海上空港非常線 第75話 空港島封鎖 ― エマージェンシー・ライン
海上空港の朝は、いつも通り始まるはずだった。
出発ロビーに旅行客が流れ、貨物地区では牽引車が動き、展望デッキには早い時間から航空ファンがカメラを構えている。滑走路灯は規則正しく瞬き、管制塔の窓は朝の光を受けて白く光っていた。
だが、その平穏は薄かった。
最初に異常が出たのは、貨物地区だった。
コンテナ管理システムが一部停止。
数分後、旅客ターミナルの手荷物搬送ラインが止まる。
続いて、空港アクセス道路で事故を装った車両停止。
外周フェンスに侵入警報。
給油設備にも異常アラート。
一つなら事故。
二つなら偶然。
だが、五つ同時なら作戦だった。
仮設詰所で、岡本玲奈はモニターを見つめていた。
「黒鷹や」
県警本部から無線が入る。
「全体状況を確認中。NSTは待機」
「本部承認を待て」
玲奈は冷たい声で返した。
「待ってたら島が止まります」
そして振り向く。
「全員投入」
その一言で、詰所の空気が変わった。
岡本玲奈が全体統括。
西川彩香が現場指揮。
河合美音。
若林あおい。
大西結月。
白浜麻衣。
春日美咲。
山本あかり。
迫田澄香、迫田澪香。
空港警察からは真砂里緒と氷室梓。
海上空港非常線、総力戦だった。
彩香が無線を握る。
「麻衣、旅客導線。パニック出すな」
「美咲、手荷物ラインの裏へ」
「あかり、前線待機。勝手に走るな」
「迫田ツインズ、案内に入れ。客を不安にさせるな」
「美音さん、設備系統を見てください」
「あおいさん、上から島全体」
「結月さん、機動待機」
里緒は空港警察側をまとめる。
「制服警官は表に出しすぎないでください。通常トラブルに見せます」
梓は監視映像と警報ログを重ねた。
「これは別々のトラブルではありません。すべて非常用電源施設へ誘導するための陽動です」
玲奈の目が細くなる。
「本命は電源か」
黒鷹の狙いは、空港島全体の非常用電源施設だった。
そこを落とせば、管制、照明、保安、貨物、旅客導線が一斉に揺らぐ。
空港運営会社は混乱していた。
県警本部も情報を整理しきれていない。
管制にも影響が及びかねない危険な状態だった。
美音が端末を見て、低く言った。
「非常電源の切替制御に侵入されています。残り三分以内に遮断処理が走ります」
県警本部が叫ぶ。
「処理班到着まで待て!」
玲奈も即座に言う。
「美音、無理に入るな」
だが、美音はすでに動いていた。
「待てません。止めます」
「美音!」
玲奈の制止を振り切り、美音は設備区画へ駆け込んだ。
パーフェクトヒューマン。
そう呼ばれるだけの女だった。
配線図、設備ログ、電源盤の配置、侵入コードの癖。すべてを一瞬で読み、火花の散る制御盤の前へ立つ。
同時に、全員が動く。
あおいは上空から島全体を見る。
「外周に逃走支援車両。北側道路です」
結月が自転車で切り込む。
「止めます」
美咲は手荷物搬送ラインの裏で、工作員が残した妨害端末を回収する。
「こちら、端末発見」
迫田ツインズは旅客の流れを滑らかに変える。
「皆さま、こちらの通路をご利用ください」
「ご搭乗のお客様は係員の案内に従ってください」
麻衣はロビーで子ども連れに寄り添う。
「大丈夫です。少しだけ通路が変わります。ゆっくり行きましょう」
あかりは設備区画へ突入してきた黒鷹の工作員を見つけた。
「止まってください!」
男が強引に突破しようとする。
あかりは正面から受けず、懐へ入り、腕を押さえた。
彩香が叫ぶ。
「あかり、止めろ!」
「はい!」
あかりは工作員を床に叩きつけず、壁際へ押し込んで制圧した。
騒ぎを表に出さないためだった。
その間も、美音は止まらない。
「右下、制御系統復旧。遮断信号、まだ生きています」
玲奈の声が飛ぶ。
「危険や。下がれ」
「下がれば空港が止まります」
美音の声は淡々としていた。
だが、その判断は命懸けだった。
非常電源停止まで、残り二秒。
美音は最後の端子を切り替えた。
警告灯が点滅する。
一瞬、空港島全体が息を止めたように見えた。
そして。
「遮断回避」
美音の声が入った。
その直後、里緒の合図で空港警察が突入する。
「確保!」
非常用電源施設へ侵入していた黒鷹工作員たちは、一斉に押さえられた。
逃走支援車両は結月が先回りし、あおいの指示で警察車両が封鎖。
手荷物ラインの妨害端末も美咲が停止。
旅客側の混乱は、麻衣と迫田ツインズが最小限に抑えた。
空港島は止まらなかった。
任務完了。
だが、詰所に戻った玲奈の顔は晴れない。
県警本部から称賛の言葉が届く。
「NSTの即応能力は特殊部隊級だ」
「河合美音の判断は極めて優秀」
「今後はさらに広域危機対応にも投入可能」
玲奈は無線を切った。
「冗談やない」
彩香は黙っていた。
玲奈は低く続ける。
「あの子らは特殊部隊やない。安全が一番や」
その横で、麻衣、美咲、あかりは、少し無邪気に喜んでいた。
「止められてよかったですね」
「お客さん、誰も気づいてませんでした」
「美音さん、めっちゃすごかったです!」
彩香は苦笑する。
「お前ら、ちょっとは事の重さ分かっとるか?」
あかりが首を傾げる。
「空港、止まらなかったですよ?」
麻衣も真面目に頷く。
「それが一番です」
美咲は静かに言った。
「任務完了です」
玲奈は三人を見た。
何も言えなかった。
その無邪気さが、救いでもあった。
同時に、怖さでもあった。
彼女たちは強くなった。
場数を踏み、危険を越え、判断できるようになった。
だからこそ、県警本部はもっと求める。
もっと危険な任務へ。
もっと深い場所へ。
もっと前線へ。
玲奈には、それが許せなかった。
美音は静かに端末を閉じた。
「空港は守れました」
玲奈は短く答える。
「ようやった」
それ以上は言わない。
空港島の外では、また飛行機が動き始めていた。
貨物地区では牽引車が走り、ロビーでは案内放送が流れ、展望デッキでは何も知らない客が離陸機を見送っている。
平穏は戻った。
だが、玲奈の中では別の警報が鳴り続けていた。
黒鷹は凶悪化している。
県警本部はNSTを特殊部隊扱いし始めている。
そしてメンバーたちは、自分たちの危険にまだどこか無邪気だった。
海上空港非常線、第75話。
空港島は止まらなかった。
だが、玲奈の心の非常線は、また一段深く引かれた。




