海上空港非常線 第69話 消えた遺失物、増えた忘れ物 ― ロスト・アンド・ファウンド
海上空港の遺失物センターは、空港の記憶が集まる場所だった。
財布、スマートフォン、パスケース、帽子、ぬいぐるみ、土産袋、片方だけの手袋。
旅客が落としたもの、忘れたもの、置き去りにしたものが、番号を振られて静かに保管される。
黒鷹は、そこを使った。
狙いは、忘れ物に偽装した情報媒体の受け渡し。
空港内で直接手渡しすれば監視に引っかかる。だが、遺失物として届け、別人が「自分のもの」として受け取れば、自然に空港外へ出せる。
玲奈は短く命じる。
「忘れ物の中から、黒鷹の記憶を拾え」
投入されたのは迫田ツインズ。
澄香と澪香は遺失物センターのスタッフに扮する。
これがまた、異常なほど馴染んだ。
澄香は受付で落とし主の話を丁寧に聞き、特徴を確認し、保管番号を照合する。
澪香は奥で登録データ、保管棚、届出時刻を整理する。
「黒い財布ですね。中に交通系カードは入っていましたか?」
「ぬいぐるみは何色ですか? 目印になるリボンなどは?」
「パスケースなら、届いていればこちらの棚です」
あまりに手際がよく、空港職員が本気で感心する。
「お二人、本当に臨時ですか?」
「このまま遺失物センターに入ってほしいくらいです」
彩香はモニター越しに呟く。
「また本職と間違われとる……」
そこへ、災厄が来る。
赤嶺美月。
「すんませーん! パスケース落としたかもしれんのですけど!」
明るいツインテールを揺らしながら、遺失物センターへ入ってくる。
そして受付の澄香を見るなり、満面の笑み。
「おぉ、澪香やん! 今度は遺失物センターで任務? 大変やなぁ」
間違えている。
澄香だ。
だが澄香は訂正しない。
「落とされた物の特徴を教えてください」
美月は椅子に座り、喋り始める。
「赤っぽいパスケースやねん。中に交通系カードと、あとお気に入りのカフェのポイントカード入ってる。あれ無くしたら痛いねん。けちのんに交通費精算するときも面倒やしなぁ。ほんま最近ついてへんわ」
澄香は真面目なので、ちゃんと調べる。
「届出時刻は分かりますか?」
「分からへん。空港来て、トイレ行って、売店寄って、レストラン見て、なんか喉乾いたなぁ思って……あ、途中でアイス食べたわ」
「行動範囲が広いですね」
「せやろ? ウチ、落ち着きないねん」
モニター前の彩香が額を押さえる。
「自覚あるんかい」
その時、澪香が奥から報告する。
「不自然な遺失物、出ました」
黒い小型ポーチ。
届出人は匿名。
受取希望者は別名義。
特徴説明が妙に正確すぎる。
普通の落とし物なら、持ち主は焦る。
だが、この受取希望者は落ち着きすぎていた。
澄香の表情が変わる。
「美月さん、少しお待ちください」
「え、パスケースは?」
「確認中です」
澄香は美月をその場に置いたまま、すかさず任務へ入る。
美月はぽつんと残される。
「……え? ウチ置いてけぼり?」
お笑いのような空気を残しつつ、任務は一気に動く。
澪香は保管棚の奥で黒いポーチを確認。
美音が微弱な電子反応を拾う。
梓が受取希望者の過去映像を照合し、黒鷹の連絡役と一致させる。
玲奈が命じる。
「受け取りに来させろ。そこで閉じる」
澄香は受付へ戻り、受取希望者に自然に対応する。
「特徴を確認します。中に何が入っていますか?」
男は答える。
「黒いポーチ。銀色のファスナー。中に古いイヤホン」
説明は合っている。
合いすぎている。
澄香が微笑む。
「確認いたします」
その間に澪香が裏からポーチを差し替え、ダミーを準備。
迫田ツインズの連携は静かで速い。
男が受け取って立ち去ろうとした瞬間、里緒が空港警察として前に出る。
「確認にご協力ください」
男が逃げる。
だが出口には彩香。
背後には美咲。
横からあかりが飛び込む。
「確保です!」
ポーチの内側には、薄い記録媒体が縫い込まれていた。
中身は、空港内で予定されていた別件の工作指示と、協力者リストの一部。
任務完了。
その頃、美月はまだ待っていた。
「なぁ、澪香ぁ、ウチのパスケースまだ?」
澄香が戻る。
「澄香です」
「え? あ、また間違えたわ」
結局、美月のパスケースは売店で見つかった。
ただの置き忘れだった。
美月は笑う。
「いやー助かったわ。やっぱ遺失物センター大事やな。澪香も頑張りや」
「澄香です」
「せやったせやった」
最後まで軽い。
任務後、詰所で彩香は怒り心頭だった。
「あのアホツインテール、エエ加減にせえよ。あいつは落ち着きないから落とし物するんや。このドアホ」
あかりが慌ててフォローする。
「でも、パスケース見つかって良かったじゃないですか」
「そこやない!」
「澄香さんもちゃんと対応してましたし」
「任務中に余計な仕事増やしとるやろ!」
「でも美月さん、悪気はないです」
「悪気ない災害が一番厄介なんや!」
玲奈の口元が、ほんの少し緩む。
迫田ツインズは、同じ顔で静かに笑っていた。
空港の遺失物センターには、今日も忘れ物が届く。
だがその中に紛れた黒鷹の指令は、二つの微笑みによって静かに拾い上げられた。




