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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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371/384

冷蔵車は黒い伝票を運ぶ――加古川、かつめしの皿に沈んだ黒鷹の数字

加古川の町は、派手ではない。


だが、弱くもない。


大きな川が町を貫き、駅前には人が流れ、少し歩けば住宅地と工場と学校と食堂が自然につながっている。神戸のように洒落てはいない。姫路のように城を背負っているわけでもない。だが、生活の芯が太い。


朝になれば、子どもたちは学校へ向かう。

昼になれば、食堂ではかつめしの皿が並ぶ。

夕方になれば、河川敷を自転車が走り、買い物袋を提げた人が駅へ流れていく。


そういう町だ。


気取らない。

けれど、腹に残る。


かつめしもそうだった。


白い皿に盛ったご飯の上に、薄く切ったビフカツを乗せ、濃いデミグラス系のたれをかける。洋食の顔をしているのに、どこか庶民的で、妙に力強い。上品ぶらない。だが、一口食べれば記憶に残る。


黒鷹は、その生活の匂いの中へ潜った。


神戸港の表ルートを失い、宍粟の偽装温泉ファンドを潰され、尼崎の廃工場リサイクル偽装線も断たれた黒鷹は、今度はもっと日常に近い場所を選んだ。


食品卸。

給食センター。

高齢者向け配食。

冷蔵車。


怪しまれにくい。

学校へ入れる。

病院へ入れる。

福祉施設へ入れる。

そして、誰も食材の箱を一つ一つ疑わない。


岡本玲奈が掴んだ数字は、小さな違和感から始まった。


発注量の割に、調理量が少ない。

配送車の稼働時間が長すぎる。

給食センターへ向かうはずの冷蔵車が、ルート外の倉庫へ寄っている。

食品卸会社の請求書には、宍粟の偽装温泉ファンドで見た会計処理と同じ癖があった。


黒鷹は、給食という生活インフラを隠れ蓑にしていた。


玲奈は、今回の主担当に麻衣を指名した。


副担当は、迫田ツインズ。澪香と澄香。


彩香が二人に指示を出す。


「今回は麻衣が正や。あんたらは副として、麻衣を支えたって」


迫田ツインズは、同じ角度で頷いた。


「了解」

「麻衣ちゃんを前に出す」


彩香は少し厳しい顔で続ける。


「勝手に前へ出すぎんこと。けど、麻衣が迷ったら助ける。危ないと思ったら止める。分かった?」


「分かった」

「彩香さん、過保護」


「過保護ちゃう。管理や」


麻衣は苦笑した。


「彩香さん、私、そんなに心配ですか?」


彩香は即答する。


「心配やない。任せとる」


言葉は硬い。

だが、麻衣には分かっていた。


彩香は不器用なだけだ。


麻衣は加古川へ入った。


食品卸会社の営業所。

給食センター。

地元食堂。

配送センター。

河川敷沿いの倉庫。


派手な動きはしない。

笑顔で話す。

食べる。

聞く。

見る。


麻衣は、かつめしの有名店で昼食を取るふりをしながら、店の裏口に停まった冷蔵車へ目を向けた。


「この車、食品卸の車ですね」


澪香が小さく頷く。


「でも、この時間に来る予定はない」


澄香が続ける。


「給食センターから戻るルートなら、遠回り」


麻衣は皿の上のかつめしを見つめたまま言う。


「たれの匂いに紛れて、違う荷物を積んでるかもしれませんね」


迫田ツインズが同時に麻衣を見る。


「食べながら推理してる」

「麻衣ちゃん、成長した」


麻衣は少し照れる。


「食べてるだけやありませんよ」


その日の夕方、麻衣と迫田ツインズは調査結果を彩香へ報告した。


発注量と実調理量の差。

冷蔵車の謎の立ち寄り先。

配送センター内の未登録保冷庫。

給食用とは別に用意された小型コンテナ。

さらに、黒鷹が使う暗号化端末と同型のケースが、配送センターへ運び込まれている可能性。


彩香は報告書を読んだまま、しばらく黙っていた。


想定以上だった。


麻衣は、もう守られるだけの存在ではない。

現場を預けられるところまで来ている。


彩香は口を開く。


「……よう取ったな」


麻衣が少し驚く。


「え?」


彩香は慌てて咳払いした。


「いや、その……悪くない。かなり……いや、だいぶ……まあ、ええ感じや」


迫田ツインズが小声で言う。


「褒め方、下手」

「彩香さん、壊れた」


彩香が睨む。


「うるさい」


麻衣は笑いをこらえる。


「ありがとうございます。たぶん褒めてもらったんですよね?」


彩香は目を逸らす。


「知らん。報告が使える言うただけや」


玲奈は横で静かに聞いていた。


口は挟まない。

だが、麻衣を前へ出し、彩香に任せる流れが形になり始めていることを見ていた。


任務は順調だった。


黒鷹側が証拠端末を冷蔵車へ積み込むのは、翌日の夕方。場所は加古川河川敷近くの食品配送センター。そこで押さえれば、偽装契約と資金洗浄の証拠が一気に取れる。


だが、予定は崩れた。


原因は、三好さつき、赤嶺美月、山田真央だった。


三人はCS放送の旅番組で加古川を訪れていた。


番組名は、

「仲良し戦隊ヒロインのご褒美休日旅」。


企画内容は、戦隊ヒロインたちが休日に加古川を訪れ、かつめしの有名店を巡り、地元商店街を歩き、河川敷でのんびりするという、平和そのものの旅番組だった。


さつきは安定の人気レポーター。

美月は明るいツインテールで、とにかく声が大きい。

真央は派手な巻き髪で、しかもドギツイ尾張弁で食レポを始める。


かつめしの皿を前に、真央は目を輝かせた。


「どえりゃあうみゃあがね! このたれ、米にしみとる速度まで計算しとるんだわ。肉もやらこいし、こりゃあ反則だがね!」


美月も負けじと叫ぶ。


「うわ、これめっちゃ美味しいやん! 加古川、もっと全国に見つかるべきやで!」


真央はさらに続ける。


「見つかっとらんのがおかしいんだわ! こんなん毎週食べたら、でら元気出るに決まっとるがね!」


さつきは笑顔でまとめる。


「これぞ加古川の元気飯ですね」


店の外に人が集まる。

通りが止まる。

ロケ車が停まる。

観光客が足を止める。


美月と真央がガヤガヤ歩くだけで、人の流れが変わってしまう。


彩香は遠くからそれを見て、低く吐き捨てた。


「何が仲良し戦隊ヒロインのご褒美休日旅や」


麻衣が窘める。


「そこは別にええやないですか」


「ええことあるか。タイトルから腹立つわ」


「番組名に怒っても仕方ないです」


「仲良しやと? こっちは任務中やぞ」


「それ、番組側は知りませんし」


迫田ツインズも淡々と見る。


「美月さん、目立ちすぎ」

「真央さん、声が強い」


彩香は頭を抱える。


「最悪や。アホツインテールと巻き髪が、また現場を荒らしに来た」


笑い事ではなかった。


ロケ隊の移動で人の流れが変わったため、黒鷹側の運び役が警戒した。予定より早く証拠端末を冷蔵車へ積み込み、配送センターから逃げようとする。


麻衣のプランは崩れた。


だが、麻衣は慌てなかった。


「予定変更です。河川敷側へ出る前に追います」


澪香が頷く。


「逃走車は二台」


澄香が続ける。


「本命は後ろ。前は囮」


彩香が麻衣を見る。


「指示は?」


麻衣は一瞬だけ深く息を吸った。


「迫田さんたちは後方の本命を確認してください。彩香さんは私と配送センターへ。冷蔵車が河川敷へ出たら、人が少なくなります。そこで確保します」


彩香は頷く。


「了解」


それは、麻衣が現場を動かした瞬間だった。


冷蔵車は加古川沿いの道へ逃げ込んだ。


夕方の河川敷は、風が強かった。

草が揺れ、遠くで自転車が走り、川面が鈍い銀色に光っている。

その平和な景色の中を、証拠端末を積んだ冷蔵車が不自然な速度で走った。


麻衣は車体側面の汚れを見る。


「さっき、かつめしの店の裏にいた車です。たれの箱を積んだ時の汚れが残ってます」


彩香が舌打ちする。


「かつめしのたれで足がつくとはな」


「加古川らしいですね」


「感心しとる場合か」


冷蔵車は配送センターへ戻り、裏口から中へ入った。

そこで証拠端末を別の保冷コンテナへ移そうとしていた。


麻衣、迫田ツインズ、彩香が突入する。


配送センター内は、白い蛍光灯が照りつける冷たい空間だった。

金属ラックが並び、台車が走り、保冷ボックスが山のように積まれている。床には薄い水膜があり、冷蔵庫の扉が重い音を立てて閉まる。


黒鷹側の男たちが一斉に動いた。


彩香が先頭に出る。


「邪魔や!」


声と同時に、彩香の足が台車を蹴った。台車は床を滑り、敵の足元へ食い込む。男が体勢を崩した瞬間、彩香は踏み込み、腕をねじり上げて金属ラックへ押しつける。


麻衣は右へ走った。


保冷ボックスの陰を縫い、相手の視線から消える。敵の一人が追ってくる。麻衣は振り向かず、床に落ちた氷片を踏ませる位置へ誘導した。


男の足が滑る。

麻衣はその手首を取り、体を沈め、相手の力を流して転がした。


「彩香さん!」


「見えてる!」


彩香がもう一人の進路を塞ぐ。


迫田ツインズは左右に分かれた。


澪香は左の通路を押さえ、澄香は右の保冷庫前へ回る。二人は無駄な言葉を交わさない。短い声だけで、敵の逃走方向を潰していく。


「右、塞ぐ」

「左、任せて」

「二人目、奥」

「取る」


敵が二人を突破しようとする。


澪香が一歩引き、相手を誘う。

澄香が横から入り、足を払う。

体勢を崩したところへ、澪香が腕を押さえ、床へ沈める。


その動きは派手ではない。

だが、鋭い。


双子の息は、刃物のように合っていた。


配送センターの奥で、黒鷹の男が証拠端末入りの保冷コンテナを抱えて走る。


麻衣が追う。


「止まりなさい!」


男は振り向きざま、コンテナを投げつける。麻衣は身をひねってかわし、横のラックを蹴って一気に距離を詰める。白いブーツが濡れた床を打つ音が、冷蔵庫の唸りに混じった。


彩香が後ろから叫ぶ。


「麻衣、前!」


麻衣の前に、もう一人が飛び出す。


麻衣は止まらない。

姿勢を低くし、相手の腕をかわし、肩をぶつけて進路を割る。勢いを殺さず、証拠端末を持つ男へ手を伸ばす。


迫田ツインズが同時に動いた。


「逃げ道、ない」

「そこで終わり」


男は裏搬出口へ向かう。


そこが最後の逃走経路だった。


だが、その扉の前に、何も知らない美月と真央がいた。


二人はロケの流れで、かつめし弁当の大量試食企画だと勘違いし、配送センターの裏口付近へ来ていた。


美月は弁当箱を抱えて叫ぶ。


「これ、どこ置いたらええんですかー!」


真央も大きな箱を抱え、尾張弁全開で言う。


「ちょっと待っとりゃあ! この箱、でら重いがね! けど、ここ置いたら動線ええで、たぶん!」


二人が置いた弁当箱の山が、裏搬出口を完全に塞いだ。


逃げようとした黒鷹の男は、行き場を失う。


「どけ!」


美月は目を丸くする。


「え、何この人。弁当そんな急いでるん?」


真央は男より箱の伝票を見ていた。


「待ちな。これ、発注数と合っとらんがね。二十箱のはずが三十二箱あるでかんわ。誰だて、こんな雑な数字にしたの」


男が強引に箱を押しのけようとする。


その瞬間、麻衣が追いついた。


麻衣は男の腕を取る。

迫田ツインズが左右から挟む。

彩香が最後に踏み込み、低い声で言った。


「終わりや言うたやろ」


男は床へ押さえ込まれた。


証拠端末は確保。

偽装発注の伝票も確保。

さらに、さつきはカメラを止め忘れていた。


その映像には、食品卸会社の担当者が黒鷹側へ端末を渡す瞬間が、はっきり映っていた。


さつきは青ざめながら言う。


「これは……放送できませんね」


美月はまだ状況を理解していない。


「うちら、また何か役に立った感じ?」


真央は腕を組む。


「役に立ったに決まっとるがね。うちらが弁当置かんかったら、あいつ逃げとったでしょ。つまり、でら功労者だわ」


彩香が額を押さえる。


「腹立つけど、否定できへんのが一番腹立つ」


任務は完了した。


黒鷹の給食センター偽装契約ルートは潰された。

食品卸会社、冷蔵車、未登録保冷庫、偽装発注、給食契約を使った資金洗浄。その全体像が明らかになった。


だが、任務後の彩香の怒りは収まらなかった。


分室に戻ってからも、彩香は腕を組んだまま、不機嫌そのものだった。


「あのアホツインテールと巻き髪、エエ加減にせえよ。何が仲良し戦隊ヒロインのご褒美休日旅や。こっちは任務中やぞ。あいつらが動くたびに人流変わって、ロケ車止まって、弁当箱積み上がって、最後だけ都合よう役に立ちよってからに!」


麻衣は苦笑する。


「でも、最後は逃走経路を塞いでくれましたし」


「そこが余計に腹立つんや!」


迫田ツインズが淡々と言う。


「結果は成功」

「美月さんと真央さん、貢献あり」


彩香は目を吊り上げる。


「貢献言うな! あれは偶然や! 災害がたまたま堤防になっただけや!」


麻衣が小さく笑う。


「すごい例えですね」


彩香は止まらない。


「だいたい何やねん、『仲良し戦隊ヒロインのご褒美休日旅』て。仲良し? ご褒美? 休日? 甘ったるいタイトルしやがって。今度ウチとアホツインテールの二人で『不仲戦隊ヒロイン地獄の3日間』という番組やったろか?」


麻衣がぽつりと呟く。


「視聴率取れなさそう……」


彩香は即座に叫ぶ。


「知るかボケェ!」


迫田ツインズが続ける。


「怖いもの見たさで初回は取れる」

「二回目は不明」


「二回目まで考えるな!」


麻衣がさらに言う。


「三日間って、初日の午前中で喧嘩して番組終わりそうです」


彩香は机を叩く勢いで叫ぶ。


「初日のオープニングで終わるわ!」


「それ、番組として成立してませんね」


「知るかボケェ!」


玲奈は報告書に目を落としていた。


いつもの鉄仮面。

無表情。

冷静。


だが、彩香の叫びを聞いた瞬間、口元がほんの僅かにほころんだ。


麻衣は見逃さない。


「玲奈さん、今ちょっと笑いましたね」


玲奈は即答する。


「笑っていません」


迫田ツインズが同時に言う。


「笑った」

「口元が動いた」


彩香が眉をひそめる。


「玲奈さんまで笑わんといてください。こっちは本気で怒ってるんです」


玲奈は表情を戻し、静かに言う。


「任務報告を続けて」


笑いはすぐに消えた。


だが、分室の空気は少しだけ軽くなっていた。


今回、黒鷹の生活インフラ侵入ルートは潰された。

食品卸会社。

給食センター契約。

配食事業。

冷蔵車。

そのすべてが、黒鷹の資金洗浄と物資輸送に使われかけていた。


玲奈は押収された伝票を見る。


「黒鷹は、非日常から日常へ潜った」


麻衣が静かに頷く。


「だから、見つけにくいんですね」


玲奈は言う。


「ええ。だから、見つける価値がある」


加古川の町は、翌日も普通に動く。


駅前には人が流れ、河川敷には風が吹き、食堂ではかつめしが出される。給食センターでは、いつものように子どもたちの昼食が作られる。


その日常を、黒鷹は利用しようとした。


だが、今回は届かなかった。


麻衣は一つ、現場担当としての信頼を積み上げた。

迫田ツインズは副として、無駄なく麻衣を支えた。

彩香はまだ褒めるのが下手で、怒り方はさらに下手だったが、それでも麻衣たちの働きを認めていた。

玲奈は、その成長を静かに見ていた。


黒鷹はまだ地下にいる。


けれどNSTもまた、地下へ届く目を増やしている。


かつめしの皿に残った黒い数字は、もう隠せない。

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