海上空港非常線 第63話 ボロ車両に乗った嵐 ― タクシー・シャドウメーター
海上空港のタクシープールには、妙な生活感があった。
高級ホテルへ向かう黒塗りの車もあれば、観光客を乗せるワゴンもある。その中に、海沿いの古い電鉄系タクシー会社の車両が並ぶ。庶民的と言えば聞こえはいい。だが、車体は年季が入り、座席も少しくたびれ、メーター周りにも昭和の残り香が漂う。
同じグループでも、山沿いを走る方のタクシー会社はまだ綺麗な車両が多い。
だが、こっちは違う。
彩香は資料を見て、開口一番に言った。
「またあのボロ車両会社の関連かいな」
玲奈も無表情で頷く。
「ボロやな」
あかりが困ったように言う。
「ボロボロ言わんでください」
彩香は即答した。
「実際ボロなんや」
今回、黒鷹が狙ったのは爆弾でも銃撃でもない。空港から乗車する企業関係者や研究者、行政関係者の行き先情報を盗み、尾行・荷物すり替え・盗聴器設置へつなげる地味な情報工作だった。
その要が、このタクシー会社の配車情報。
NSTはすぐに潜入する。
澄香は空港タクシープール管理員。
澪香は配車センター補助。
これが、あまりに似合った。
澄香はタクシー乗り場で乗客を流す。外国人客への案内、荷物の誘導、車両番号の確認まで滑らかだった。
「こちらの車両へどうぞ」
「お荷物は後ろへお積みします」
“Please take this taxi. The driver knows the route.”
利用客は疑わない。
職員も疑わない。
むしろ本職より手際がいい。
澪香も配車センターで、無線、車両番号、乗務員の位置、待機列の入れ替えを即座に把握した。
ベテラン運転手が呟く。
「嬢ちゃん、何年やってるん?」
澪香は微笑む。
「今日で三日目です」
「嘘やろ」
彩香はモニターを見て苦笑する。
「また馴染みすぎとる……」
だが、任務は順調だった。
黒鷹の工作員は、監視対象車両へ偽客を乗せ、移動情報を盗む予定だった。澄香がタクシープールで対象車両を見張り、澪香が配車センターで動きを読む。美音が通信ログを見て、梓が監視映像を切り分ける。
完璧にいくはずだった。
そこへ、災厄が来た。
明るいツインテール。
小柄な体。
大きな声。
赤嶺美月だった。
次のイベント先へ向かうため、空港から市街地へ移動するらしい。だが、経理の鬼・谷口佳乃――通称けちのん――から支給されたのは、この庶民派タクシー会社のチケットだった。
美月はタクシー乗り場で、すでに怒っていた。
「なんでこのボロ会社のタクシーやねん! タクシーチケットおかしいで! もっと綺麗な方あるやろ! けちのんが言わんかったら、こんなボロ乗らへんわ!」
彩香は監視映像を見て固まった。
「何してくれんねん、あのアホツインテール……」
最悪なことに、美月が乗り込んだのは、監視対象車両だった。
プランが一気に狂う。
梓が淡々と言う。
「想定外です」
里緒も苦笑する。
「かなり大きめの想定外ですね」
彩香が低く唸る。
「知っとるわ!」
車内の美月は止まらない。
「運転手さん聞いてぇな。経理のけちのんがな、交通費削れ削れ言うねん。ウチかて戦隊ヒロインやで? せめて綺麗なタクシー乗せてくれてもええやん」
運転手は苦笑い。
黒鷹の監視役も困惑。
「……あれは誰だ」
「重要人物か?」
「いや、ただうるさいだけでは」
だが、その“うるささ”が事態を動かした。
黒鷹側は、美月を重要人物と誤認した。
車内で延々と話し続ける美月の存在感が、逆に「護衛対象か情報保持者」に見えたのだ。
澪香が配車センターで、その変化を拾った。
「黒鷹側、対象を変更しています」
澄香もタクシープール側で頷く。
「美月さんを追わせましょう」
彩香が目を見開く。
「あれを使うんか?」
澪香は穏やかに言った。
「もう使われています。なら、こちらが使います」
ツインズは即座に作戦を変えた。
澪香は配車センターから、対象車両の行き先情報をわずかにずらす。
澄香はタクシープール側で、黒鷹の尾行車両が見える位置へ誘導する。
黒鷹は食いついた。
美月は何も知らず、車内でまだ喋っている。
「ほんでな、イベント先でもな、控室の弁当がな、前よりちょっと小さなってん。絶対経理のけちのんや。あの人、弁当の唐揚げ一個まで計算しとるで。財務省のスバイなんや。」
運転手は完全に聞き役になっていた。
その間に、黒鷹の受け渡し地点が露見する。
美音が言う。
「尾行車両、予定外のルートへ入りました」
梓が映像を切る。
「受け渡し地点、確定」
玲奈が短く命じた。
「閉じろ」
彩香、あかり、美音、里緒が動く。
澄香が外側の導線を締め、澪香が配車情報を使って黒鷹の逃走先を塞ぐ。
あかりが最後に飛び込む。
「確保です!」
黒鷹の工作員から、要人の行き先リストと盗聴器入り端末が押収された。
任務完了。
美月は最後まで何も知らない。
「運転手さん、話聞いてくれてありがとうな。車はボロかったけど、ええ人やったわ」
タクシーを降りた美月は、満足げに去っていった。
空港詰所に戻ると、彩香は怒り心頭だった。
「あのアホツインテール、もう堪忍ならん」
あかりが恐る恐る言う。
「でも、結果的には美月さんのおかげで成功しましたよね?」
「それが余計腹立つねん!」
「今日は何したるんですか?」
彩香は即答した。
「あいつをタクシープールの案内放送にしたる。『次のボロ車両はこちらです、けちのん許さん』って一日中流したる」
「営業妨害ですよ」
「ほな、メーターの音声にしたる。料金上がるたびに『けちのんめ』って鳴るんや」
「お客さん不安になります」
「知るかボケェ! あいつの愚痴の方がよっぽど不安や!」
玲奈の口元が、ほんの少し緩んだ。
澄香と澪香は、同じ顔で静かに笑っていた。
美月という予測不能な嵐を、黒鷹への罠に変えた。
それは、迫田ツインズの機転がなければできなかった勝利だった。
海上空港のタクシープールには、また古い車両が並ぶ。
ボロい。
だが、今日だけはそのボロさも、非常線の一部になった。




