海上空港非常線 第59話 止まらない追跡、港町を裂く影 ― シティ・ガードラン
空港島を出た瞬間、戦場は滑走路から街へ変わった。
レオン・クロスを乗せた護送車列は、黒塗りの車両三台。表向きはただのVIP移動。だが、その内側にはNSTの全神経が張り詰めていた。
玲奈の声が無線に落ちる。
「ここから三宮までが本命や。気を抜くな」
車列が連絡橋へ入る。海風が車体を叩き、港町の灯りが遠くに見えた。世界的アーティストを無事に市街地へ届ける。ただそれだけの任務が、今夜は国家の信用を背負っていた。
先行するのは河合美音。大型二輪に跨がった“遠州の勇者”。バイオレットのショートカットがヘルメットの下で揺れ、車線の流れを鋭く読む。
「前方、通常より流れが遅いです」
後方では大西結月が自転車で待機していた。車では入れない側道、歩道橋脇、港湾エリアの細い抜け道。そこを切れるのは、元女子競輪選手の結月だけだった。
そして上空。
若林あおいのヘリが、港町へ向かう線を見下ろしていた。
「第二交差点手前、工事車両が不自然に停車。誘導灯の位置も変です」
あおいの声は冷静だった。空から見える違和感。地上では流れの一部にしか見えないものが、上空からは罠として浮かび上がる。
玲奈が即座に言う。
「美音、前へ。結月、側道から先回り」
「了解」
美音の大型二輪が加速する。車列の前へ滑り込み、工事車両の位置を確認する。荷台にはカラーコーン。だが、積み方が雑すぎる。
「偽装です」
同時に、結月が側道へ入った。自転車とは思えない速度で、細い導線を切る。信号待ちの車列を横目に、彼女だけが港湾道路の裏を抜けていく。
「結月、三十秒で合流できます」
「二十五秒で行きます」
彩香が無線越しに呟く。
「ほんま頼もしいスーパーサブやな」
だが黒鷹も一枚ではない。
偽工事車両は囮だった。本命は、車列の後方から近づく白いワンボックス。護送車列に紛れ、距離を詰め、信号停止の一瞬で横付けする狙いだった。
あおいが叫ぶ。
「後方、白いワンボックス。速度が合いすぎています。偶然じゃない」
美音が即座に車線を変える。
「後ろを切ります」
大型二輪が白いワンボックスと車列の間に入った。美音は無理に止めない。だが、進路を消す。相手が右へ出ようとすれば右へ、左へ振れば左へ。まるで一枚の鋼の壁だった。
「行かせません」
その一言に迷いはない。
一方、結月は先回りしていた。偽工事車両の横を抜け、港湾歩道の脇へ滑り込む。そこで見つけたのは、道路脇に置かれた小型通信装置。車列通過時に信号を乱し、一瞬だけ交差点制御を狂わせる装置だった。
「見つけました」
結月は自転車を止めるより早く降り、装置に手を伸ばす。だが、黒鷹の工作員が飛び出した。
「触るな!」
結月は退かなかった。
「そこは、あなたたちの道じゃありません」
短い押し合い。結月は相手の腕を外し、脚を入れて体勢を崩す。競輪で鍛えた下半身は、接近戦でも強かった。工作員がよろけた瞬間、背後から空港警察が押さえる。
装置は起動前に停止。
同時に、美音が白いワンボックスを完全に分断する。里緒の手配した警察車両が自然な交通整理を装って前方を塞ぎ、梓が監視カメラから逃走先を潰す。
「対象車両、停止」
美音の声。
あおいは上空からさらに先を見る。
「まだ終わっていません。三宮手前、歩道橋上に人物。カメラではなく、照準器に近い動き」
玲奈の声が鋭くなる。
「結月、間に合うか」
「行きます」
結月は再び走り出した。
車列は止められない。止めれば狙われる。流しながら守るしかない。美音は先行し、車線の危険を切る。あおいは上空から全体を読む。結月は街の細い血管を走り、歩道橋へ先回りする。
港町の夜が裂けた。
大型二輪のエンジン音。
自転車のチェーン音。
ヘリのローター音。
三つの機動力が、一本の護送線を守っていた。
歩道橋にいた男が動く。だが、結月の方が早かった。階段下へ滑り込み、自転車を横に倒すように止め、男の退路を塞ぐ。
「ここまでです」
男が逃げようとした瞬間、結月が前へ出る。大きな技はない。だが速い。手首を押さえ、体を壁側へ流し、照準器付きの小型装置を落とさせる。
任務は、また一歩進んだ。
車列は無事に三宮方面へ入る。
無線の向こうで、玲奈が短く言った。
「よう繋いだ」
美音は静かに返す。
「まだ途中です」
結月も息を整えながら言う。
「次も走れます」
あおいが上空から告げる。
「ホテル周辺まで、まだ油断できません」
彩香は低く笑った。
「ほんま、今日は機動班の回やな」
玲奈はモニターを見つめたまま答える。
「美音が切って、結月が塞いで、あおいが見た。三人おらんかったら、車列は止まってた」
港町の灯りが近づく。
レオン・クロスは車内で静かに窓の外を見ていた。何が起きているか、すべては知らない。ただ、神戸の夜景が美しいと呟いた。
その美しさの裏で、黒鷹の罠は一つずつ潰されていた。
だが、玲奈は知っていた。
本当の最後は、宿泊先で来る。
「全員、最終地点へ備えろ」
滑走路を越え、橋を越え、港町の夜を走り抜けた。




