海上空港非常線 第73話 消えた警護計画、二重の指揮系統 ― コマンド・コンフリクト
県警本部は、NSTを評価していた。
評価していたからこそ、管理しようとした。
貨物機爆破未遂を防いだことで、NSTの名はさらに本部内で重くなった。
河合美音の解析力。大西結月の機動力。彩香の現場指揮。麻衣、美咲、あかり、迫田ツインズの潜入能力。
どれも、普通の警察組織では代替しにくい。
本部の答えは単純だった。
「NSTを、県警本部の直接統制下に置く」
玲奈は会議室で静かに言った。
「現場が死にます」
県警幹部の顔が硬くなる。
「君たちの能力を、より有効に使うためです」
「使う、という言い方がすでに危ない」
玲奈の声は低い。
だが、熱があった。
「NSTは便利な駒やありません。現場の空気、客の流れ、危険の匂いを読んで動いています。机の上の承認待ちで止まる部隊やない」
「岡本警部補。君は県警からの出向者だ」
その一言で空気が変わる。
玲奈は反論を飲み込んだ。
県警に逆らいきれない立場。
それでも、目は逸らさない。
「分かっています」
そして、静かに続けた。
「だからこそ言います。現場を壊さないでください」
その直後、事件は起きた。
海外政府関係者の極秘訪問。
海上空港経由で入国する予定の要人警護計画が、黒鷹に狙われた。
問題は、警護計画が一つではなかったことだ。
県警本部案。
空港警察案。
NST想定案。
三つの計画が並立し、情報共有は不完全。
それぞれの導線、警備配置、予備ルートが微妙に違う。
彩香は無線を聞きながら低く言った。
「どれが本物やねん」
里緒も苦い顔をする。
「空港警察側にも、本部から別指示が来ています」
梓が映像を切りながら告げる。
「指揮系統が重複しています。黒鷹が混乱を利用しています」
玲奈は一瞬だけ目を閉じた。
黒鷹が強いのではない。
こちらが勝手に崩れている。
それでも、現場は止められない。
玲奈は彩香を見た。
「彩香」
「はい」
「現場指揮、全部渡す」
彩香の目が鋭くなる。
「ええんですか」
「ええ。私は本部を抑える。お前は現場を守れ」
玲奈は続けた。
「里緒と組め。NSTと空港警察の線を一本にしろ」
彩香は短く頷いた。
「了解です」
現場は、そこから一気に変わった。
彩香がNSTを動かす。
「迫田ツインズ、VIP導線を細くせぇ」
「美咲、裏口」
「美音、計画書の差異を拾って」
「結月、予備ルート待機」
「あかり、最後まで待て」
里緒が空港警察を動かす。
「制服警官は表に出しすぎないでください」
「関係者通路の確認は通常点検名目で」
「本部指示と現場指示が割れた場合、私へ戻してください」
二人の声が、別々の組織を一本にする。
上層部は揉めている。
だが現場は、プロだった。
黒鷹の工作員は、偽の警護計画に紛れた“本物の穴”へ入ろうとする。
要人導線ではなく、計画書データそのものを盗む狙いだった。
警護ルートが漏れれば、次の襲撃はもっと凶悪になる。
梓が告げる。
「対象、関係者端末へ接触」
彩香が動く。
「閉じる」
美咲が退路を消す。
迫田ツインズが人流を曲げる。
美音が偽データを隔離する。
里緒が空港警察を自然に配置する。
工作員が走る。
彩香が前に出た。
「その計画、外には出されへん」
男が逃げようとする。
だが、背後には里緒がいた。
「確認にご協力ください」
短い追跡。
短い制圧。
黒鷹の端末は押収された。
警護計画の流出は止まった。
任務完了。
県警本部は結果だけを見た。
「成功した」
「新体制でも対応可能だった」
彩香は詰所で吐き捨てる。
「どこがや。現場は崩壊寸前やったわ」
里緒も珍しく厳しい顔だった。
「本部指示が二重に来ると、現場は判断が遅れます」
玲奈は黙っていた。
本部に反論した。
現場を守った。
彩香へ指揮を渡した。
任務は成功した。
だが、玲奈の立場はさらに悪くなった。
県警本部から見れば、玲奈は“現場判断”を盾に管理を拒む存在。
NSTから見れば、玲奈は本部と戦いながら、時にメンバーを止める存在。
空港警察から見ても、調整役として負荷が大きすぎる。
玲奈は、少しずつ孤立していた。
夜の詰所。
彩香が声をかける。
「玲奈さん」
「何や」
「今日、玲奈さんが本部を止めてくれたから、現場は動けました」
玲奈は短く答える。
「お前らが動いたからや」
「でも、玲奈さんが全部背負ってる」
玲奈は少しだけ沈黙した。
「背負うのが仕事や」
彩香は黙って玲奈を見る。
普段、玲奈は多くを語らない。
褒める時も短い。
怒る時も静か。
弱音は吐かない。
だが彩香には分かっていた。
玲奈は冷たいのではない。
冷たく見えるほど、熱いものを奥に押し込んでいるだけだ。
「私は現場を守ります」
彩香は言った。
「玲奈さんは、玲奈さんの線を守ってください」
玲奈は横目で彩香を見た。
「偉そうになったな」
「現場キャップですから」
玲奈の口元は緩まない。
だが、ほんの少しだけ目が柔らかくなった。
「頼むで」
それだけだった。
彩香には十分だった。
海上空港非常線。
敵は、黒鷹だけではなかった。
重なる指揮系統。
管理したがる上層部。
それでも現場を守ろうとする者たち。
玲奈は孤立を深めた。
だが、完全な孤独ではなかった。
少なくとも彩香だけは、静かなる美貌のボスが何を守ろうとしているのか、分かっていた。




