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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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雲海の底に眠る黒い眼 ――竹田城跡・虎臥石垣透視作戦

雲海は、山城を空へ浮かべる。


そして、人間が地上へ埋めた秘密を、その白い底へ沈める。


夜明け前の兵庫県朝来市。


谷間の町には、まだ灯りが残っていた。冷え込んだ空気が川沿いへ沈み、白い霧となって山腹を這い上がっていく。


古城山の頂に残る竹田城跡は、やがて雲の海から姿を現した。


天守もない。

櫓もない。

残されているのは、幾重にも連なる石垣だけだった。


それでも、朝日を待つ石の城は、地上のどんな建築物より雄大に見えた。


城下町は雲海の下に沈んでいる。周囲の山々は白い波間へ浮かぶ島となり、古城山を吹き抜ける風が、霧の表面へゆっくりと筋を引いていた。


天空の城。


日本のマチュピチュ。


そして、山の姿が伏せた虎に似ていることから、虎臥城とも呼ばれる戦国の山城。


人々は、その幻想的な姿を一目見ようと竹田城跡を訪れる。


黒鷹は、人々が空ばかり見上げるその場所へ、地下を見張る眼を埋め込んでいた。


兵庫県北部から盗み出された大量の測量データ。


道路トンネル。

防災地下施設。

廃坑。

旧排水路。

送電設備。

山中へ残された作業用坑道。


個別に見れば、行政や建設会社が保有する設計資料にすぎない。


だが、それらを重ねれば、但馬から播磨へ抜ける、地図に存在しない輸送経路を構築できる。


使われなくなった坑道と排水路をつなぐ。


山中の資材搬入口を偽装する。


防災設備の保守点検を装い、武器や機密物資を人目につかない場所へ運び込む。


黒鷹が計画していたのは、道路でも鉄道でもない。


山の内側を通る、見えない物流網だった。


その設計データは、円筒形の特殊記憶装置へ保存された。


最後に追跡できた場所は、竹田城跡。


黒鷹は観光関係者や保存工事の作業員へ紛れ、装置を石垣内部へ隠したと考えられた。


だが、どの石垣か分からない。


竹田城跡は国史跡である。疑わしいという理由だけで石を動かすことはできない。地面を掘り返すことも、大型探査機を持ち込むことも不可能だった。


まして、黒鷹は単純に装置を隠したわけではなかった。


石垣の内部には三つの偽装容器が置かれている。


一つは空。


一つは警報装置。


残る一つは、本物の記憶装置を消去する制御端末。


間違った順番で容器を動かせば、本体のデータは失われる。


石垣へ触れず、内部の構造を見抜く必要があった。


通常の捜査員にはできない仕事だった。


ヒロ室西日本分室。


岡本玲奈は、作戦室のモニターへ二人の少女の写真を映した。


「戦隊ヒロインプロジェクトには、透視能力を持つ魔法少女が二人います」


西川彩香が腕を組んでいる。


麻衣とあかりも、机を挟んで座っていた。


モニターの左側に映っているのは、茨城県常陸太田市の山口唯奈。


戦隊ヒロインであり、大規模農場で働く農民でもある。さらに、農作業と特殊任務の両方に投入されるドリームトラクター『蒼牙2000・改』のドライバーでもあった。


「最も高い透視能力を持っているのは唯奈さんです」


玲奈が言う。


「唯奈さんなら、石垣だけでなく、その下を走る空洞や配線まで短時間で把握できます」


「ほな、決まりやな」


彩香は言った。


「農繁期でなければ、ですけど」


玲奈は答えながら、唯奈との通信を開始した。


大型モニターへ、常陸太田の農場が映る。


朝の光が広大な畑へ差している。画面の奥では、青い大型トラクターが低いエンジン音を響かせていた。


唯奈は作業着姿で、長靴には新しい土がついていた。


「唯奈さん。兵庫県朝来市で、透視能力を必要とする緊急任務があります」


玲奈が簡潔に状況を説明する。


唯奈は申し訳なさそうに眉を下げた。


『いやぁ、行ぎてぇのぁ山々なんだげんとよ。今日ぁ里芋ん土寄せやっちまわねぇと雨降ったら畝ぇ崩れっぺ? そんで昼から水路の寄合で、夜ぁ共同選果場ん帳面合わせあっから、今ここ空けっと親父にも組合長にも何やってんだってどやされっちまうんだわ。明日ぁ明日で白菜畑さ薬撒がねぇとなんねぇし、蒼牙ん油圧も見でもらう予定だっぺ。兵庫まで行ってっと、こっち全部ひっくり返っちまうがら、ほんっと悪ぃげんと今回は勘弁してくんちょ』


通信が静かになった。


玲奈は何も言わない。


麻衣も黙っている。


あかりが、恐る恐る口を開いた。


「里芋は聞き取れました」


麻衣が続く。


「兵庫へ行きたいお気持ちはあるようです」


彩香はため息をついた。


「畑と寄合が忙しいから、今回は参加できへんいう意味や」


玲奈が横を向く。


「すべて聞き取れたのですか」


「半分聞き取れたらええ方です。残りは里芋と白菜の状況から推理しました」


「諜報分析ですね」


「農作業の通訳に、そんな格好ええ名前つけんといてください」


玲奈は再びモニターへ向いた。


「申し訳ありません。結論としては、今回の任務参加は難しいということでよろしいですか」


唯奈は頷き、今度は一語ずつ区切るように、ゆっくり話した。


『だぁかぁらぁ、行ぎてぇんだげんとぉ、畑さほっぽって行ったらぁ、里芋も白菜も寄合もぉ、みぃんな駄目んなっちまうべぇ?』


話す速度だけが落ちた。


方言の濃さは、何一つ変わらなかった。


玲奈は数秒間、沈黙した。


彩香が通訳する。


「無理です」


「分かりました」


『ほんっと申し訳ねぇなぁ。農閑期なら蒼牙ごと行ぐがらよ。竹田城でもどこでも、畑みてぇに透かして見っから!』


玲奈の表情が僅かに動いた。


「蒼牙2000・改を竹田城跡へ持ち込むつもりですか」


彩香が額を押さえた。


「何で一番どうでもええところだけ正確に聞き取れるんですか」


唯奈は悪くない。


戦隊ヒロイン任務だけでも多忙である。そこへ広大な農場での野良仕事、水路組合の寄合、共同選果場の当番、農機具の整備予定が重なっている。


最強の透視能力者は、黒鷹ではなく、里芋と白菜と用水路に阻まれた。


「第二候補へ切り替えます」


玲奈がモニターの右側へ視線を移した。


映っているのは、神門結衣。


出雲の静謐。


島根県出雲市から戦隊ヒロインプロジェクトへ参加している、軽い魔法能力を持つ少女だった。


結衣の透視能力は、唯奈ほど強くない。


唯奈なら一か所から広い範囲を見通せる。


結衣が鮮明に見られるのは、自分を中心とした限られた範囲だけだった。石と土が何層にも重なる場所では像がぼやけ、一度の透視では内部構造を完全に把握できない。


だが、玲奈は結衣を単なる代役とは考えていなかった。


結衣には、静けさがあった。


一方向から見えなければ、位置を変える。


像が重なれば、角度を変える。


一度に見抜こうとせず、断片を記憶し、頭の中で一つの形へ組み上げる。


力で壁を貫くのが唯奈なら、結衣は壁の中に落ちるわずかな影を拾う。


竹田城跡へ到着した結衣は、早朝の冷たい風の中で石垣を見上げた。


「ここが、天空の城」


声は小さかった。


雲海は古城山の下へ広がっている。


朝来の町は白い霧の底へ沈み、遠くの峰だけが海上の島のように浮いていた。


本来なら、観光客として立ち尽くしても不思議ではない光景だった。


だが結衣の視線は、空ではなく石へ向いていた。


支援役として、麻衣とあかりが同行している。


麻衣は観光客の流れ、城跡の管理関係者、黒鷹の監視役を見分ける。結衣が透視へ集中できる時間と空間を作るのが役目だった。


あかりは、装置を持ち出す回収役が現れた場合の追跡担当。


彩香は無線で念を押した。


「結衣は透視に入ったら、周りへの反応が遅れる。麻衣が人の流れを見て、あかりが身体を張って守るんや」


「はい」


あかりは真剣に頷いた。


「結衣さんには、石垣だけを見ていただきます」


結衣が静かに答えた。


「石垣の向こうを見ます」


「そうでした」


麻衣が小さく笑う。


「そこが大切ですね」


南千畳に近い石垣の前で、結衣は足を止めた。


朝日が、積み重なった自然石の角を照らしている。


目を閉じる。


呪文はない。


杖もない。


衣装が光に包まれることもなかった。


結衣の魔法は、もっと静かなものだった。


呼吸を整える。


石の表面へ意識を合わせる。


その奥にある小石と土。


さらに奥の暗がり。


目で見るのではない。


物質の境界が作る僅かな違和感を、形として受け取る。


黒い空間の中へ、三つの輪郭が浮かんだ。


「見えます」


玲奈の声が無線へ入る。


「本体ですか」


「箱が三つあります。でも、一つ目は空です」


結衣は目を開け、数メートル移動した。


三の丸側から、もう一度見る。


先ほどより輪郭が歪んでいる。


「二つ目には、電池と細い配線があります」


「記憶装置ではありませんね」


麻衣が携帯端末の図面へ印をつける。


「何かを消すための装置に見えます」


「データ消去用でしょう」


三つ目の箱には、外部へ伸びる感知線があった。


「警報装置です」


三つとも本体ではない。


黒鷹は、捜索者の意識を石垣内部へ向けるためだけに偽物を置いていた。


本物は、さらに下にある。


結衣は通路側へ位置を変えた。


石垣を見る角度を下げる。


意識を、箱の下へ沈めていく。


土。


小石。


水の通った痕跡。


「細い空間があります」


麻衣が保存図を開く。


「旧排水路ですね」


城跡へ降った雨を山腹へ逃がすために設けられた古い排水構造。その一部が、保存工事に紛れて拡張されていた。


「奥に円いものがあります」


結衣は眉を僅かに寄せた。


「でも、配線が重なって見えません。もう少し位置を変えないと――」


その時だった。


「あっ、結衣ちゃん……だよね?」


明るい声が、朝の静けさを切り裂いた。


結衣の集中が途切れる。


目を開けると、三好さつきが立っていた。


神戸放送のマイクを持っている。


後ろには、カメラマン、音声担当、番組スタッフ、地元の観光案内役。


竹田城跡の雲海を紹介する早朝レポートの収録だった。


「やっぱり結衣ちゃんや!」


さつきは嬉しそうに近づく。


「出雲から竹田城見に来たん?」


「はい。その……」


「雲海すごいやろ? 出雲も神秘的なところ多いけど、天空の城も負けてへんよな」


「そうですね」


「今、石垣ずっと見てたけど、何か気になるところあった?」


結衣は言葉に詰まった。


嘘が得意ではない。


「中を……」


無線から彩香の声が飛んだ。


「中を見てる言うたらあかん!」


さつきには聞こえない。


「中?」


さつきはマイクを近づける。


「石垣の中身? 積み方を見てたん? 出雲のお城と比べてたとか?」


結衣が一歩下がる。


さつきも一歩近づく。


「魔法少女として、石垣から何か感じるん?」


彩香が監視地点で頭を抱えた。


「何でよりによって正解に近づくねん! 任務以外でだけ取材の勘が鋭すぎるやろ!」


あかりが小声で聞いた。


「任務中なので離れてくださいと伝えますか」


「言えるわけないやろ!」


「静かにしていただくようお願いしますか」


「理由を聞かれるだけや!」


「では、耳を塞いでいただくのは」


「観光客に何させる気や!」


さつきの質問は止まらなかった。


「せっかくやから番組出てくれへん? 『出雲の静謐が見た天空の城』とか、ええ感じやん」


「私は……」


「雲海の感想だけでもええよ。昨日から泊まってたん? 出雲から何時間かかった? 一番好きな石垣どれ?」


結衣は、質問の洪水へ飲み込まれていた。


「もう結衣やなく、さつきの口を止める魔法少女を呼んでくれ……」


彩香の声には、諦めが混じり始めていた。


動いたのは麻衣だった。


さつきを正面から追い払ってはいけない。


取材を拒めば、理由を尋ねる。


隠そうとすれば、レポーターとしての好奇心へ火がつく。


ならば、さらに魅力的な取材対象を与える。


麻衣はさつきとカメラマンの間へ、自然に身体を入れた。


「さつきさん」


「麻衣ちゃんまでおるやん!」


余計に食いつかれる前に、麻衣は微笑んだ。


「結衣さんは、石垣を見ながら静かに考えるタイプなんです。カメラの前では、うまくお話しできないかもしれません」


「そうなん?」


「それより、南千畳側の雲海が、今とてもきれいです」


さつきの目が動いた。


「南千畳?」


麻衣は携帯端末へ表示した観光用の地図と、霧の流れを見せた。


「風向きが変わっています。数分後に雲が切れて、城下町と朝日が同時に見える可能性があります。今なら番組のオープニングに使える映像が撮れると思います」


カメラマンが画面をのぞき込む。


「向こうの方が、光が入っていますね」


音声担当も空を見た。


さつきの関心が、結衣から雲海へ移る。


レポーターとしての本能が勝った。


「ほんまや。すぐ行こ!」


麻衣はあかりへ目配せした。


「あかりさんが、よく見える場所を知っています」


あかりは一瞬だけ目を見開いた。


だが、すぐに意図を理解する。


「はい。こちらです。急がないと雲の形が変わります」


「ほな、案内して!」


さつきは取材班を連れ、あかりの後を追った。


去り際にも結衣へ手を振る。


「結衣ちゃん、後でまた話聞かせてな!」


彩香が即座に反応した。


「戻ってくる気や! あかり、そのまま、なるべく遠くまで連れてって!」


「南千畳まででよいですか」


「城下町まで下ろしたいくらいや!」


「それでは番組へ戻れません」


「分かっとるわ!」


取材班が離れる。


先ほどまでの騒がしさが、霧の向こうへ消えた。


麻衣は結衣へ向き直る。


「今なら集中できます」


「ありがとうございます」


「三分ほどです」


麻衣はさつきを不快にさせなかった。


取材班には価値ある映像を渡した。


そして結衣を、質問の網から完全に引き剥がした。


「麻衣、ファインプレーです」


玲奈の声が入る。


彩香も続いた。


「よう剥がした。あれ、真正面から追い払ったら、理由聞きながら余計くっついてくるからな」


結衣は再び目を閉じた。


今度は偽装容器を見ない。


さらに下。


排水路の内部へ意識を合わせる。


細い空洞。


円筒形の記憶装置。


側面から伸びる配線。


その奥に、動く影があった。


「人がいます」


麻衣の表情が変わる。


「どこですか」


「排水路の奥。装置へ近づいています」


黒鷹の回収役。


結衣たちの調査を察知し、記憶装置を持ち出そうとしていた。


「東へ移動しています」


麻衣は竹田城跡の保存図と、古い排水路の経路を重ねた。


排水路は正規の観光路には出ない。


山腹の旧管理道へつながり、さらに下れば竹田駅北側の住宅路へ抜ける。


「出口を特定しました」


麻衣は無線へ告げる。


「県警の配置地点からでは間に合いません。あかりさんを向かわせます」


その頃、あかりは南千畳でさつきたちを案内していた。


雲の切れ目から朝日が差し込む。


白い海の下から、城下町が一瞬だけ姿を現した。


さつきがカメラへ向かって声を上げる。


「見てください! まさに天空の城です!」


あかりの耳元へ、麻衣の声が入った。


「北側へ下りてください。急いで」


あかりの表情が変わる。


「了解しました」


さつきが振り返った。


「あかりちゃん、どこ行くん?」


「申し訳ありません。急用です」


「雲海の説明は?」


「麻衣さんが詳しいです!」


遠くにいる麻衣が無線で返した。


「私を置き土産にしないでください」


あかりは走り出した。


観光客の多い場所では速度を抑える。


登山道へ入り、人影がなくなった瞬間、一気に加速した。


石段を飛ぶように下る。


濡れた落ち葉を踏まない。


曲がりくねった坂を、最短距離で抜ける。


「次の分岐を左です」


麻衣が指示する。


「左ですね」


「あかりさんから見て左です」


「分かっています!」


「前回、反対へ曲がりましたから確認しています」


山腹の排水口が開いた。


黒鷹の回収役が外へ飛び出す。


黒い鞄を抱えている。


中には、円筒形の記憶装置。


男は竹田駅方向へ走った。


県警部隊はまだ遠い。


住宅路へ入り、角を曲がる。


その正面に、あかりが立っていた。


男が足を止める。


「なぜ、先にいる」


あかりは息を切らしていなかった。


「こちらの方が近道でした」


男は反転した。


だが、背後から県警部隊が近づいてくる。


逃げ場はない。


男は鞄から円筒形の装置を取り出し、石壁へ叩きつけようとした。


あかりが踏み込む。


腕をつかむ。


振り下ろされる力を横へ流す。


腰を軸に身体を半回転させ、男自身の勢いを地面へ落とす。


記憶装置が男の手から離れた。


あかりは空いた手を伸ばし、落下する前に受け止める。


男が起き上がろうとする。


あかりは腕を背中へ回し、肩を押さえた。


「動かないでください」


男の身体が路面へ沈む。


「回収役を確保。記憶装置も無事です」


山頂では、結衣が石垣の内部を最後に透視していた。


「偽装容器は、まだ動いていません」


専門班が到着する。


結衣が示した順番で装置を解除する。


空の箱。


警報端末。


消去制御装置。


最後まで石垣を傷つけることなく、すべてが停止された。


本体の記憶装置。


三つの偽装容器。


秘密の排水路。


黒鷹の回収役。


すべてが確保された。


「任務完了です」


玲奈の声が無線へ流れる。


雲海は、まだ城下町を覆っていた。


天空の城の底へ埋められた黒い眼は、地上を見張る前に閉じられた。


任務後。


ヒロ室西日本分室で、玲奈は結衣へ向き直った。


「唯奈さんより透視範囲は狭くても、複数の角度から像を重ねた判断は正確でした。あなたでなければ、本体が排水路へあるとは特定できなかったかもしれません」


結衣は静かに首を振る。


「麻衣さんが、集中できる時間を作ってくれました」


麻衣が微笑む。


「結衣さんが焦らず見続けたからです」


あかりも頷いた。


「私は走っただけです」


彩香が言う。


「その走っただけで回収役を捕まえたんやから、十分や」


任務は成功した。


それでも、彩香のボヤキは終わらなかった。


「そもそも、何で透視能力者を呼ぶところから、あんな苦労せなあかんねん」


玲奈が尋ねる。


「唯奈さんの件ですか」


「最強の能力者は畑から動かへん。ようやく出雲から結衣を呼んだら、今度はさつきがマイク持って突撃してくる。透視する前に、外野をどかす方が難しいやないか」


麻衣が唯奈をかばう。


「本業の農業がありますから、仕方ありません」


「農作業、寄合、共同選果場、蒼牙の整備、戦隊ヒロイン任務。唯奈の予定表、県知事より詰まっとるんちゃうか」


玲奈は淡々と答えた。


「比較する資料がありません」


「資料があっても比較せんでええです」


あかりが言った。


「私は、里芋と兵庫だけ聞き取れました」


結衣も続ける。


「私は、白菜と蒼牙も分かりました」


麻衣が少し考える。


「寄合という言葉もありましたね」


彩香は三人を見回した。


「単語を全部つなげても、『里芋と白菜が蒼牙に乗って兵庫の寄合へ行く』いう話にしかならへんやないか」


玲奈の口元が僅かに緩む。


彩香は気づかず、まだ続けた。


「ほんで、さつきや。透視しとる結衣に『何見てるん?』『石垣の中に何かあるん?』って聞くな。質問が核心すぎるわ!」


「悪意はありませんでした」


麻衣が言う。


「悪意ない方が止めにくいねん!」


「あのままでは、結衣さんが正直に答えていた可能性があります」


「せやから麻衣のファインプレーや。雲海を餌にして、取材班ごときれいに剥がした。あれは今日一番の特殊技やった」


結衣が頷く。


「助かりました」


あかりも真面目に言った。


「私も、さつきさんを遠くへ連れていくことに成功しました」


「南千畳までや。ウチとしては姫路くらいまで連れていってほしかったわ」


「それでは番組へ戻れません」


「戻ってこんでええ!」


「さつきさんも仕事で来ています」


玲奈が注意する。


「分かってます。分かってるけど、透視中の魔法少女へ生放送のマイク近づける仕事って何ですか!」


その時、分室のモニターへ神戸放送の朝番組が映った。


雲海を背に、さつきが明るくレポートしている。


『今朝は、すばらしい雲海を見ることができました! そして偶然、出雲から来た戦隊ヒロインらしい女の子にも会いました!』


彩香の顔が引きつる。


『とても静かな子で、石垣をじーっと見つめていました。見れば見るほど、新しい発見があるんでしょうね!』


彩香が立ち上がった。


「放送しとるやないか!」


麻衣は冷静に指摘する。


「名前も透視能力も出していません」


「十分怪しいわ! 魔法少女が石垣を凝視しとったいう情報だけ残すな!」


結衣は画面を見ながら、小さく言った。


「新しい発見はありました」


「結衣まで番組の締めに合わせんでええ!」


玲奈の口元が、さらに少し緩んだ。


今度は彩香も見逃さなかった。


「玲奈さん、今笑いましたね」


「笑っていません」


麻衣が言う。


「少し笑っていました」


結衣も頷く。


「確認しました」


あかりは玲奈の口元を凝視した。


「二ミリほど動きました」


彩香は両手で頭を抱えた。


「透視能力いらんくらい、全員よう見とるやないか!」


雲海は、山城を美しく見せる。


だが、霧がすべてを隠し切れるわけではない。


圧倒的な力を持つ者が来られなくても、静かに角度を変え、断片を重ね、答えへたどり着く者がいる。


神門結衣は、山口唯奈の代役ではなかった。


唯奈とは違う方法で、竹田城跡の石垣の下へ眠る秘密を見抜いた。


麻衣は、予想外の取材攻勢を対立することなく遠ざけた。


あかりは、結衣が見つけた地下道の先へ走り、黒鷹の最後の手を止めた。


最強の透視能力者は畑。


出雲の魔法少女は取材に捕まる。


追跡担当は、途中まで雲海の観光案内。


それでも、任務は成功した。


そして彩香だけは、作戦が終わっても納得しなかった。


「次から任務計画書に、天気、観光客数、黒鷹の人数だけやなく、農作業の予定と神戸放送のロケ情報も入れといてください」


玲奈は静かに答えた。


「検討します」


「ほんまに検討するんですか」


「彩香が落ち着くのであれば」


彩香はしばらく黙った。


やがて、椅子へ座り直す。


「……ほな、お願いします」


天空の城を包んだ雲海の底で、黒鷹の眼は閉じた。


その裏で、最も長く動き続けていたものは、敵でも透視能力でもなかった。


任務が終わっても止まらない、西川彩香のボヤキだった。

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