海上空港非常線 第70話 騒がしい見学会、静かな侵入者 ― オープン・エアポート
海上空港が一年で最も賑わう日の一つだった。
「オープン・エアポート」。
普段は立ち入ることのできない空港施設を一般公開する特別イベントである。
整備エリア。
手荷物仕分け施設。
ランプエリア。
航空機見学。
親子連れ、航空ファン、地元住民。
数千人規模の来場者が空港島へ集まっていた。
その賑わいを見下ろしながら、玲奈は作戦室で腕を組んでいた。
「黒鷹が動くなら今日や」
誰も反論しない。
大量の一般客。
広大な見学ルート。
普段より広く開放される施設。
工作員が紛れ込むには絶好の日だった。
問題は。
誰が工作員か分からないことだった。
梓が報告する。
「招待客の中に複数名混入している可能性があります」
「ただし身元は不明です」
彩香が顔をしかめる。
「全員怪しいいうことやな」
玲奈は短く言った。
「客は守る」
「騒ぎは起こすな」
「黒鷹だけ抜け」
その時だった。
監視モニターの一つに見慣れた人物が映る。
長身。
黒髪。
爽やかな笑顔。
神戸放送のレポーター。
三好さつき。
彩香は嫌な予感しかしなかった。
「……また来たんか」
さらに画面が切り替わる。
その横に。
明るいツインテール。
満面の笑顔。
赤嶺美月。
彩香は机に額をぶつけた。
「終わった……」
あかりが心配そうに聞く。
「大丈夫ですか?」
彩香は顔を上げた。
「大丈夫ちゃう」
「最悪の組み合わせや」
神戸放送の取材。
さつき。
美月。
人混み。
黒鷹。
嫌な予感しかない。
現場では。
さつきが早速カメラへ向かっていた。
「今日は海上空港の特別見学会にお邪魔しています!」
その隣で。
美月は興奮していた。
「うわー!」
「めっちゃ広いやん!」
「飛行機近い!」
「テンション上がるわー!」
彩香はモニターを見ながら呻く。
「静かにしてくれ……」
しかし美月にそれは無理だった。
そんな中。
麻衣がぽつりと言った。
「利用しましょう」
全員が振り返る。
彩香。
「何をや」
「美月さんです」
作戦室が静かになる。
麻衣は続けた。
「美月さんがいると、人が集まります」
「注目も集まります」
「だから逆に、避ける人が目立ちます」
玲奈の目が細くなる。
「続けろ」
「黒鷹は騒ぎを嫌います」
「目立ちたくないからです」
「だから美月さんを中心に置けば、近寄りたくない人間が浮きます」
数秒の沈黙。
そして玲奈。
「やれ」
美月は何も知らない。
「え?」
「子どもたちに説明したらええの?」
麻衣が微笑む。
「お願いします」
美月は即答した。
「任せとき!」
そこからは大騒ぎだった。
飛行機のタイヤ展示。
「見てみ!」
「ウチよりデカい!」
子どもたち爆笑。
エンジン展示。
「これで空飛ぶんやで!」
さらに人が集まる。
さつきもノリノリだった。
「美月さん大人気ですね!」
「せやろ!」
彩香は頭を抱える。
「うるさい……」
だが。
麻衣の予想通りだった。
人混みを避けるように数名が動き始める。
梓が映像を止める。
「対象候補三名」
「導線が不自然です」
あおいも上空から報告。
「一名が非常ゲート方向を確認しています」
「別の一名が搬入口へ向かっています」
麻衣。
「当たりです」
黒鷹の工作員たちは焦っていた。
美月の周囲は予想以上の人だかりになっていた。
近づけば目立つ。
離れれば逆に浮く。
結果。
動きが不自然になる。
その瞬間をNSTは見逃さなかった。
玲奈。
「閉じろ」
一斉に動く。
迫田ツインズが案内係として人流を整理。
美咲が裏通路を封鎖。
里緒が空港警察を配置。
結月が外周を監視。
美音が搬入口を押さえる。
そして。
最後の切り札。
あかり。
今日のあかりは。
また着ぐるみだった。
空港マスコット。
ふわふわ。
丸い。
可愛い。
だが中身は前線アタッカー。
工作員が子どもたちの列へ紛れようとした瞬間。
あかりが前へ出る。
子どもたちは歓声を上げる。
「マスコットだ!」
「かわいい!」
工作員は突破しようとする。
あかりは回転した。
塞ぐ。
また回る。
塞ぐ。
外から見ると。
完全にショーだった。
工作員が押す。
あかりが押し返す。
転ぶ。
立ち上がる。
また転ぶ。
子どもたち大爆笑。
「がんばれー!」
「負けるなー!」
実際は本気で捕まえている。
しかし誰も気付かない。
彩香は呆れた。
「また着ぐるみで戦っとる……」
最後はあかりが工作員を転ばせる。
里緒が確保。
残りも全員排除。
黒鷹の工作は失敗した。
一般客は誰一人気付かない。
見学会は大成功。
さつきは最後のレポートを始める。
夕暮れ。
滑走路。
飛行機。
笑う子どもたち。
「海上空港の魅力が詰まった一日でした!」
「皆さんもぜひ遊びに来てください!」
美月も満足そうだった。
「楽しかったわー!」
「マスコット強かったな!」
もちろん。
何も知らない。
任務後。
空港詰所。
彩香は椅子に倒れ込んだ。
「あのアホツインテール……」
あかりが苦笑する。
「でも役立ちましたよ?」
「それが腹立つねん」
「黒鷹を炙り出しましたし」
「分かっとる」
「分かっとるけど腹立つ」
あかりは笑った。
「難しいですね」
彩香は天井を見る。
「あいつ、存在そのものが騒音や」
「ひどいですよ」
「ほんまやろ」
玲奈の口元がほんの少しだけ緩む。
誰も気付かない。
海上空港の夜は静かだった。
今日もまた。
騒がしい見学会の裏側で。
誰にも知られず。
非常線は守られた。




