海上空港非常線 第80話 空港最後の日 ― ファイナル・ターミナル
海上空港の夜明けは、妙に静かだった。
滑走路灯が淡く残り、海の向こうから朝の光が上がる。出発ロビーには早朝便の客が流れ、貨物地区ではコンテナ車が低い音を立てて動いていた。
だが、玲奈はその静けさを信用していなかった。
黒鷹は追い詰められている。
空港島封鎖は失敗。
玲奈襲撃も失敗。
中部の巨大海上空港へ渡した国際貨物改ざん計画も潰された。
残された手は、ひとつ。
最後に大きく壊すこと。
梓が監視ログを見ながら告げた。
「複数地点で不審通信。貨物、燃料、旅客、連絡橋、管制支援設備。全部つながっています」
玲奈は短く言った。
「来るな」
県警本部、空港警察、空港運営会社が同時に動いた。
今回は、もうNSTだけの任務ではない。
県警本部の幹部が無線越しに言う。
「岡本警部補。今回は合同作戦で行く」
玲奈は一拍置いて答えた。
「お願いします」
長く対立してきた相手だった。
だが今は、意地を張る時間ではない。
玲奈が全体統括。
彩香が現場指揮。
美音、あおい、結月、麻衣、美咲、あかり、迫田ツインズ。
空港警察から里緒と梓。
県警本部から機動部隊。
全員投入。
黒鷹の最後の作戦は、空港機能そのものの破壊だった。貨物地区で爆発物偽装、燃料設備で異常警報、旅客ターミナルで人流操作、連絡橋で車両妨害。さらに管制支援システムへ侵入し、空港島全体を止める。
彩香が叫ぶ。
「全部止めるで!」
美音は設備系統を読む。
結月は自転車で島内を走る。
あおいは上空から全体を見下ろす。
麻衣は旅客を落ち着かせ、美咲は裏導線を塞ぐ。
あかりは前線へ出る。
迫田ツインズは客の流れを乱さず、避難導線を作る。
里緒は空港警察をまとめ、梓は監視網を一本に束ねる。
最初は、噛み合っていた。
だが黒鷹は、そこまで読んでいた。
非常設備区画へ誘導されたNSTの一部が、逆に包囲される。彩香、美音、結月、麻衣、美咲、迫田ツインズが閉じ込められ、退路を断たれた。
過去最大の危機だった。
玲奈の声が飛ぶ。
「撤退!」
だが、間に合わない。
黒鷹の工作員が迫る。
あかりが突っ込もうとする。
「行きます!」
彩香が怒鳴る。
「待て、あかり!」
その時だった。
里緒の声が響いた。
「空港警察、突入!」
温厚な里緒の声ではなかった。
現場を背負う警察官の声だった。
空港警察が盾になって通路へ入る。
さらに反対側から県警本部の機動部隊が突入した。
「前は県警が持つ!」
「NSTを下げろ!」
今まで玲奈と対立してきた県警本部が、命を張って前へ出た。
彩香が一瞬、目を見開く。
「……来たんか」
里緒が返す。
「当然です。ここは空港警察の現場です」
県警隊長も叫ぶ。
「君らだけに背負わせるか!」
そこから形勢が変わった。
県警機動部隊が前線を押し返し、空港警察が退路を確保する。美音が非常設備を復旧し、梓が通信妨害を切る。あおいが上空から逃走路を読み、結月が裏手を塞ぐ。あかりと彩香は再び前へ出て、最後の工作員を制圧する。
「終わりや!」
彩香の声が通路に響いた。
黒鷹の最後の大規模テロは、完全に潰された。
空港は止まらなかった。
滑走路灯は消えず、旅客は混乱を知らず、朝の便は予定通り動き始めた。
任務後。
県警本部の幹部が玲奈の前に立った。
「岡本警部補。これまで、すまなかった」
玲奈は黙っていた。
幹部は続けた。
「我々はNSTの成果だけを見ていた。君たちがどれだけ危険な場所に立っていたか、見落としていた」
玲奈は静かに返す。
「私も、意地になっていました」
短い沈黙。
そして、幹部が言った。
「今後は、任務の危険度評価と撤退権限を明文化する。NSTを使い潰すような運用はしない」
玲奈はゆっくり頷いた。
「それなら、組めます」
ようやく、和解だった。
詰所へ戻ると、全員が疲れ切っていた。
あかりは椅子に沈み、麻衣は紙コップの水を両手で持ち、美咲は無言で壁にもたれている。迫田ツインズは同じ姿勢で座り、美音は端末を閉じ、結月は深く息を吐いた。
彩香が玲奈に言う。
「終わりましたな」
玲奈は窓の外を見た。
空港は動いている。
守り抜いた場所だった。
「終わったな」
だが、それは黒鷹との戦いの終わりではない。
海上空港での任務が終わるだけだ。
任務後。
県警本部の幹部が、玲奈の前に立った。
「岡本警部補。助けられた」
玲奈は黙っていた。
幹部は続ける。
「これまで、我々はNSTを“使える戦力”として見すぎていた。だが今日、分かった。君たちは部隊である前に、現場で命を張る人間だ」
玲奈は静かに返す。
「こちらも、県警本部を敵のように見すぎていました」
短い沈黙。
幹部が言う。
「今後は危険度評価、撤退判断、未成年・学生メンバーの投入基準を明文化する。君の判断を尊重する」
玲奈は少しだけ頷いた。
「それなら、組めます」
完全な馴れ合いではない。
だが、現場で互いを認めた者同士の和解だった。
詰所へ戻ると、全員が疲れ切っていた。
あかりは椅子に沈み、麻衣は紙コップの水を両手で持ち、美咲は無言で壁にもたれている。迫田ツインズは同じ姿勢で座り、美音は端末を閉じ、結月は深く息を吐く。
彩香が言った。
「ほんま、今日は終わったと思いましたわ」
玲奈は短く答える。
「終わらせへんかった」
彩香は少し笑う。
「県警も空港警察も、今日は本気で助けに来てくれましたね」
「ああ」
玲奈は窓の外を見る。
空港は動いている。
滑走路灯は消えず、旅客は何も知らず、朝の便は予定通り飛び立っていく。
守り抜いた場所だった。
だが、玲奈は知っている。
この空港での任務は、もう終盤に入っている。
長く居すぎた。
多くを背負いすぎた。
そして、メンバーは成長しすぎた。
彩香が隣に立つ。
「帰りますか」
玲奈は少し間を置いた。
「まだや」
彩香が横を見る。
玲奈は静かに続ける。
「最後に、ここへ礼をしてからや」
それだけだった。




