後に残るのは、


合法的な宝飾売買で生まれた利益。


黒鷹は、宝石の光で金の色を塗り替えようとしていた。


ヒロ室西日本分室。


岡本玲奈は会場図を大型モニターへ映した。


「今回、内部へ入るのは二人です」


西川彩香が画面を見る。


表示された顔写真。


迫田澪香。


迫田澄香。


宮崎県都城市出身。


実家は大規模な乳牛牧場。


長身。


細身。


長い手足。


華やかな顔立ち。


そして。


姉妹でありながら、遠目どころか近くで見ても一瞬判断に迷うほどよく似ている。


彩香は腕を組んだ。


「これはまあ……適任やな」


玲奈。


「二人には、架空のモデル事務所『ルミエール神戸』から派遣されたショーモデル兼VIPアテンダントとして入ってもらいます」


澪香。


「モデル?」


澄香。


「私たちが?」


彩香が呆れたように言う。


「その顔とスタイルで『私たちが?』言うんやめてくれへん?」


澪香と澄香は顔を見合わせた。


よく似た笑い方だった。


潜入までの研修期間は短かった。


だが内容は甘くない。


ウォーキング。


ターン。


ジュエリーを最も美しく見せる首の角度。


肩の開き。


立ち位置。


視線。


手の位置。


撮影時の静止時間。


VIPへの応対。


宝石の基本知識。


高級ブランドの歴史。


シャンパンやグラスの扱い。


簡単な英語応対。


そして何より。


商品より目立ちすぎず、それでいて商品を輝かせる存在になること。


彩香は研修映像を見ながら、ため息をついた。


「これ潜入捜査やんな?」


玲奈。


「そうです」


「モデル育成番組ちゃいますよね?」


「違います」


「二人とも普通に仕上がってきとるんですけど」


玲奈。


「適応力がありますから」


彩香は頭を抱えた。


「最近、うちのメンバー何にでも適応しすぎやねん……」


展示会初日。


控室。


本職モデルたちが並ぶ。


そこへ。


迫田ツインズが入ってきた。


会話が止まった。


一瞬だけ。


本当に。


止まった。


澪香は深いネイビーのイブニングドレス。


澄香は落ち着いたボルドー。


どちらも露出を抑えた上品なデザイン。


首元には展示用のダイヤモンド。


耳元には小さな宝石。


足元は細いヒール。


髪型もほぼ同じ。


二人が並ぶ。


鏡だった。


だが。


よく見ると違う。


澪香は視線がやや強い。


立つだけで芯がある。


澄香は柔らかい。


表情に僅かな親しみがある。


同じ顔。


同じ体型。


それでも。


ジュエリーの見せ方に、微妙な個性が出る。


演出責任者が二人を見る。


「……本当に新人?」


澪香。


「はい」


澄香。


「こういう仕事は初めてです」


「モデル経験なし?」


「ありません」


責任者はしばらく黙った。


「じゃあ、一回歩いて」


音楽。


ランウェイ。


最初は澪香。


一歩。


二歩。


姿勢。


重心。


肩。


首。


視線。


歩く速度。


一定。


焦らない。


そして照明の位置で止まる。


ほんの少しだけ身体を斜めへ。


ダイヤモンドへ光が入る。


客席側から見れば、宝石が一瞬強く輝く。


そこで視線を動かす。


ターン。


戻る。


次。


澄香。


同じ歩幅。


同じ速度。


だが。


澪香より僅かに柔らかい。


サファイアのネックレスに合わせ、微笑みを薄くする。


華美にしすぎない。


宝石を前へ出す。


それでも。


人の目は二人から離れない。


本職モデルの一人が小さく呟いた。


「……すご」


演出責任者がスタッフへ言う。


「センター、双子に変更」


無線。


彩香。


『何で潜入初日からショーの主役になってんねん!』


澪香。


『私たちが頼んだわけじゃないよ』


『知っとる!』


澄香。


『怒らないで』


『怒ってへん。困ってんねん!』


午後。


本番。


照明。


音楽。


客席。


迫田ツインズが並んで現れる。


会場が僅かにざわつく。


一人だけでも十分目立つ。


二人並ぶと、視線を奪う力が倍では済まない。


左右対称。


澪香が一歩前。


澄香が半歩遅れて追う。


途中。


入れ替わる。


同じ顔。


別のジュエリー。


客席から見れば、鏡の中の女が現実へ二人出てきたように見える。


フラッシュ。


カメラ。


シャッター音。


澪香がターン。


澄香も。


長い脚。


細いヒール。


ドレスの裾が床を滑る。


本職モデルたちが袖から見る。


一人が笑った。


「ねえ」


出番を終えた二人へ近づく。


「ほんとに新人?」


澪香。


「はい」


「東京来ない?」


澄香。


「え?」


「二人なら絶対仕事あるよ。一緒にやろうよ」


さらに。


別のモデル事務所関係者。


名刺。


「現在の契約条件、少し伺っても?」


澪香。


「契約条件?」


「所属事務所との移籍交渉もこちらでできます」


澄香。


「移籍?」


後日提示された金額は。


彩香が見て固まる程度には大きかった。


「……これ」


玲奈。


「はい」


「本気?」


「本気のようです」


「契約買い取ってでも欲しいって?」


「ええ」


彩香は遠くを見る。


「潜入捜査に出したら芸能界に持っていかれそうになっとる……」


玲奈。


「本人たちにその意思はありません」


「それは分かってますけど!」


だが。


この華やかすぎる潜入は、捜査に大きな利点をもたらした。


ショーで注目されたモデル。


VIPラウンジへ呼ばれる。


高額顧客の接客。


海外バイヤー。


宝飾商。


関係者専用エリア。


一般スタッフが入れない場所にも自然に入れる。


そして。


迫田ツインズは、二人であることそのものを使い始めた。


午後三時十二分。


VIPラウンジ。


黒鷹と繋がる海外宝飾ブローカー。


澪香がシャンパンを運ぶ。


「どうぞ」


男は顔を見る。


「ありがとう」


澪香。


「ごゆっくり」


その三分後。


搬入側通路。


澄香。


黒鷹の別の男が止まる。


「……おい」


澄香。


「はい?」


「お前、今上にいなかったか?」


澄香は自然に笑う。


「人違いでは?」


「いや……」


「同じような衣装のモデル、多いですから」


そのまま通る。


男は首を傾げた。


さらに。


十分後。


今度は澄香がVIPラウンジ。


澪香が裏側の商談資料を確認。


十五分後。


また入れ替わる。


黒鷹側は混乱した。


「さっきの女だ」


「いや、違う」


「同じだろ」


「でもさっき別の階にいた」


一人だと思えば、動きがあり得ない。


二人だと気づいても。


どちらがどちらか分からない。


澪香。


『かなり混乱してる』


澄香。


『今、私を澪香だと思ってた』


彩香。


『遠目やったらウチでも間違えるわ』


玲奈。


『そのまま続けてください』


一人が表。


一人が裏。


一人が黒鷹へ顔を覚えさせる。


もう一人が、


「その女は今ここにいるはずがない」


という死角へ入り込む。


姉妹の呼吸は完璧だった。


言葉もいらない。


目線。


肩の向き。


立ち位置。


それだけで。


どちらが囮になるか。


どちらが入るか。


分かる。


捜査は進む。


暗号媒体。


架空売買。


海外送金。


受け渡し相手。


秘密台帳。


全てが絞られていく。


彩香は監視画面を見て言った。


「今回は綺麗に終われそうやな」


麻衣。


『それ、最近言わん方がええですよ』


「何で?」


『何か来ます』


「何が来んねん」


答えは。


六甲アイランドへ入ってきたCS放送のロケ車だった。


巻き髪。


真央。


その後ろ。


明るい色のツインテール。


赤嶺美月。


彩香。


「……」


玲奈。


『どうしました?』


「来ました」


『何が?』


「厄災二名」


玲奈は黙った。


番組企画。


『神戸でちょっと大人の休日――憧れのハイジュエリー体験』


上品な宝飾ショー。


静かな音楽。


落ち着いた照明。


そこへ。


真央。


「うわぁぁ! でらキラキラしとるがね!」


美月。


「これ値札ないやん! なんぼするん!?」


彩香が両手で顔を覆う。


「会場の格が一瞬で庶民派情報番組になった……」


もちろん二人に悪気はない。


真面目なロケ。


許可もある。


まず。


真央が遠くのモデルを見る。


長身。


ドレス。


ジュエリー。


「でら綺麗なモデルさんがおるがね……」


近づく。


顔。


「……って、澪香さんだが!?」


実際には澄香。


澄香は全く動じない。


完璧なモデルスマイル。


「真央ちゃん、こんにちは」


真央。


「何しとりゃあすの!? モデルさんになったんきゃ!」


「今日はそんな感じかな」


彩香。


『“そんな感じ”で通すんや……』


そこへ。


美月。


「あ!」


別の一人を見る。


「澄香!」


実際には澪香。


澪香も普通に笑う。


「美月、こんにちは」


「今日はどうしたん? ジュエリーモデル?」


「うん」


「ええなぁ。ウチもやりたいわ」


彩香。


『やらんでええ!』


当然、聞こえない。


美月はケースを覗く。


「こういうのって、ウチみたいなんでも似合う?」


小柄。


童顔。


明るいツインテール。


本人もそこを少しだけ気にしている。


澪香は一つのネックレスを見る。


「美月には、これかな」


「どれ?」


細身。


派手すぎない。


中央に小粒の石。


上品。


「可愛らしさは残るけど、ちょっと大人っぽくなると思う」


美月の目が輝く。


「ほんま?」


試着。


鏡。


美月が自分を見る。


いつものツインテール。


童顔。


だが首元だけ少し印象が変わる。


背筋も少し伸びる。


「……なんか」


鏡へ近づく。


「ウチ、ちょっと大人になった感じせえへん?」


澪香。


「するよ」


「やろ!」


美月は満足。


カメラマン。


無言で親指を立てる。


ディレクター。


「これいい画!」


彩香。


「何で潜入中にアホツインテールのイメチェン企画始まんねん!」


麻衣。


『視聴率取れそうですね』


「番組の心配してへん!」


美月。


「なあ、これなんぼ?」


スタッフが耳元で金額を伝える。


美月。


「……」


動きが止まる。


「返します」


澪香。


「早いね」


「落としたら人生終わるわ!」


真央。


「美月さん、急に現実的だがね!」


美月。


「首から札束ぶら下げて歩けるか!」


真央が大笑い。


高級感。


シャンパン。


宝石。


美月。


真央。


全部が混ざる。


彩香の頭痛が悪化する。


しかし。


遠くから見ていた黒鷹には。


笑えなかった。


ここ数日で急に現れた双子モデル。


異様なまでに仕事ができる。


VIPエリアへ自然に入る。


そして。


テレビカメラを連れた有名な若い女たちが。


その双子の名前を知っている。


親しげ。


偶然。


そう考えるには危険だった。


現場責任者。


「予定変更」


最終夜の取引を中止。


今。


媒体を回収。


地下搬入口。


車で撤収。


その動き。


迫田ツインズは見逃さない。


澄香。


鏡を見る。


VIPラウンジを出る男。


澪香。


展示ケースの反射。


関係者通路へ入る別の男。


二人。


ほぼ同時。


『動いた』


彩香の目が変わる。


「確認?」


澪香。


『連絡役』


澄香。


『海外ブローカーも』


玲奈。


『前倒しです』


彩香。


「迫田姉妹」


二人。


『はい』


「追って」


『了解』


煌びやかな会場。


音楽。


客。


笑顔。


ドレス姿の双子。


最初は歩く。


普通に。


誰にも違和感を与えない。


角を曲がる。


関係者扉。


閉じる。


その瞬間。


走る。


細いヒール。


長いドレス。


普通なら動きにくい。


だが。


二人は裾をほんの少し持ち上げる。


長い脚。


一気に加速。


ヒール音が硬い床へ響く。


真央が遠くから見る。


「あれ? 澪香さん走ってったがね」


美月。


「モデルさん忙しいんちゃう?」


何も知らない。


地下。


絨毯が消える。


照明が変わる。


コンクリート。


搬送ケース。


荷物用エレベーター。


駐車場。


黒鷹の工作員が振り返る。


「来た!」


二人。


ドレス。


ジュエリー。


ヒール。


男が笑う。


「モデルが何の用だ」


澪香。


「そのケース」


澄香。


「置いていって」


工作員。


「ふざけるな!」


襲いかかる。


二人。


動く。


長い脚。


広い間合い。


澪香が半歩。


相手の攻撃を誘う。


男が前へ。


そこ。


澄香。


横。


長い脚が鋭く上がる。


腕を払う。


男の身体が崩れる。


澪香。


受ける。


腕。


肩。


床へ。


もう一人。


澄香を狙う。


だが。


途中で澪香。


入る。


男が止まる。


「どっちだ!」


澪香。


「澪香」


澄香。


「澄香」


男。


「分かるか!」


二人。


「でしょうね」


再び。


動く。


鏡。


一人が前。


一人が後ろ。


相手が前の一人を見る。


後ろが死角。


入れ替わる。


今度は逆。


言葉はほとんどない。


澪香の肩が僅かに下がる。


澄香が分かる。


右。


澄香の視線。


澪香が左。


長年。


一緒に育った。


都城の牧場。


牛。


餌。


柵。


広い敷地。


子供の頃から二人で動いてきた。


一頭の牛が動けば。


片方が前。


もう片方が後ろ。


そんな日常が。


今は。


戦闘へ変わっている。


一人。


倒す。


二人目。


崩す。


三人目。


長い脚。


ヒール。


関係ない。


澄香が蹴りで腕を払う。


澪香が体勢を崩す。


澪香が引きつける。


澄香が後ろを取る。


ドレスの裾が翻る。


耳元の宝石が揺れる。


地下の無機質な照明の中。


二人だけが異様に華やかだった。


迫田ツインズ。


宝石より目立つ。


宝石より危険。


黒鷹の男たちが苛立つ。


「囲め!」


澄香。


「多いね」


澪香。


「いつものこと」


四人。


五人。


二人。


数では不利。


だが。


相手は二人を見分けられない。


誰がどこにいたのか。


誰を追っていたのか。


途中から自分でも分からなくなる。


澪香がわざと右へ。


男二人が追う。


澄香。


逆側。


ケースを持つ男へ。


一人が気づく。


止める。


澄香。


蹴り。


腕。


男が下がる。


そこへ澪香。


戻る。


二人。


交差。


完全同期。


工作員の隊列が崩れる。


責任者だけがケースを抱え、地下駐車場へ。


扉。


開く。


車。


キー。


だが。


車の前。


女が立っている。


西川彩香。


ジャケット。


腕を組んでいる。


「随分」


腕を解く。


「うちの双子、かわいがってくれたみたいやな」


責任者。


「どけ!」


彩香。


「嫌や」


男が突っ込む。


彩香。


一歩。


播州の烈火。


拳。


外す。


腕。


取る。


男が振り払う。


二人目。


横。


彩香が沈む。


肩。


身体を返す。


「宝石並べて」


一人。


床。


「金洗って」


もう一人。


腕。


崩す。


「最後は女二人相手に大人数か?」


責任者。


「黙れ!」


彩香。


「随分ええ商売しとるな!」


前へ。


拳。


肘。


肩。


火力。


麻衣のような曲線ではない。


あかりのような真正面の突破とも違う。


彩香は。


狙った場所を焼く。


そこへ。


迫田ツインズ。


澪香。


右。


澄香。


左。


彩香。


中央。


三人。


責任者。


止まる。


澪香が右を消す。


澄香が左。


後ろ。


戻れない。


前。


彩香。


「宝石はな」


一歩。


「磨いたら綺麗になるけど」


責任者が拳。


彩香。


外す。


腕。


「汚い金は」


身体を崩す。


「何回回しても汚いままや」


床。


完全制圧。


同時。


大型シャッター。


開く。


兵庫県警。


一斉に入る。


その中央。


岡本玲奈。


冷静。


鋭い目。


黒鷹一味を見る。


「そこまでです」


県警。


確保。


手錠。


暗号媒体。


秘密台帳。


架空売買記録。


海外送金記録。


偽鑑定書。


黒鷹の国際資金洗浄ルート。


全て押さえた。


任務完了。


地上。


宝飾ショー。


美月はまださっきのネックレスの話をしていた。


「なあ真央」


「何だが?」


「ウチ、ああいう大人っぽいの結構いけるよな?」


「似合っとったがね」


「やろ?」


「値段聞いた瞬間の顔の方が良かったが」


「そこ放送したらアカン!」


地下で黒鷹が壊滅したなど。


一ミリも知らない。


数日後。


ヒロ室西日本分室。


彩香は。


珍しく最初から機嫌が良かった。


「いやぁ」


全員が見る。


迫田ツインズも。


彩香。


「今回の二人」


澪香。


「うん」


澄香。


「何?」


彩香は腕を組む。


少し考える。


そして。


「ほんま綺麗やったわ」


澪香。


「……」


澄香。


「……」


彩香。


「ウチが見とれる程綺麗やった」


澪香と澄香が同時に笑う。


「ありがとう」


「嬉しい」


麻衣。


「本当にモデルみたいでした」


美咲。


「会場でも完全に溶け込んでましたね」


美音。


「本職の人より目立ってたけど」


彩香。


「それや!」


急に表情が変わる。


「何で潜入してショーのセンター取んねん!」


澪香。


「私たちが決めたんじゃないよ」


「知っとる!」


澄香。


「演出家さんが」


「それも知っとる!」


美音。


「それで、大手事務所から移籍話」


彩香。


「その話やめよ!」


澪香。


「契約金、結構すごかったよ」


「言わんでええ!」


澄香。


「数字聞く?」


「聞きたない!」


あかり。


「私は聞きたいに」


彩香。


「お前は何で他人の給料の話だけ反応早いねん!」


あかり。


「気になるやん」


「ならんでええ!」


麻衣。


「でも二人ともモデル向いてると思います」


彩香。


「勧めんな!」


澪香。


「楽しかったよ」


澄香。


「またやってもいいかも」


彩香。


「やらんでええ!」


二人。


「どうして?」


「ほんまに転職しそうで怖いねん!」


笑い声。


そこまではよかった。


彩香が急に。


「あとやな」


麻衣。


「始まりましたね」


彩香。


「何が?」


美咲。


「ボヤキ」


「まだ何も言うてへん!」


あかり。


「顔がもうボヤいとるに」


「顔でボヤけるか!」


一同。


笑う。


彩香。


「あのアホツインテールと巻き髪、エエ加減にせえよ」


澪香。


「来ましたね」


澄香。


「本題」


彩香。


「本題ちゃう!」


美音。


「でも二人ともロケしてただけですよ」


「知っとる!」


麻衣。


「許可もちゃんと取ってました」


「それも知っとる!」


美咲。


「美月さん、ジュエリー似合ってましたね」


彩香。


「……」


少し間。


「まあ」


全員が見る。


「似合っとった」


あかり。


「認めた」


「そこは認めるわ!」


澪香。


「本人、かなり嬉しそうだったよ」


彩香。


「鏡の前で三回ぐらい角度変えとったな」


澄香。


「可愛かった」


彩香。


「でも!」


机を軽く叩く。


「問題はタイミングや!」


麻衣。


「またそれですね」


「また言うな!」


彩香は立ち上がる。


「あのアホツインテールと巻き髪はもう宝飾展示会出禁や!」


美咲。


「そんな権限ありません」


「知っとる!」


美音。


「本人たち何もしてません」


「知っとる!」


あかり。


「ほな何で出禁?」


「ウチの気持ちや!」


麻衣。


「制度として成立してません」


「細かい!」


彩香はさらに続ける。


「決めた」


澪香。


「何を?」


「あのアホツインテール、今度会ったら宝石鑑定用ルーペ持たせる」


澄香。


「うん」


「一日中、巻き髪を観察」


一同。


「……」


彩香。


「反対に巻き髪はアホツインテールを一日観察!」


美音。


「何を見るんです?」


「知らん!」


麻衣。


「髪ですか?」


「髪でも顔でも何でもええ!」


あかり。


「ルーペで?」


「ルーペで!」


澪香。


「ずっと?」


「一日!」


澄香。


「観察したあとどうするの?」


彩香。


「観察日記付けさせたろ!」


一瞬。


静か。


麻衣。


「何を書くんですか?」


彩香。


「本人らに考えさせる!」


美音が笑いを堪える。


「例えば?」


あかり。


「『午前十時、美月さんがプリン食べる』」


麻衣。


「『午前十時三分、真央さんの巻き髪が今日も巻いている』」


澪香。


「昨日との差は?」


澄香。


「湿度?」


美咲。


「観察項目を事前に定義した方が」


彩香。


「研究計画みたいにすんな!」


全員が笑う。


澄香が真顔で訊いた。


「それって意味ある?」


彩香。


「あるかいな。ボケェ!」


あかりが机へ突っ伏す。


「意味ないんや!」


「あるわけないやろ!」


麻衣。


「じゃあ何のためですか?」


「罰や!」


美咲。


「罰として機能するでしょうか」


「うるさい!」


澪香。


「美月、途中で真央ちゃんの巻き髪触り始めそう」


澄香。


「真央ちゃんは美月のツインテールの長さ測りそう」


あかり。


「左右で違うか確認するに」


美音。


「『右二十一センチ、左二十・七センチ』とか」


麻衣。


「妙に本格的」


彩香。


「やめて!」


澪香。


「そのうち二人で写真撮り始めそう」


澄香。


「『今日の観察対象』って」


あかり。


「SNSに上げるに」


彩香。


「最悪や!」


一同。


爆笑。


彩香は頭を抱える。


「罰にならへんやん!」


麻衣。


「むしろ楽しそうですね」


「なんであの二人何やらせても最終的に楽しそうになんねん!」


美咲。


「才能では?」


「そんな才能いらん!」


少し離れた机。


玲奈は報告書を読んでいた。


表情はいつも通り。


冷静。


静か。


ただし。


口元。


ほんの少し。


緩んでいる。


彩香が即座に気づく。


「玲奈さん」


「はい」


「今笑いました?」


「いいえ」


「笑った!」


「気のせいです」


迫田ツインズ。


同時。


「笑ってたよ」


玲奈が二人を見る。


「迫田姉妹」


「はい?」


玲奈は一枚の書類を持ち上げる。


「例のモデル事務所から、正式な移籍打診が届いています」


彩香。


「まだ続いとったんか!」


澪香。


「条件良かったよ」


「聞かん!」


澄香。


「契約金もかなり」


「聞かん言うとるやろ!」


あかり。


「いくら?」


彩香。


「あかりぃ!」


「気になるやん!」


美音。


「海外案件もあるらしいですよ」


彩香。


「情報増やさんで!」


麻衣。


「二人、本当にモデルになったら?」


彩香。


「困る!」


美咲。


「即答ですね」


「当たり前や!」


澪香。


「大丈夫」


澄香。


「辞めないよ」


彩香。


「先に言うて!」


二人。


「聞かれなかったから」


「言わんでも分かるように安心させて!」


また。


笑い声。


その日の西日本分室は。


宝飾ショーとは正反対だった。


シャンデリアはない。


シャンパンもない。


数億円のダイヤモンドもない。


あるのは。


コーヒー。


菓子。


報告書。


誰かの笑い声。


彩香のツッコミ。


そして。


モデル事務所から本気で引き抜かれかけた、都城の牧場育ちの双子。


あかりがふと思い出したように訊く。


「澪香、澄香」


二人。


「何?」


「宝石と牛やったら、どっち扱いやすい?」


澪香。


「宝石」


澄香。


「蹴らないから」


彩香。


「比較対象が実家の牛なんやめて!」


爆笑。


玲奈も。


今度は。


ほんの少しだけ。


隠しきれずに笑った。


六甲アイランド。


光の下では。


今日も宝石が輝いている。


人間は。


その輝きへ値段をつける。


だが。


黒鷹は一つだけ計算を間違えた。


あの日。


一番価値が高かったものは。


ショーケースの中にはなかった。


鏡のように並ぶ二人の女。


澪香。


澄香。


一人を見れば。


もう一人が影へ入る。


一人を追えば。


もう一人が先に待っている。


宝石より眩しく。


宝石より危険な双子。


黒鷹が最後まで見分けられなかった二つの影は。


今。


ヒロ室西日本分室で。


同じ顔で笑っている。


その横で。


「アホツインテールと巻き髪に観察日記書かせたる!」


「意味ないよ」


「知っとるわ!」


播州の烈火のボヤキが。


今日も。


楽しそうに響いていた。

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