発車ベルが鳴る前に――播磨支線・黒鷹リレーコード最終便
古い電車には、二種類ある。
役目を終え、錆びながら眠る車両。
もう一つは、古さを背負ったまま、今日も線路を走る車両。
播磨の海沿いを走る準大手私鉄には、後者が多かった。
新しくはない。
派手でもない。
車体には長い歳月の色が染み込み、窓枠や座席には無数の通勤客や学生を運んできた痕跡が残る。発車時にはモーターが低く唸り、線路の継ぎ目を拾うたび、床から鈍い振動が伝わってくる。
だが、止まらない。
高砂から姫路へ。
さらに、市南部の主要駅から西へ分かれる短い支線へ。
住宅地と工場の境目を縫い、海風にさらされた小駅へ一つずつ停まりながら、網干方面の終着駅を目指す。
黒鷹は、その古さへ目をつけた。
目立たない。
疑われない。
毎日同じ時間に走り、何百人もの人間を自然に運ぶ。
黒鷹にとって、列車は乗り物ではなかった。
一本の通信回線だった。
沿線の複数駅に、小型の暗号中継器が仕掛けられていた。駅の電気設備や保守用機器へ偽装され、外から見ただけでは判別できない。
運び役が専用端末を持って列車へ乗る。
列車が駅へ停まるたび、端末は中継器から暗号の断片を受信する。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
終着駅へ着く頃には、断片が一つのデータへ復元される。
狙われていたのは、播磨臨海部の工場から盗み出された新型素材の製造技術だった。完成データは終着駅から海側の受信拠点へ送られ、そのまま黒鷹の工作船へ渡る。
最初の駅で運び役を捕らえれば、残りの中継器は発見できない。
最後まで泳がせれば、送信される。
必要なのは、終着駅へ着く直前まで相手を走らせ、すべての結び目を確認したうえで、最後の一秒だけを奪うことだった。
岡本玲奈は、分室の会議机へ沿線図を広げた。
「対象は高砂方面の駅から乗車します。端末は支線区間を含む各駅で、七つの暗号断片を受信する見込みです」
彩香が腕を組む。
「途中で捕まえたら、残りの中継器が眠ったままになる。せやけど、終点まで行かせたら送信される」
玲奈は頷いた。
「送信が始まる直前に確保します」
正担当に指名されたあかりは、沿線図を真剣な顔で見つめていた。
ただし、上下が逆だった。
麻衣がそっと地図を回す。
「あかりさん、こちらが北です」
「あ、ありがとうございます」
彩香は額を押さえた。
「あかり。今回、あんたは走るまで待機や」
「はい」
「怪しい動きしても、勝手に捕まえたらあかん」
「はい」
「工具鞄が光っても待て」
「はい」
「いきなり走り出しても、麻衣の指示を聞け」
あかりは少し困った。
「走り出したら、逃げるんじゃないですか?」
「せやから、その判断を麻衣に任せるんや!」
麻衣が穏やかに笑う。
「私が『今です』と言うまで待ちましょう」
「分かりました」
彩香は二人を見比べた。
「なんで特殊任務の説明が、遠足で勝手に走り回る子への注意みたいになっとんねん」
玲奈は表情を変えない。
「適切な説明だと思います」
「玲奈さんまで認めんといてください」
任務当日。
午後の播磨沿岸には、薄い雲が広がっていた。
工場の煙突。
川を渡る鉄橋。
海側から吹く風。
対象の男は、高砂方面の小さな駅から現れた。
作業着姿。
黒い安全靴。
使い込まれた工具鞄。
どこにでもいる工場作業員に見える。
だが、麻衣は男の鞄を見ていた。
工具を入れた鞄にしては、持ち方が静かすぎる。重い工具が入っていれば、歩くたびに中身がわずかに揺れる。だが男の鞄からは、金属同士が触れる音がしなかった。
麻衣が小声で言った。
「対象、確認しました」
あかりがホームの柱の陰から男を見る。
「すごく怪しいですね」
「見すぎです」
「でも、怪しいです」
「あかりさんの方が、柱の陰から顔半分だけ出していて怪しいです」
あかりは慌てて顔を引っ込めた。
対象が列車へ乗る。
あかりと麻衣も、一つ離れた扉から同じ車両へ入った。
発車ベルが鳴る。
古い車両が低く唸り、ゆっくりと動き始めた。
対象は扉脇に立ち、工具鞄を足元へ置いた。
一駅目。
列車が停車する。
扉が開いた瞬間、工具鞄の底で小さなランプが点滅した。
麻衣は直接見ない。
窓ガラスに映る対象の手元を確認する。
「一つ目を受信しました」
あかりは対象を見つめる。
男の手が、鞄の持ち手へ触れる。
あかりも立ち上がりかける。
麻衣が袖を引いた。
「まだです」
「今、鞄を触りました」
「持っている鞄なので、触ることはあります」
「なるほど」
あかりは素直に座った。
二駅目。
黒い帽子を被った男が乗ってきた。
対象のすぐ近くに立つ。
あかりは再び腰を浮かせた。
「仲間です」
「違います」
「近くに立ちました」
「空いているつり革が、そこしかありませんでした」
「でも、黒い帽子です」
「帽子の色で逮捕しないでください」
黒い帽子の男は、次の駅で降りた。
対象とは一度も言葉を交わさなかった。
あかりは小さく息を吐く。
「危なかったです」
麻衣も頷く。
「一般の乗客の方が、ですね」
列車は工場地帯を抜け、姫路市南部へ近づいていく。
主要駅で支線へ入る。
乗客が入れ替わり、車内には学生や買い物帰りの人が増えた。
そこで、聞き覚えのある声が響いた。
「うわっ、あかりやん!」
あかりの肩が跳ねた。
明るいツインテールを揺らしながら近づいてきたのは、赤嶺美月だった。
大学の友人らしい若い女性が三人、一緒にいる。
完全な私服。
完全な休日。
NSTの任務など、知るはずもない。
美月は嬉しそうにあかりの前へ立った。
「こんなとこで何してんの? 四日市からだいぶ離れとるやん!」
あかりは反射的に立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「こんにちは。今日は大学のお友達と一緒ですか?」
「そうやで。せっかくやから紹介するわ」
麻衣が小さく呼ぶ。
「あかりさん」
だが、あかりは美月の友人たちへ向き直っていた。
美月は自慢げに紹介する。
「この子、四日市の子で、真っすぐでホンマにエエ子やねん。ちょっと抜けてるけど、身体能力はめちゃくちゃ高いで。しょっちゅう怖いオバハンに叱られてるけど、ウチ好きなタイプやねん」
あかりは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
別車両で待機していた彩香の眉が動く。
「あのアホツインテール……誰が怖いオバハンや」
玲奈の冷静な声が返る。
「彩香、無線に入っています」
「わざと入れてます」
美月の友人が笑顔を向ける。
「美月から時々話を聞いてるよ。本当に真面目そう」
「はい。まだまだ未熟ですが、頑張っています」
「戦隊ヒロイン同士って、普段から仲いいの?」
「任務やイベントでご一緒することがありまして――」
麻衣が再び袖を引く。
「あかりさん、対象を」
「あっ」
あかりは工具鞄の男へ目を戻した。
対象は、次の暗号断片を受信していた。
美月の友人が尋ねる。
「怖いオバハンって、本当にいるの?」
あかりの表情が固まる。
答えてはいけない気がした。
だが、否定するのも嘘になる気がした。
美月が代わりに答える。
「おるおる。姫路の人でな、めっちゃ怖いねん。すぐ眉間にしわ寄せて、声でかくして追いかけてくるんやで」
彩香の拳が震える。
「誰が追いかけ回すオバハンや……」
麻衣は無線越しに囁いた。
「彩香さん、落ち着いてください」
「まだ落ち着いとる。今はまだ、な」
美月は古びた車内を見回した。
窓枠。
つり革。
少し擦れた座席。
「それにしても、この電車、なんでこんなにボロいねん」
車内の空気が止まった。
沿線住民らしい中年男性が、新聞から目を上げる。
大学の友人が慌てる。
「レトロって言った方がいいよ」
「レトロいうても限度あるやろ。うちの近所を走ってる電車も古いの来る時あるで。でも、ここまで全身から『長年現役で頑張ってます』いう圧が出てる車両、なかなか来えへんわ」
「味があるじゃん」
「味はある。せやけど煮込みすぎや」
別車両で彩香の顔から表情が消えた。
「怖いオバハン呼ばわりしたうえに、地元の電車まで煮込みすぎ扱いしよった……」
玲奈が静かに言う。
「任務に集中して」
「集中してます。集中しながら、一生忘れへんよう記憶に刻んでます」
「器用ですね」
「そこ褒めるところちゃいます!」
美月は窓枠を軽く触った。
「これ、走ってる途中で部品落ちたりせえへんの?」
彩香が耐えきれず、無線へ怒鳴った。
「落ちへんわ! 何十年、この沿線走っとると思っとんねん!」
あかりのイヤホンに大音量が響く。
「うわっ」
思わず耳を押さえる。
美月が首を傾げた。
「どうしたん?」
「いえ。ちょっと、怖い声が聞こえました」
美月は友人たちへ得意げに言う。
「ほらな。怖いオバハンやろ?」
無線の向こうから、言葉にならない彩香のうなり声が聞こえた。
その瞬間、対象が席を立った。
麻衣の目が変わる。
「あかりさん。対象が降ります」
あかりはようやく任務へ戻った。
「すみません。用事がありますので、失礼します」
美月と友人たちへ丁寧に頭を下げる。
美月は手を振った。
「またな! 怖いオバハンに怒られんよう頑張りや!」
あかりと麻衣がホームへ降りる。
扉が閉まる。
列車が動き出した直後、彩香の低い声が無線に流れた。
「もう怒っとるわ」
ホームには、作業着姿の男が何人もいた。
対象は帽子を外し、人の流れへ紛れる。
その時、別の作業員が改札へ向かって走り出した。
あかりの体が反応する。
「逃げました!」
勢いよく駆け出す。
麻衣が叫ぶ。
「そちらではありません!」
「でも走っています!」
「接続列車に遅れそうな一般の方です!」
あかりは急停止した。
靴底がホームを擦り、体がわずかに前へ流れる。
一般客まで数メートル。
あかりは深く頭を下げた。
「申し訳ありません!」
一般客は何が起きたか分からず、戸惑った顔で改札へ走っていった。
その数秒の間に、本物の対象は工具鞄を別の男へ渡した。
青い上着。
自転車用の手袋。
麻衣は見逃さない。
「新しい運び役は青い上着。駅前へ向かいます」
あかりの顔から迷いが消えた。
「取り返します」
失敗した後のあかりは速かった。
階段を一段飛ばしで駆け下りる。
改札脇を抜ける。
駅前広場へ出る。
青い上着の男は自転車へ跨がり、沿線道路を西へ走り出した。
あかりは徒歩で追う。
男が振り返る。
徒歩の女など、すぐ引き離せると思った。
だが、あかりは離れない。
白いロングブーツが舗装路を蹴る。
水路沿いの細道へ入る。
低い柵を片手で越える。
駐車場の角を切る。
麻衣は携帯端末の地図を見ながら、別ルートを走る。
「あかりさん、次の交差点を右です」
「右!」
あかりが最初の角を勢いよく曲がる。
目の前は行き止まりだった。
「あかりさん、一つ先の交差点です!」
「先に言ってください!」
「今言いました!」
あかりは一秒だけ壁を見た。
「戻ります!」
走ってきた道を反転する。
普通なら、その間に距離を広げられる。
だが、あかりは低い塀へ足をかけ、隣の通路へ抜けようとした。
麻衣が叫ぶ。
「そこは私有地です!」
あかりは空中で体をひねり、塀の手前へ戻った。
「危なかったです!」
「本当に今日は、そればかりですね!」
それでも、あかりは追いつく。
自転車の男が再び振り返る。
さっきより、あかりの姿が大きくなっていた。
「何なんだ、あいつ……」
男は速度を上げる。
あかりも加速する。
「待ちなさい!」
麻衣が言う。
「まだ捕まえないでください!」
「声だけです!」
「声の圧が強すぎます!」
男は追われていると確信し、予定より一駅早く駅構内へ逃げ込んだ。
端末が予備の中継器へ接続される。
麻衣の受信機に、新たな反応が出た。
「予備中継器が起動しました」
あかりが息を乱さず尋ねる。
「見つかっていなかったものですか?」
「はい。対象が焦ったおかげです」
あかりの表情が明るくなる。
「では、失敗を取り返せました」
麻衣は少し考えた。
「結果としては」
「よかったです」
「ただし、一般の乗客を追いかけた件は普通に失敗です」
「はい。反省します」
素直だった。
運び役は自転車を捨て、発車直前の列車へ飛び乗る。
あかりもホームへ駆け上がる。
発車ベルが鳴る。
扉が閉まり始めた。
あかりなら、飛び込める。
だが車内には一般客がいる。無理に入れば、誰かを巻き込む可能性がある。
あかりは踏みとどまった。
その判断を、麻衣は見ていた。
「こちらです!」
麻衣は駅員と連携し、後方の扉を数秒だけ開けてもらっていた。
あかりが乗り込む。
扉が閉じる。
列車が動き出した。
玲奈の声が無線へ入る。
「全中継器の位置を確認しました。確保へ移行します」
あかりの目が変わった。
「もう捕まえていいんですね?」
「いいです」
「了解です!」
運び役は隣の車両へ移る。
学生や買い物客がいる。
あかりは飛びかからない。
男の逃げ道だけを残し、一定の距離を保つ。
麻衣が先回りして、乗客へ穏やかに声をかけた。
「車両点検があります。皆さん、こちらの車両へお願いします」
説明は短い。
声は柔らかい。
だが、不思議と逆らいにくい。
乗客が隣の車両へ移る。
男は人の減った車内で、工具鞄から簡易スタン装置を抜いた。
あかりは身構える。
しかし、ここでは戦わない。
次の駅で開く扉を背にし、わざと出口を空ける。
男は、あかりが進路を塞ぎ損ねたと思った。
列車が停車する。
扉が開く。
男はホームへ飛び出した。
麻衣の狙いどおりだった。
「あかりさん、今です」
あかりが走る。
男はホームの清掃用台車を倒した。
あかりは速度を落とさず、片手を台車の端へつく。体を横へ流し、障害物の上を越える。
男は階段を下りる。
あかりは手すりへ手をかけ、数段を飛ばして踊り場へ着地した。
「化け物か!」
男が叫ぶ。
あかりは真っすぐ答える。
「戦隊ヒロインです!」
後ろから追う麻衣が言った。
「今は説明しなくていいです!」
男は駅前へ出る。
端末の画面に、送信準備を示す数字が現れた。
六十秒。
線路沿いの細道を西へ走る。
前方には彩香と県警。
男は急停止した。
彩香が腕を組んでいる。
美月に「怖いオバハン」と呼ばれ、地元の電車を「ボロ」と笑われた直後だけに、普段より数段怖い顔をしていた。
「どこ行く気や」
男は反転する。
反対側には玲奈。
路地には麻衣。
残された道は、あかりが走ってくる正面だけだった。
男はスタン装置を振るう。
あかりは上体をわずかにずらす。
電極が頬の横を通る。
手首を弾く。
懐へ踏み込む。
男の勢いを横へ流す。
次の瞬間、男は地面へ押さえ込まれていた。
あかりの動きに無駄はない。
細かな作戦では何度も間違える。
だが、最後の一瞬で相手を止める力だけは、誰にも負けなかった。
端末が転がる。
麻衣が拾い上げ、画面を見る。
「送信開始まで、十二秒」
玲奈が遮断装置を作動させる。
端末の数字が止まった。
県警部隊が沿線各駅へ展開する。
保守設備に偽装された中継器。
協力していた作業員。
海側の受信拠点。
すべてが同時に押さえられた。
玲奈が静かに告げる。
「任務完了」
古い列車は、黒鷹の暗号を終着駅まで運ばなかった。
分室へ戻った後。
任務は終わっていたが、彩香の怒りはまだ始発駅を出たばかりだった。
あかりが報告書を書こうと椅子へ座った瞬間、彩香が机の前へ立った。
「立て」
あかりはすぐ立った。
「はい」
彩香は一歩近づく。
「今後、任務中にアホツインテールを見かけても無視せえ」
「はい」
「声かけられても無視」
「はい」
「大学の友達を紹介されても無視」
「はい」
「褒められても会話に加わるな」
あかりは困った顔をする。
「でも、褒めていただいたら、お礼を言わないと失礼です」
「任務中や!」
「はい」
彩香はさらに顔を近づけた。
「それから、誰が怖いオバハンや」
あかりは黙った。
彩香が眉を寄せる。
「誰が怖い?」
あかりは視線を左右へ動かす。
「その……」
「否定せえ」
「今の彩香さんを見ていると、何も言えません」
「そこは嘘でも否定せえ!」
麻衣が横から言った。
「彩香さん、その距離で詰め寄ると、美月さんの説明を自分で証明しています」
彩香が振り返る。
「麻衣まで誰の味方や!」
「客観的な状況整理です」
「整理せんでええ!」
彩香は一度あかりから離れた。
だが怒りは収まらない。
机の上の沿線図を指で叩く。
「それにしても、あのアホツインテール、もう堪忍ならん。怖いオバハンだけならまだしも、何がボロ車両や! 何が煮込みすぎた味や!」
麻衣が尋ねる。
「美月さんを、どうするつもりですか?」
彩香は拳を握る。
「あいつを旧型車両の前面にくくりつけて――」
「駄目です」
「まだ最後まで言うてへん!」
「最初の七割でもう駄目です」
「七割も言うてへんわ!」
あかりが真面目に補足する。
「走行中の車両前面は危険です」
「分かっとる!」
「では、停車中ならいいんですか?」
「よくないわ!」
彩香は考え直した。
「ほな、車掌帽かぶせて、飾磨から網干まで各駅停車で十往復させたる。各駅に着くたびに、『ボロちゃいます。長年、播磨の暮らしを支えてきた誇り高きベテラン車両です』って車内放送させたるわ!」
あかりと麻衣が顔を見合わせる。
二人はほぼ同時に尋ねた。
「それって意味ありますか?」
彩香は即答した。
「ないわボケェ!」
あかりは少し考える。
「でも、美月さんならアナウンスは上手そうです」
麻衣も頷く。
「途中から沿線の名物紹介を始めるでしょうね」
彩香の表情が引きつる。
「始めるな!」
あかりが美月の声を真似る。
「『皆さん、右手に見えますのが、昭和から頑張っとるベテラン車両――』」
「乗ってる車両から同じ車両を紹介すな!」
麻衣が続ける。
「番組タイトルは『アホツインテールと行く、播磨支線・働く古参車両の旅』ですね」
「罰を旅番組に昇格させるな!」
あかりは真面目に言った。
「彩香さんも出演した方がいいと思います」
「なんでや!」
「地元代表として、車両への愛を語れます」
彩香は少しだけ満更でもない顔になった。
「まあ、それは必要かもしれんけど……」
麻衣が聞く。
「番組での役割は?」
あかりは素直に答えた。
「怖いオバハン役です」
部屋が静まった。
あかりは、自分が何を言ったのか数秒遅れて理解した。
彩香がゆっくりと振り返る。
「あかり」
「はい」
「今日の任務、よう頑張ったな」
「ありがとうございます」
「最後の一言で全部台無しや」
「申し訳ありません」
麻衣は口元を押さえていた。
彩香が睨む。
「笑っとるやろ」
「笑っていません」
「声震えとるぞ!」
「車両の振動を思い出しただけです」
「分室は止まっとるわ!」
少し離れた席で、玲奈は報告書へ目を落としていた。
いつもの鉄仮面。
いつもの無表情。
だが、彩香が「分室は止まっとるわ」と叫んだ瞬間、その口元がほんの僅かに緩んだ。
麻衣がすぐ気づく。
「玲奈さん、今笑いましたね」
玲奈は即答した。
「笑っていません」
あかりも頷く。
「笑っていました」
彩香が玲奈を見る。
「玲奈さんまで!」
「任務報告を続けて」
玲奈は何事もなかったようにページをめくった。
彩香は頭を抱える。
「なんで任務中より、こういう時だけ全員の観察力が上がんねん!」
窓の外では、夜の播磨を列車が走っていた。
新しくはない。
速くもない。
モーターは低く唸り、車体は線路の継ぎ目で小さく揺れる。
それでも列車は進む。
古いからこそ、知っている道がある。
長く走ったからこそ、運べる暮らしがある。
黒鷹は、その古さを隠れ蓑にした。
だが、列車は黒鷹のために走っているのではない。
朝には学生を運ぶ。
夕方には仕事を終えた人を家へ帰す。
雨の日も、海風の強い日も、次の駅へ向かう。
終着駅へ届かなかった黒い切符。
何度も小さく間違えながら、最後には必ず追いついたあかり。
その進路を読み、何度でも正しい線へ戻した麻衣。
二人がつないだ連携は、古い線路のように派手ではなかった。
だが、簡単には途切れない。
発車ベルが鳴る前に、黒鷹の最終便は止められた。




