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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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戻らない港、奪われた社名 ― オカモト・シャドウカーゴ 第2話 港に影がついた夜――ローン・シャドウは笑う分室を背に歩く

港の夜は、嘘を隠すのに向いている。


海風は軽油と鉄の匂いを運び、フォークリフトの警告音は遠くで鳴る怒号をかき消す。巨大なコンテナは壁のように積み上がり、その隙間を走る作業員の影は、誰が誰なのか見分けがつかない。


岡本玲奈は、その夜も神戸港にいた。


非番の日だった。

勤務時間外だった。

正式な捜査ではない。

NSTの任務でもない。


それでも玲奈は、六甲ベイオペレーションの倉庫を見張っていた。


父が築いた岡本港湾サービスは、名を変え、姿を変え、今も港に残っている。だが、その中身はもう父の会社ではなかった。父が積み上げた信用だけが、黒鷹の密輸の隠れ蓑として使われている。


玲奈は車の中からゲートを見る。


出入りする大型トラック。

深夜に動くコンテナ。

記録上は空荷のはずなのに、明らかに車体が沈んでいる車両。

軽量貨物と申告されているのに、発進時に不自然な重さを見せるトレーラー。

搬入から搬出まで三時間のはずが、実際には翌朝まで敷地に残るコンテナ。


一つひとつは小さい。


だが、交通課出身の玲奈には分かる。

車両の沈み方、荷重のかかり方、出庫時の加速、ブレーキの癖。帳簿の数字より、車体の姿勢の方が正直なことがある。


六甲ベイオペレーションは、荷をごまかしていた。


いや、ごまかしているというより、港全体の信用の隙間を縫っていた。


「昔から堅い会社」

「あそこなら間違いない」

「手続きが綺麗」

「事故が少ない」


父が残したその評判が、今は検査の目を鈍らせている。


玲奈は感情を顔に出さない。


怒りはある。

だが、怒りは役に立たない。

怒鳴れば、相手は逃げる。

泣けば、証拠は消える。

だから、玲奈は記録する。


ナンバー。

時刻。

出入口。

車両の種類。

荷台の沈み方。

警備員の交代時間。


紙と記憶に、港の嘘を刻み込んでいく。


数日後、玲奈は県警の内部端末で古い記録にアクセスした。


岡本港湾サービス時代の事故処理記録。

両親の事故当日に走っていた過積載トラックの運行記録。

その関連運送会社と、現在の六甲ベイオペレーションの取引先との接点。

過去に入っていた匿名通報。

「確認不能」「誤認の可能性」「管轄外」として処理された不審な荷動き。


処理が早すぎた。


通報が入った翌日には、なぜか問題なしで終わっている。

現場確認をした形跡はあるが、写真が少ない。

担当者の異動が妙に早い。

記録に残された言葉は、どれも綺麗すぎる。


綺麗すぎる書類は、汚れている。


玲奈は端末を閉じた。


翌晩、六甲ベイオペレーションの警備体制が変わった。


夜間ゲートの警備員が交代している。

倉庫裏手の監視カメラが二台増えている。

玲奈が監視していた高架下から出入口が見えにくい位置へ、空コンテナが置かれている。

前日まで決まっていた搬出時刻もずれた。


玲奈は車内で、静かに息を吐いた。


偶然ではない。


自分が県警内部端末を触った直後、相手が動いた。


県警の中に、六甲ベイオペレーションへ情報を流している者がいる。


内通者。

黒鷹の工作員。

あるいは、黒鷹に借りを作った警察官。


玲奈は、それを確証した。


だから正式な捜査にはできない。

だから誰にも言えない。

だから、さらに一人で深く入るしかない。


玲奈は、六甲ベイオペレーション本体ではなく、周辺を洗い始めた。


下請けの運送会社。

空コンテナの一時置き場。

港湾労働者を斡旋する人材会社。

小さな輸出入代行業者。

過去に役員住所が重なっていたペーパーカンパニー。


網は広かった。


そして、その網の節々に黒鷹の匂いがあった。


玲奈が港の闇へ踏み込んでいる頃、大阪府内のヒロ室西日本分室は、平和という名の騒乱に包まれていた。


玲奈の不在は増えていた。


彩香は「県警との調整やろ」と言い、深く追わなかった。

美咲はいつも通り業務を進めた。

あかりは菓子棚の在庫を点検していた。

麻衣だけは、玲奈の空席を見るたび、胸の奥に小さな棘を感じていた。


その棘を吹き飛ばすように、扉が勢いよく開く。


「邪魔するで~!」


赤嶺美月だった。


いつものように明るい。

いつものように声が大きい。

そして、いつものように用もないのに来た顔をしている。


彩香は書類から顔を上げることもなく言った。


「邪魔するなら帰って~」


「そうやな……」


美月は素直に一歩下がりかける。


そして、次の瞬間、目をむいた。


「って、なんでやねん!」


分室の空気が一気に大阪の舞台袖みたいになる。


彩香は面倒くさそうに顔を上げた。


「今日は何しに来たんや。ここは休憩所ちゃうぞ」


美月は胸を張る。


「戦隊ヒロインプロジェクトの中心人物として、現場視察や」


「誰が中心人物や」


「うちや」


「自称やろ」


「自称も続ければブランドになる」


「迷惑なブランドやな」


美月は、戦隊ヒロインプロジェクトの中心人物であることを本気で自認していた。東大阪代表として、関西の明るさと根性と押しの強さを背負っているつもりだった。


だが、最近気になって仕方がないことがある。


彩香や、妹分のように可愛がっている麻衣が、何やら自分の知らない隠密活動をしている。


NSTという名前すら、美月は知らない。


ただ、分かることはある。


自分だけ入れてもらっていない。


それが、気に入らない。


邪魔をする気はない。

危険な仕事に無理やり首を突っ込むつもりも、少しはない。


いや、少しはある。


だが本音を言えば、暇なのだ。


そして何より、彩香にかまってほしい。


美月は彩香の机の前に立つ。


「彩香、なんか秘密の仕事しとるやろ」


「してへん」


「嘘や。顔が秘密顔や」


「どんな顔やねん」


「姫路城の白壁みたいに、表だけ綺麗で中に武器隠しとる顔」


「姫路城を悪用すな!」


美月は今度、麻衣を見る。


「麻衣も最近、なんか大人っぽい顔しとる。うちに隠してることあるやろ」


麻衣は困ったように笑う。


「ありませんよ」


「その笑い方が怪しいねん。妹分が姉に隠し事したらあかん」


彩香が割って入る。


「誰が姉や」


「うちや」


「麻衣が気の毒や」


「何でや!」


美咲が静かに言う。


「現在、業務中です」


美月は振り向く。


「美咲は相変わらず冷蔵庫みたいな声やな」


「誉め言葉として処理します」


「処理せんでええ!」


あかりは、いつの間にか美月の持ってきた袋を覗いていた。


「今日は何か食べ物ありますか」


美月は得意げに袋を掲げる。


「あるで。番組収録でもろた焼き菓子」


彩香の目が光る。


「先に言え!」


「食べ物出た瞬間だけ反応早いな」


「戦場では補給が大事や」


「さっきまで業務中って顔してたやん」


「甘い物は業務効率を上げる」


あかりがすでに袋を開けている。


「これは業務です」


「都合のええ時だけ業務にすな!」


騒ぎは、さらに大きくなる。


美月が彩香の椅子に座る。

彩香が怒る。

美月が「中心人物用の席や」と言い張る。

彩香が「不法占拠や」と言い返す。

あかりがその間に焼き菓子を二つ食べる。

麻衣が止めようとして、なぜか美月に「麻衣ちゃんは優しいから許してくれる」と抱きつかれる。

美咲は淡々と「椅子の破損は備品報告の対象です」と告げる。


分室は動物園だった。


彩香が叫ぶ。


「玲奈さんがおらんだけで、なんでここまで治安悪くなるんや!」


美月は胸を張る。


「つまり玲奈さんの偉大さを、うちが可視化しとるんや」


「お前が荒らしとるだけや!」


「荒らしちゃう。活性化や」


「迷惑行為を横文字っぽく言うな!」


美月は笑っている。


彩香が怒れば怒るほど、嬉しそうだった。


彩香はそれに気づいて、余計に腹を立てる。


「美月、あんたな。うちにかまってほしいだけやろ」


美月の動きが一瞬止まる。


「はあ? 何言うてんの。うちは戦隊ヒロイン界の中心として、隠密活動の透明性を……」


「かまってほしいんやろ」


「ちゃうわ!」


「暇なんやろ」


「暇ちゃうわ! 忙しい合間を縫って来とるんや!」


「何の合間や」


「……自分磨き」


「帰れ」


「なんでや!」


平和だった。


少なくとも、そこだけは。


麻衣は笑っていた。

けれど、心のどこかで玲奈の空席を見ていた。


その席には、いつも通り何も乱れがない。

だが、最近の玲奈は予定を曖昧にすることが増えた。

県警本部と書かれた日でも、戻りが遅い。

持ち歩く資料も変わった。


麻衣は、誰にも言わずに胸騒ぎを抱え込んだ。


その夜、玲奈は港の外れにいた。


六甲ベイオペレーションの関連会社が借りている古い倉庫。

照明は少なく、潮の匂いが強い。

遠くでクレーンが軋んでいる。


倉庫から出てきた男の顔を、玲奈は覚えていた。


県警の古い資料に名前があった男。

暴力団関係者として一度は記録され、その後、なぜか表舞台から消えた男。

今は六甲ベイオペレーションの下請けで、現場を仕切っている。


黒鷹の網は、そこにも張られていた。


玲奈は写真を撮らない。

端末も出さない。


目で覚える。


その時、背後の道路を一台の黒い車がゆっくり通り過ぎた。


車内の男が、玲奈の横顔を見ている。


玲奈は気づいていた。


だが、振り向かない。


振り向けば、こちらが気づいたことを相手に知らせる。


港の夜は、嘘を隠すのに向いている。

同時に、孤独な捜査官の影を飲み込むのにも向いている。


玲奈は黒いコートの襟を立て、倉庫の明かりを見つめた。


分室では、まだ美月と彩香がくだらない喧嘩をしている。


「東大阪は熱いんや!」


「姫路は品があるんや!」


「品だけでは世界は救えへん!」


「騒音でも救えへん!」


その笑い声は、玲奈には届かない。


玲奈の背後には、もう影がついていた。


一人で歩く埠頭は、少しずつ出口を失い始めていた。


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