海上空港非常線 第57話 静かな滑走路、騒ぎすぎる歓迎 ― エアポート・ロイヤルガード
海上空港に、世界が降りてくる。
その情報がNSTに入ったのは、到着予定の半日前だった。
来日するのは、レオン・クロス。
世界中のスタジアムを満員にする超大物アーティスト。圧倒的な歌唱力とカリスマ性で知られ、映画音楽、チャリティー活動、平和イベントにも関わる、誰もが名前を知る存在だった。
親日派としても有名だった。
若い頃に日本の古いロック喫茶で聴いたレコードに影響を受け、京都や金沢には何度もお忍びで来ている。日本食、古い商店街、昭和の喫茶店、地方の小さなライブバーを好み、SNSでは時々、流暢ではないが温かい日本語で日本文化への敬意を語る。
だが、神戸は初めてだった。
表向きは完全な極秘来日。
プライベートジェットで海上空港に入り、そのまま三宮市街地の宿泊先へ移動する予定だった。
しかし、黒鷹がその情報を掴んだ。
目的は暗殺。
ただのテロではない。
世界的アーティストが日本国内、それも海上空港から神戸市街地へ向かう途中で襲われれば、国際問題になる。空港警備、県警、政府、戦隊ヒロインプロジェクト、すべてが批判に晒される。
リコールされた元県知事側も、その混乱を政治利用する。
治安崩壊、行政機能不全、国家への不信。
黒鷹が欲しいのは、血だけではない。混乱そのものだった。
仮設詰所で、玲奈は全員を前に立った。
「今回は、いつもと違う」
声は低く、硬かった。
「失敗したら国際問題や。相手は世界中が知っとる人物。黒鷹はそれを分かって狙っとる」
彩香の表情も、いつもの怒りとは違う。
完全に現場キャップの顔だった。
玲奈は続ける。
「護衛対象だけ守ればええんとちゃう。一般客にも、報道にも、空港職員にも、不審な動きを気づかせるな。騒ぎになった時点で、黒鷹の半分勝ちや」
迫田ツインズ、麻衣、美咲、あかり。
美音、あおい、結月。
空港警察の里緒、梓。
全員の顔が引き締まる。
「いつも以上に慎重に動け」
短い沈黙。
玲奈は最後に言った。
「レオン・クロスを、三宮まで無傷で届ける」
作戦が始まった。
空港側は、到着前から異様な空気だった。
極秘のはずだった情報が、なぜか漏れている。
SNSには「レオンが神戸に来るらしい」「プライベートジェット目撃情報」「海上空港に警備増えてる」といった投稿が流れ始めていた。
ファンが集まる。
野次馬が集まる。
空港職員の動きも固くなる。
そして、よりによって。
「えっ!? レオン・クロス来るん!? うそやん、世界的大スターやん!」
明るいツインテールが揺れていた。
赤嶺美月。
野次馬に紛れて、普通に来ていた。
彩香は監視映像を見た瞬間、低く呻いた。
「……なんであのツインテール、今日に限っておるねん」
美月は周囲のファンとすでに盛り上がっている。
「ウチも戦隊ヒロインやけど、レオンは別格やで! 一回だけでも見たいわぁ!」
しかも、自分も微妙に有名人なので、周囲から声をかけられている。
「美月ちゃんも来てるんですか?」
「写真いいですか?」
「レオン好きなんですか?」
「好きやで! そら好きやろ! でも写真は手短にな!」
手短にはならない。
彩香の眉間が深くなる。
「あいつ一人で群衆増やしとるやないか……」
そこへ、二つ目の災厄。
「神戸放送です! 世界的アーティスト、レオン・クロス氏が神戸初訪問か――空港周辺からお伝えします!」
三好さつきだった。
情報番組のレポーターとして、ロケ隊を連れて来ている。
カメラ、音声、照明。
さつきは何も知らず、報道の顔で笑っている。
彩香は額を押さえた。
「増えた……」
玲奈は冷静だった。
「騒ぎも使える。視線を分散しろ」
彩香は渋々頷く。
「了解です」
配置はすぐに決まった。
迫田ツインズはVIP導線付近。
澄香が入口側、澪香が出口側。
麻衣は家族連れや一般客の誘導。
美咲は空港スタッフに扮して、報道陣の背後導線へ。
あかりは即応アタッカーとして待機。
美音は外周の車両導線。
あおいは空と滑走路周辺。
結月は連絡橋側の機動待機。
里緒は空港警察との連携。
梓は監視室で映像解析。
彩香は現場全体を締め、玲奈は全体統括。
それぞれが、自分の位置へ入った。
滑走路の向こうから、プライベートジェットが降りてくる。
白い機体。
静かな着陸。
だが、その機体が空港に触れた瞬間、空気がさらに重くなった。
「到着」
あおいの声。
美音がすぐに言う。
「外周車両、一台だけ不自然に遅れています」
梓も映像を止める。
「報道陣側に、同じ人物が二度映っています。スタッフではありません」
黒鷹は、もう動いていた。
レオン・クロスが機体から降りた。
黒いコート。
銀混じりの髪。
サングラス。
それだけで空気が変わる。
大物だった。
だが、彼は偉ぶらない。
迎えのスタッフへ軽く頭を下げ、日本語で短く言った。
「神戸、初めてです。楽しみにしています」
その穏やかな声が、逆に重かった。
この人物を、守らなければならない。
玲奈の声がインカムに落ちる。
「ここからが本番や」
その瞬間、遠くで小さな騒ぎが起きた。
美月だった。
「見えた!? 今のレオンちゃう!? うわ、ホンモノやん!」
周囲のファンが一斉に動き、視線が乱れる。
同時に、さつきのロケ隊も動く。
「今、専用機らしき機体が到着しました!」
カメラが向く。
照明が動く。
人の流れが歪む。
その歪みを、黒鷹が狙った。
偽空港スタッフがVIP導線へ近づく。
外周では不審車両が位置を変える。
報道陣の中の男が、通信端末を取り出す。
梓が冷たく言う。
「三方向、同時です」
彩香が低く返す。
「やっぱり仕掛けてきたか」
玲奈は一言。
「閉じろ。ただし、見せるな」
迫田ツインズが動く。
澄香は空港スタッフの笑顔で報道陣の流れを曲げる。
「こちらは立ち入りできません。撮影は指定位置でお願いいたします」
澪香はVIP導線の出口を静かに締める。
「関係者証を確認します」
麻衣は子ども連れを安全な側へ流す。
「こちらの方が見やすいですよ。押されないように気をつけてくださいね」
美咲は報道スタッフに紛れた不審者の背後へ、いつの間にか立っていた。
里緒は空港警察の動きを表に出さず、さりげなく人員を配置する。
梓は映像で指示を飛ばす。
「偽スタッフ、右手に金属反応。あかりさん、まだ待機」
あかりは歯を食いしばる。
「はい」
彩香が言う。
「まだや。対象が一般客から離れてからや」
美音が外周を読む。
「不審車両、まだ本命ではありません。囮です」
あおいが上から補足する。
「滑走路側にもう一台。動きが遅すぎます」
結月が静かに返す。
「連絡橋側、いつでも出られます」
全員が線を作っていた。
だが、黒鷹の本命はまだ見えない。
レオン・クロスは、まだ何も知らない。
だが、彼の周囲の空気は確実に狭まっていた。
専属護衛チームも異変を感じ始める。
玲奈は低く言った。
「まだ知らせるな。対象が不安になる」
これがNSTのやり方だった。
守る。
だが、守っていることを悟らせない。
空港は動き続ける。
報道は喋り続ける。
美月は騒ぎ続ける。
さつきはレポートを続ける。
そして、その全部の裏で、黒鷹の恐ろしい計画はすでに始まっていた。
偽スタッフ。
不審車両。
報道陣に紛れた通信役。
さらに、VIP車両の導線上に残された不自然な整備コーン。
美音がその映像を見て、低く言う。
「導線、変えられています」
玲奈の目が細くなる。
「暗殺は空港内だけやないな」
彩香が息を呑む。
「三宮までの道中も狙っとる……」
玲奈は静かに頷いた。
「これは始まりや」
滑走路の灯りが、海風に揺れていた。
レオン・クロスは車へ向かう。
群衆は歓声を上げる。
さつきはカメラに向かって喋る。
美月は手を振っている。
その中で、NSTだけが知っていた。
今日の歓迎は、ただの歓迎ではない。
これは、国際問題へつながる暗殺計画の第一幕だった。
玲奈は全員に告げた。
「ここから三宮まで、一瞬も気を抜くな」
静かな滑走路と騒がしすぎる歓迎の中で幕を開けた。




