海上空港非常線 第62話 ボロ車両に眠る爆弾、静謐の眼 ― スピリット・バスライン
海上空港に、一本の犯行声明が届いた。
「路線バスの車両に爆弾を仕掛けた」
要求はない。
声明文も雑。
黒鷹の名もない。
愉快犯か。
それとも、黒鷹が混乱だけを狙って投げ込んだ火種か。
玲奈は資料を見て、低く言った。
「本物なら乗客が死ぬ。隠密で探す」
対象は、海沿いを走る私鉄グループのバス会社だった。空港周辺にも乗り入れ、神戸市街地や湾岸部を結ぶ生活路線を持っている。
ただし、彩香の評価は辛い。
「またこのグループかいな。山沿い走っとる方のバスは、まあまあ綺麗なんですけどね。こっちの海沿いは……」
資料写真を見て、彩香は言い切った。
「ボロい」
玲奈も淡々と頷く。
「ボロやな」
あかりが小声で言う。
「ボロって言い過ぎでは?」
彩香は即答した。
「やかましいわ。事実や」
確かに、綺麗な車両もないわけではない。だが少ない。多くは年季が入り、座席も床もどこか古く、エンジン音も生活感に満ちている。
問題は台数だった。
対象車両が多すぎる。
そこで呼ばれるはずだったのが、常陸太田市の農民兼戦隊ヒロイン、山口唯奈。
緩い魔法少女で、透視能力を持つ。野球チップスのおまけカードを袋の外から当てる程度には見える女だった。
玲奈が通信を繋ぐと、画面に畑とトラクターが映った。
「唯奈、来られるか」
画面の向こうで唯奈は叫んだ。
「いま無理だっぺよ!こっちは繁農期なんだがん!畑ほっぽって神戸なんか行げっかよ、白菜も芋も待っちゃくんねぇんだっぺ!」
彩香が固まる。
「……何割か分からんかった」
あかりが真顔で言う。
「白菜が大事なのは分かりました」
結局、唯奈は来られなかった。
代わりに投入されたのが、神門結衣。
島根県出雲市出身、現在は広島市在住。実家は出雲大社近くの土産物屋。巫女ではない。だが、静かな立ち姿と不思議な雰囲気から、戦隊ヒロイン内では「出雲の静謐」と呼ばれている。
結衣は物静かに言った。
「見える時は、見えます」
彩香が尋ねる。
「見えへん時は?」
「見えません」
「不安やな」
それでも、他に手はなかった。
兵庫県内某所のバスターミナル。
場所は明かせない。
乗り場には、問題の海沿い庶民派バス会社の車両が次々と入ってくる。
古い。
揺れそう。
生活感が濃い。
玲奈が言う。
「ボロを見ろ」
彩香も言う。
「綺麗な方ちゃうで。ボロい方や」
あかりがまた突っ込む。
「やっぱりボロ連発し過ぎでは?」
「やかましいわ」
結衣は一台ずつ、静かに車内を見る。
外から眺めるだけではない。視線を沈めるようにして、座席下、荷物棚、最後列、運転席裏を透かす。
一台目、違う。
二台目、違う。
三台目、古いが違う。
四台目、かなり古いが違う。
彩香がぼやく。
「ボロ率高すぎるやろ」
玲奈も無表情で言う。
「ボロの中から本命のボロを探す任務やな」
あかりが疲れた声で言う。
「もう何の任務か分からなくなってきました」
結衣は黙々と見続ける。
やがて、最後列近くの窓際に不自然なバッグを見つけた。
「……それっぽいの、ありました」
全員が止まる。
車両は古い。
しかも、かなり古い。
彩香が低く言う。
「本命のボロや」
あかりがもう諦めた顔で言う。
「言うと思いました」
バッグは忘れ物に見えた。だが、結衣の表情は変わらない。
「中に、あります。線も見えます」
玲奈が即座に命じる。
「あかり、回収」
あかりが走る。
「慎重に行け」
彩香が叫ぶ。
「はい!」
「走るな!」
「急いで慎重に行きます!」
「日本語おかしいわ!」
あかりは車内へ入り、乗客を近づけないよう自然に誘導しながらバッグを回収する。爆発物処理班を呼ぶには時間がない。安全エリアへ移したところで、結衣が再び透視した。
「解除できます。たぶん」
彩香が顔をしかめる。
「たぶん言うな」
結衣は淡々と続ける。
「赤ではないです。白です。白線を外して、その後、銀色の端子を止めてください」
あかりが工具を持つ。
「私がやるんですか?」
玲奈は短く言う。
「やれる」
彩香も真顔で頷く。
「結衣の言う通りに動け。手は震わせるな」
あかりの目が変わる。
「はい」
爆弾は小型だったが、本物だった。
愉快犯の脅しでは済まない。もし運行中に爆発していれば、車内の乗客は助からなかった。
結衣が静かにナビゲートする。
「右下。違います、少し奥です」
「これですか?」
「はい。白線です」
あかりが白線を外す。
「次、銀色の端子」
「これ?」
「それです。ゆっくり」
あかりは息を止める。
端子を固定する。
小さなランプが消えた。
沈黙。
解除成功。
彩香が大きく息を吐く。
「あかり、ようやった」
あかりはその場にへたり込みかけた。
「怖かったです……」
結衣は静かに言う。
「見えていても、怖いものは怖いです」
玲奈が短く評価した。
「二人とも、ええ仕事や」
詰所に戻っても、玲奈と彩香はまだ言っていた。
「結局、ボロ車両やったな」
「せやな。かなりのボロでした」
「綺麗な方やなかった」
「完全にボロい方です」
あかりが疲れた顔で言う。
「まだボロ言ってる……」
彩香は即答する。
「やかましいわ。今日はボロのおかげで助かったんや」
「助かったなら、少し褒めてもいいのでは?」
玲奈が静かに言った。
「味のあるボロやった」
あかりは首を傾げる。
「それ褒めてます?」
結衣は小さく微笑んだ。
「でも、車両にも役目があります」
彩香が苦笑する。
「出雲の静謐に言われると、ちょっとええ話に聞こえるな」
玲奈の口元が、ほんの少し緩んだ。
今回の敵は、見えない爆弾だった。
そして、それを止めたのは、静かな透視の眼と、震えながらも最後まで手を止めなかったあかりの度胸だった。




