海上空港非常線 第67話 海を越える宅配便、届かぬ小包 ― カーゴ・エクスプレス
海上空港の国際宅配カウンターで、妙な苦情が続いていた。
荷物は出した。
伝票もある。
追跡番号も残っている。
だが、届かない。
最初は単なる配送ミスに見えた。繁忙期なら、小包の遅れや仕分けの乱れは珍しくない。だが、紛失した荷物の中身には共通点がなかった。
食品。
衣類。
書類。
雑貨。
どれも高価ではない。盗む意味が薄い。
玲奈は報告書を閉じ、静かに言った。
「荷物が目的やない。伝票や」
黒鷹は、宅配便そのものを通信網にしていた。
営業所コード、配送区分、積替時刻、伝票番号の末尾。
一見ただの配送情報に見える数字の並びを組み合わせ、暗号にする。荷物はただの囮。届いても届かなくても構わない。重要なのは、どの伝票がどの経路を通ったかだった。
美音が端末を見ながら言う。
「解析だけでは読みにくいです。物流の実務を知っている人間が必要です」
玲奈はすぐに連絡を入れた。
呼ばれたのは、伊吹真白。
岐阜県大垣市在住。
カンガルーマークの大手運送会社で現役トラックドライバーとして働く、物流のスペシャリスト。小柄で色白、見た目だけなら病弱そうな美少女だが、その印象は完全に罠だった。
伊吹山から吹き下ろす冷たい風、伊吹おろしに鍛えられた足腰は強靭。戦隊ヒロインとしても跳躍力は屈指で、その跳び上がりは仲間内で「カンガルージャンプ」と呼ばれている。小さな体でトラックを操り、荷物を運び、現場の空気を読む。派手ではないが、物流の流れを肌で知る女だった。
真白は詰所に到着すると、差し出された伝票を黙って眺めた。
数秒。
「これ、変です」
彩香が目を上げる。
「もう分かるんか?」
真白は伝票を指差した。
「この荷物、この経由は普通しません。遠回りです。あと、この積替コードも変です。届けるためのルートじゃなくて、番号を通すためのルートです」
玲奈の目が細くなる。
「当たりやな」
真白はさらに数枚を見比べる。
「こっちは食品なのに保冷扱いの経由が弱いです。こっちは雑貨なのに、時間指定の入り方が妙です。全部、荷物そのものより伝票番号を動かすために組まれてます」
梓が解析画面へ落とし込む。
「暗号の骨格が見えました。次の受け渡し地点は、市街地側の配送センター周辺です」
玲奈は短く命じた。
「空港から出た後が勝負や」
今回の前線は三つの車輪だった。
河合美音の大型自動二輪。
大西結月の自転車。
そして、伊吹真白の配送トラック。
美音は広い幹線道路と港湾道路を切る。
結月は車では入れない裏道を走る。
真白は物流車両として、配送の流れに溶け込む。
三者三様の機動戦だった。
海上空港を出た小型配送車両は、市街地へ向かった。
美音は大型二輪で先行する。
港湾道路の車線、信号の癖、配送車の加速。すべてを読んで距離を詰める。
「対象車両、港側へ入ります」
真白のトラックは、少し後ろから自然に追う。
堂々とした配送車両の走り。急がない。焦らない。だが、絶対に見失わない。
「この時間なら、普通は次の積替場へ寄ります」
真白はハンドルを握りながら言った。
「でも、黒鷹が使うなら、その手前で伝票だけ渡します。荷物を動かす必要はないので」
結月は市街地側の裏導線へ入った。
自転車が細い道を切る。
商店街の裏、歩道橋の下、公園脇、車止めのある小道。大型二輪もトラックも入れない場所を、結月だけが抜ける。
「裏から切れます」
玲奈が短く返す。
「任せる」
美音が前方の動きを読む。
「対象、速度を落としました」
真白が即座に言う。
「そこで渡す気です。配送センター前ではなく、手前の路地」
梓が監視映像を重ねる。
「一致しました。受け渡し役、路地奥にいます」
彩香が低く言う。
「閉じるで」
黒鷹の工作員は、配送センター手前で車を降りた。
手に持っているのは小包ではない。
伝票の束。
そこに、次の資金受け渡し地点と警備の穴を示す暗号が隠されていた。
美音が大型二輪で広い道を塞ぐ。
「行かせません」
エンジン音が低く響く。
工作員が別方向へ逃げようとすると、真白のトラックが自然に前へ入った。配送車両としては不自然でない位置。だが、逃走路は狭まった。
「ここで止まります」
真白の声は穏やかだったが、判断は鋭い。
工作員は細い路地へ逃げ込む。
車もバイクも入りにくい道。
だが、そこは結月の領域だった。
自転車のチェーン音が近づく。
「止まりなさい!」
工作員が振り返る。
結月はもう前にいた。路地の出口へ先回りし、自転車を横にして退路を塞ぐ。
相手が突破しようとした瞬間、結月は一歩踏み込み、手首を押さえた。相手の体勢が崩れる。伝票束が落ちかける。
だが、結月の手が先だった。
「ここまでです」
伝票は地面に落ちる前に確保された。
任務完了。
詰所へ戻ると、玲奈は真白を見た。
「助かった」
彩香も素直に頭を下げる。
「真白がおらんかったら、伝票の意味は読めへんかったわ。物流の人間にしか分からん違和感やった」
真白は少し照れたように笑った。
「お役に立てて何よりです」
その言い方が、真白らしかった。大仕事をした自覚はあるのに、偉ぶらない。トラックドライバーとして、戦隊ヒロインとして、自分の仕事をしただけという顔だった。
美音は静かに言う。
「結月さんがいなければ、最後は逃げられていました」
結月も首を振る。
「美音さんが広い道を切って、真白さんが物流の流れを読んだからです。私は最後を塞いだだけです」
玲奈は短く言った。
「ええ機動戦やった」
海上空港から市街地へ。
小包は届かなかった。
だが、黒鷹の暗号も届かなかった。
伝票番号は、嘘をつく。
だが、本物の物流を知る者には、その嘘の形が見える。
その夜、海を越える宅配便の影を追ったのは、三つの車輪だった。
大型二輪の美音。
自転車の結月。
そして、カンガルーマークのトラックを駆る伊吹真白。
空港の非常線は、また一つ、市街地の物流網まで伸びた。




