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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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353/382

白い展示室、消えた名画 ― ミュージアム・シャドウフレーム

宮崎県都城市出身。


南九州の温暖な気候の中で育った迫田澄香と迫田澪香は、西日本特別諜報班NSTの中でも異彩を放つ存在である。


長い黒髪、整った顔立ち、上品な立ち居振る舞い。そして何より、一目では見分けがつかないほどよく似た双子の美貌。


だが、その華やかな外見に惑わされる者ほど、二人の本当の恐ろしさを知らない。


空前絶後。


戦隊ヒロイン史上でも極めて珍しい、双子による実戦運用。


姉の澄香は冷静沈着な分析力を武器とし、妹の澪香は柔軟な判断力と社交性で相手の懐へ入り込む。


互いが互いを知り尽くしているからこそ可能な連携は、もはや言葉すら必要としない。


視線ひとつ。


わずかな仕草ひとつ。


それだけで作戦が成立する。


黒鷹一味が恐れるのは、彩香の豪快な突破力でも、美音の圧倒的な身体能力でもない。


気付いた時には隣にいる。


気付いた時には情報を抜かれている。


気付いた時には逃げ道を塞がれている。


そんな迫田ツインズの静かな恐怖だった。


高級ホテル。


政治家のパーティー。


企業のレセプション。


美術館。


チャリティーイベント。


普通の捜査員では近付けない華やかな世界こそ、二人の戦場である。


美しい笑顔の裏で情報を集め、優雅な会話の裏で標的を追い詰める。


そして任務が終われば、何事もなかったかのように人混みへ消えていく。


華やかであることは武器になる。


美しいことも武器になる。


そのことを誰よりも理解しているのが、迫田澄香と迫田澪香だった。


西日本特別諜報班NST。


その中で最も静かに、最も深く敵地へ入り込む二人。


それが――


都城が生んだ空前絶後の双子ヒロイン、迫田ツインズである。

芦屋の街は、声を荒げない。


六甲山系の裾野から、海へ向かってゆるやかに広がる兵庫県芦屋市。並木道は整い、邸宅の塀は高く、店の看板さえ控えめだった。派手さを嫌い、上質だけを残したような街。歩く者の靴音まで品よく響く。


その高級住宅街の一角に、小さな私設美術館があった。


白を基調とした外観。

硝子のエントランス。

無駄な装飾を排した展示室。

照明は柔らかく、壁には余白がある。


そこは、騒がしい観光地ではない。作品と向き合うための静かな箱だった。来館者は自然と声を落とし、絵の前で立ち止まり、時間を忘れる。芦屋らしい気品が、白い展示室の空気にまで染みていた。


だが、金と美術品が集まる場所には、必ず影も寄ってくる。


NSTに入った情報は、非公開の特別展に関するものだった。


表向きは若手芸術家支援のチャリティ展示。

しかし裏では、黒鷹一味が盗品美術と政治資金を交換しようとしている疑いがあった。


額縁の裏に隠された記録媒体。

偽装された落札金。

リコールされた元県知事側へ流れる裏資金。

そして、展示作品の一つが本物から偽物へすり替えられる可能性。


玲奈は資料を閉じた。


「美術館は静かや。けど、金の音は大きい」


彩香が腕を組む。


「荒っぽい捜査はできませんね。客は文化人、企業家、ブローカー、財団関係者。騒いだら証拠も信用も飛びます」


玲奈は短く告げた。


「澄香でいく」


宮崎県都城市出身。

迫田ツインズの一人、迫田澄香。


華やかだが、澪香より少し静か。

知的で、落ち着いていて、相手に余計な警戒心を抱かせない。

澄香の武器は記憶力と観察力だった。


彼女は、私設美術館の受付兼キュレーター補助として潜入した。


淡い色の上品なスーツ。

控えめな笑顔。

丁寧な言葉遣い。

作品解説を求められれば、資料を読んだだけとは思えないほど自然に答える。


「こちらは作家が晩年に取り組んだ“余白”の表現がよく出ている作品です」


「額装は当時の展示様式を意識したものです。照明の角度によって絵肌の表情が少し変わります」


来館者は、澄香を本職の学芸員だと思い込んだ。


美術館スタッフまで驚く。


「迫田さん、本当に臨時補助なんですか? もう普通に学芸員さんみたいです」


澄香は静かに微笑む。


「ありがとうございます。資料を読ませていただいただけです」


だが、その“読んだだけ”が普通ではない。


澄香は前日に確認した展示室の写真を、ほぼ完全に記憶していた。絵の位置、キャプションの角度、台座の向き、額縁の厚み、照明の影、警備員の巡回間隔。


そして特別展当日、第三展示室で足を止める。


「玲奈さん」


無線に低い声が返る。


「何や」


「右奥の油彩。額縁が昨日より厚く見えます。三ミリ程度ですが、影の落ち方が違います」


彩香が聞き返す。


「三ミリ?」


「はい。キャプションも二センチほど右へずれています」


玲奈は即座に判断した。


「当たりや」


額縁の裏に、何かが仕込まれている。


澄香は焦らない。

受付へ戻り、来館者を案内しながら、作品へ近づく人物を観察する。


やがて一人の男が現れた。


高級なスーツ。柔らかな物腰。作品を見ているようで、視線は額縁の角ばかりを追っている。黒鷹のブローカーと見て間違いない。


澄香は近づいた。


「この作品にご関心がおありですか?」


男は穏やかに笑った。


「ええ。実にいい作品だ」


澄香も微笑む。


「作品より、額装にご関心がおありのように見えました」


一瞬だけ、男の笑顔が止まった。


澄香は踏み込みすぎた。

だが、踏み込まなければ相手は動かない。


男は展示室奥の関係者通路へ視線を送る。別の黒鷹要員が、澄香の背後に回った。白い展示室の静けさが、急に冷たくなる。


悲鳴は上げられない。

乱闘もできない。

来館者を巻き込めば、黒鷹は証拠を消す。


澄香の危機が迫っていた。


その頃、美術館の外では、芦屋らしからぬ賑やかさが発生していた。


「うわぁ、芦屋ってほんま上品やな! うち、歩いてるだけで怒られそうやわ!」


明るいツインテールの赤嶺美月だった。


隣には巻き髪の山田真央。


「美月さんは歩いとるだけやのうて、声がもう芦屋向きじゃないがね。ちょっとは静かにしやぁ」


「何でやねん! うちも上品なとこあるやろ!」


「どこにあるん? 今、探したけど見つからんかったわ」


「探すの早すぎや!」


高級住宅街の静かな歩道に、二人の声が妙に響く。

芦屋の空気が一瞬だけ東大阪と尾張に占領される。


通りすがりの上品な婦人が振り返る。

小型犬まで立ち止まる。

美月は気にしない。


「美術館やて。高そうやな。触ったら弁償できへんやつや」


真央は入口付近の男を見つけた。


黒鷹ブローカーだった。

もちろん、二人は何も知らない。


真央は悪気なく近づいた。


「お兄さん、その箱、えらい立派だがね。何入っとるん? 絵ぇ運ぶやつ?」


男の表情がわずかに揺れる。


「関係ない」


真央は引かない。


「関係ないことないが。そんな高そうな箱持って美術館の前で固まっとったら、誰でも気になるでかんわ」


美月も横から覗き込む。


「え、名画? それ名画なん? うちが触ったら人生終わるやつ?」


「触るな」


「触らへんわ! 触らへんけど、ちょっと見たいだけやん」


真央がさらに追撃する。


「見られたら困るん? ほんなら余計怪しいがね」


男の額に汗が浮いた。


その様子を監視していた彩香は、額に手を当てた。


「ツインテールだけでなく巻き髪もかぁ……」


玲奈は静かに言う。


「使える」


「使えるのが腹立つんですわ」


真央の悪気ない一言が、黒鷹の導線を壊した。ブローカーは予定より早く館内の仲間へ合図を送る。焦りが動きを生む。動きが証拠になる。


澄香はその一瞬を逃さなかった。


「対象、動きました。額縁裏に記録媒体。搬出口へ移すつもりです」


玲奈の指示が飛ぶ。


「彩香、あかり、澄香を回収。澪香、搬出口。麻衣、美咲、来館者を逃がせ」


NSTが一気に動いた。


展示室奥の関係者通路で、澄香に迫っていた黒鷹要員は、次の瞬間、彩香とあかりに挟まれた。


彩香が低く言う。


「そこまでや」


あかりが前へ出る。


「澄香さんから離れてください」


黒鷹要員が抵抗する。

だが、四日市の突貫娘・あかりの踏み込みは速い。正面から相手を押さえ、動きを止める。彩香は横から腕を取り、床へ静かに沈めた。


派手だが、音は最小限。

白い展示室に悲鳴は上がらない。


澄香はその隙に額縁裏の記録媒体を確保する。


一方、搬出口へ逃げようとしたブローカーの車両は、澪香が止めていた。


「申し訳ございません。搬出許可証の確認が必要です」


上品な笑顔。

けれど車は動けない。


麻衣と美咲は来館者を自然に別展示室へ誘導する。


「こちらで特別解説がございます」


「足元にお気をつけください」


混乱は起きない。

美術館の静けさは守られた。


玲奈は県警へ連絡し、証拠と身柄を引き渡す。盗品美術の交換ルート、政治資金の偽装経路、額縁裏の記録媒体。黒鷹の計画は、白い展示室の中で音もなく崩れた。


任務完了。


ただし、一番大きなきっかけを作った真央は何も知らない。


美月も何も知らない。


「何やったん? あのお兄さん、急に顔色悪なったで」


真央は首を傾げる。


「うち、箱の中身聞いただけだがね。変な人もおるもんだわ」


美月は頷く。


「芦屋、奥深いな」


真央のお手柄だった。

しかし本人たちに自覚はない。


任務後、美術館長が澄香に近づいた。


「迫田さん」


「はい」


「本当に素晴らしい対応でした。作品解説も、来館者対応も、観察眼も。もしよければ、学芸員を目指しませんか?」


澄香は静かに微笑む。


「光栄です」


それ以上は言わない。


分室へ戻ると、彩香は深いため息をついた。


「澪香は財団にスカウトされるし、澄香は美術館長から学芸員勧誘されるし……迫田ツインズ、潜入先で就職先増やしすぎやろ」


あかりが笑う。


「でも澄香さん、本当に学芸員さんみたいでしたよ」


「そこはええねん。そこは認める」


彩香は眉間に深い皺を寄せた。


「問題は別や。ツインテールだけでなく巻き髪もかぁ……」


あかりがすぐに茶々を入れる。


「彩香さん、もしかして巻き髪にも苦手意識できました?」


「やめろ」


「ツインテール警戒、巻き髪注意、次は何ですか? お団子頭ですか?」


「分類すな」


「でも真央さん、大手柄でしたよね。何も知らずにブローカー追い詰めてましたし」


彩香の顔がますます厳しくなる。


「それが一番しんどいんや。本人はただ喋っただけ。美月はただ覗いただけ。なのに黒鷹が崩れた。何やこの勝ち方」


あかりは楽しそうに笑う。


「勝ちは勝ちですよ」


「せやけど、気持ちが負けとる」


「美月さんと真央さんに?」


彩香が即座に振り返る。


「やかましいわ」


分室に笑いが漏れた。


麻衣は口元を押さえ、美咲も控えめに肩を揺らす。迫田ツインズは同じ角度で微笑んでいる。


玲奈は書類を見るふりをした。


だが、その口元はわずかに緩んでいた。


白い展示室に潜んだ黒い影は消えた。

名画は守られ、記録媒体は押さえられた。


そして迫田澄香は、静かな微笑みのまま、また一つ危険な潜入任務を終えた。


芦屋の街は、再び声を荒げない静けさを取り戻していた。

ただし、NSTの記録には小さく残る。


この日の勝利は、澄香の記憶力と観察力、NSTの連携、そして――何も知らない巻き髪の一言によって決まった。

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