海上空港非常線 第66話 笑う着ぐるみ、消えたマスコット ― エアポート・フェスティバル
海上空港が、妙に明るかった。
出発ロビーには親子連れがあふれ、展望デッキにはカメラを持った客が並び、イベント広場には空港会社ののぼりが立っている。制服体験、管制官ごっこ、限定グッズ販売、そして空港マスコットとの撮影会。
名目は、空港フェスティバル。
だが、玲奈は資料を見て短く言った。
「楽しい場所ほど、黒鷹は使う」
情報は一本。
黒鷹がイベントスタッフに紛れ、関係者通路へ侵入する可能性あり。狙いはVIP導線と空港イベント時の警備配置の記録。子どもと家族連れが多い。荒く動けば、それだけで現場は崩れる。
玲奈は言った。
「子どもを巻き込むな。騒がせずに中身を剥がせ」
今回の前線は、あかりと彩香。
そして、あかりに渡された任務服は――着ぐるみだった。
「……これ、私ですか?」
「お前や」
彩香が即答した。
空港の丸っこい鳥型マスコット。大きな目、短い翼、ふかふかの胴体。見た目は可愛い。だが中は暑い。視界は狭い。動きにくい。
しかし、あかりは妙に向いていた。
最初こそ壁にぶつかりかけたが、数分後には子どもたちの前でキレのあるステップを踏み、くるりと回転し、両手を振って愛嬌を振りまいていた。
声は出せない。
だから身振りだけで伝える。
それが逆に良かった。
「このマスコット、めっちゃ動ける!」
「写真撮って!」
「もう一回ジャンプして!」
子どもたちは大喜びだった。
彩香はモニター越しに呆れる。
「あいつ、スーツアクター向いてるやん……」
麻衣は親子連れの導線を見ながら笑う。
「あかりちゃん、子どもに好かれてますね」
梓は淡々と言う。
「運動性能が通常マスコット比で異常です」
その時、正規マスコットの一体が消えた。
代わりに現れた別の着ぐるみ。
見た目は同じ。だが動きが違う。
麻衣が気づく。
「あのマスコット、子どもを見てません。奥の関係者通路ばかり見ています」
梓も映像を止める。
「歩幅が登録スタッフと一致しません。別人です」
彩香の声が低くなる。
「来たな」
偽マスコットは、子どもたちに囲まれたふりをして関係者通路へ寄っていく。中に小型端末を隠している可能性が高い。
彩香が指示する。
「あかり、正面から潰すな。子どもが見とる。イベントに見せろ」
「はい!」
あかりは鳥型マスコットのまま、偽マスコットの前へ出た。
そして突然、踊り始めた。
両手をぱたぱた。
大きくターン。
謎の決めポーズ。
子どもたちが歓声を上げる。
偽マスコットは避けようとするが、あかりは踊りながら進路を塞ぐ。右へ行けば右。左へ逃げれば左。コミカルなダンスに見えるが、実際には完全な進路封鎖だった。
「うわー! マスコット同士で遊んでる!」
その声に、さらに人が集まる。
偽マスコットが焦った。
関係者通路へ走る。
あかりも走った。
可愛らしい鳥型マスコットが全力疾走する。
その姿は、緊迫しているはずなのにどう見ても面白い。大きな頭が揺れ、短い翼がばたつき、丸い胴体が左右に跳ねる。
彩香が思わず呟く。
「絵面がアホすぎる……」
だが、あかりは本気だった。
バックヤード手前で追いつく。
偽マスコットが振り返り、殴りかかる。
着ぐるみ同士の格闘。
本気の殴り合いだった。
だが、外から見ると完全に寸劇だった。
偽マスコットが大きく腕を振る。
あかりがかわす。
くるりと回る。
相手の腕を取り、体勢を崩す。
子どもたちは大歓声。
「すごーい!」
「マスコット強い!」
「もう一回やって!」
偽マスコットは必死。
あかりは真剣。
観客は大喜び。
あかりは相手の足元へ低く入り、丸い体で押し込むようにして壁際へ追い詰めた。最後は翼のような手で相手の腕を固め、転がる寸前で制圧する。
「確保です!」
声は着ぐるみの中でくぐもって、外にはほとんど聞こえない。
彩香が飛び込む。
美咲が関係者通路を塞ぐ。
里緒が空港警察を自然に入れる。
偽マスコットの中からは、黒鷹の工作員と小型端末が見つかった。消えた正規スタッフも、バックヤードの倉庫で無事保護された。
表向きには、ただのマスコット寸劇。
イベント広場には拍手が起きていた。
任務後。
着ぐるみを脱いだあかりは汗だくだった。
「暑かったです……」
彩香は呆れながらも、珍しくまっすぐ褒めた。
「あかり、今日はようやった。着ぐるみで格闘する奴、初めて見たわ」
あかりは少し照れる。
「子どもたち、怖がらせずに済みました」
玲奈は短く言った。
「それでええ。守る相手を間違えへんかった」
空港運営会社の担当者は興奮気味だった。
「今日のマスコット、すごく評判が良かったです。次回もぜひお願いできませんか?」
彩香は吹き出しかける。
「あかり、正式にスーツアクター採用されるんちゃうか」
あかりは少し考えてから言った。
「任務なら頑張りますけど、暑いからたまにでいいです」
彩香が肩をすくめる。
「いっそのこと着ぐるみで任務つくか」
「暑いからたまにでいいです」
玲奈の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
海上空港のフェスティバルは、何事もなかったように続いた。
子どもたちは笑い、親たちは写真を撮り、マスコットショーは大成功だったと語られた。
誰も知らない。
その可愛らしい着ぐるみの中で、あかりが本気で黒鷹と戦っていたことを。
そして、空港の楽しい一日が、丸い鳥型マスコットの敢闘精神で守られたことを。




