海上空港非常線 第61話 揺れるボロ電車、消えた乗換札 ― レール・シャドウコード
海上空港での任務は終わった。
だが、黒鷹の影は空港島だけで消えるわけではなかった。
神戸市街地へ流れた極小記録媒体が、三宮から大阪梅田方面へ運ばれる。県警本部からの連絡を受け、NSTは空港警備の延長任務として、市街地の私鉄駅へ入った。
舞台は、三宮と梅田を結ぶ海側の古い私鉄路線。
空港には乗り入れていない。
だが、神戸と大阪の下町を細かく縫い、商店街、町工場、住宅地の生活圏へ深く入り込む。逃走にも、受け渡しにも、厄介な路線だった。
ただし、彩香の評価は辛い。
「なんでよりによって、このボロ電車やねん」
大阪と神戸を結ぶなら、北側を走る同じグループのマルーン色の上品な電車を選ぶ者も多い。車内も沿線もどこか落ち着き、高級感がある。
一方、こちらは揺れる。古い。駅も地味。生活臭が強い。
便利ではある。
だが、華はない。
玲奈は淡々と言った。
「だから黒鷹には都合がええ」
今回の狙いは、乗換駅のコインロッカーだった。
極小記録媒体を入れた乗換札を、三宮から梅田方面へ向かう途中のマイナー駅で受け渡す。乗降客は少ないが、生活路線のため人の出入りは途切れない。目立たず、消えるにはちょうどいい。
前線に立つのは、美咲と彩香。
美咲は駅員に扮した。
もう、あまりにも自然だった。
古い改札口に立ち、精算機の案内をし、ホームへ迷った客を誘導する。
「大阪梅田方面は二番線です」
“Please use platform two for Osaka-Umeda.”
「お足元にお気をつけください」
英語案内まで滑らかだった。
彩香は柱陰から見て、思わず呟く。
「美咲、もうこのボロ駅の正規職員やん……」
美咲は静かに返す。
「駅務は、少し楽しいです」
「楽しいんかい」
その時だった。
明るいツインテールが、古いホームに現れた。
赤嶺美月。
「神戸から大阪への移動は、北側走っとる上品なマルーンの電車一択やろ! なんでこのボロ電車乗らなあかんねん!」
彩香の顔が固まる。
「……またか」
美月はホームで文句を言い続ける。
「値段変わらんのに、なんでけちのんが『こっち使え』言うねん! 揺れるし、駅地味やし、なんか昭和の残り香すごいし、なんでや!」
乗客が振り向く。
「あれ、美月ちゃんちゃう?」
「戦隊ヒロインの?」
「写真いいですか?」
美月はすぐ笑顔になる。
「ええで! でも電車来るから手短にな!」
手短にはならない。
駅構内がざわつく。
黒鷹の運び役が、明らかに動揺した。
梓の声が無線に入る。
「対象、予定外に動きました。美月さん周辺の騒ぎを避けています」
美咲は静かにホーム端へ視線を向ける。
「灰色の鞄の男性です。ロッカーへ向かっています」
彩香が低く言う。
「美月の騒ぎが、効いたか」
男は改札脇のロッカーへ急ぐ。
だが、そこには駅員姿の美咲がいた。
「そちら、点検中です」
「すぐ終わる」
「ご利用いただけません」
静かな声。
だが、一歩も退かない。
男が強引に抜けようとした瞬間、彩香が前に出た。
「終わりや」
短い制圧。
灰色の鞄から、極小記録媒体入りの乗換札が見つかった。
任務完了。
美月は最後まで何も知らない。
「なんや知らんけど、この駅めっちゃ賑やかやな。ボロ電車もたまには人気あるんやな!」
彩香はその背中を睨んだ。
空港詰所に戻ると、彩香は怒り心頭だった。
「あのアホツインテール、ホンマええ加減にせえよ」
あかりが首を傾げる。
「でも今回、美月さんのおかげで成功しましたよね?」
「それが余計腹立つねん!」
「今日は何したるんですか?」
彩香は即答した。
「あいつをあのボロ電車の吊り革に括り付けて、終点まで『次は反省、反省です』って車内放送させたる」
「乗客に迷惑ですよ」
「ほな、発車メロディーを全部あいつの愚痴にしたる!」
「余計うるさいです」
「知るかボケェ!」
玲奈の口元が、ほんの少し緩んだ。
美咲は静かに言った。
「でも、駅務は本当に楽しかったです」
彩香はため息をつく。
「美咲だけや、あのボロ電車で癒やしになるんは」
海上空港の非常線は、空港島を越え、三宮から梅田へ向かう古い私鉄駅にまで伸びた。
揺れる車両。
くたびれたホーム。
消えた乗換札。
そして、騒がしいツインテールの愚痴さえも、時には非常線の一部になる。




