海上空港非常線 第56話 笑う展望バス、消える誘導車 ― ランプツアー・トラップ
海上空港には、表の顔と裏の顔がある。
表の顔は、出発ロビーの明るい照明、搭乗口の案内放送、土産物店の賑わいだ。
裏の顔は、滑走路脇を走る特殊車両、誘導車、燃料車、整備エリア、そして一般客が普段足を踏み入れられない制限区域にある。
その裏の顔を、ほんの少しだけ見せる人気企画があった。
空港ランプツアー。
展望バスに乗り、制限区域の決められたルートを回り、航空機の離着陸や地上支援車両を間近で見る。親子連れにも航空ファンにも人気の、予約が取りにくいイベントだった。
だが、黒鷹はそこを狙った。
目的は、誘導車ルートと非常ゲートの把握。
さらに、小型発信機を誘導車へ仕掛け、今後の空港運用を外部から追跡できるようにすること。
玲奈は短く言った。
「見学客に紛れられると厄介や。こっちも中へ入る」
投入されたのは、若林あおい、大西結月、迫田ツインズ。
あおいは安全管理担当。
結月は巡回スタッフ。
澄香と澪香は、ランプツアーの臨時案内係。
迫田ツインズの案内は、初日から本職顔負けだった。
「皆さま、右手に見えますのが整備エリアです」
「この先は撮影可能ですが、フラッシュはお控えください」
「お子さまは座席から身を乗り出さないようお願いいたします」
声は通り、説明は分かりやすく、笑顔は華やか。
参加者たちはすぐに引き込まれた。
「案内のお姉さん、めっちゃ上手い」
「本職のガイドさん?」
「双子なの?すごい」
彩香はモニター越しに苦笑した。
「また馴染みすぎとる……」
その時、別の声が響いた。
「今日は特別に、空港の裏側を大公開です!」
神戸放送の情報番組ロケ。
レポーターは、三好さつき。
彩香は頭を抱えた。
「また来たんか、さつき……」
さつきは迫田ツインズと面識がある。
だが、今日は二人とも制服と帽子、案内係としての立ち姿が完璧すぎた。さつきは完全に空港スタッフだと思い込んでいる。
「案内のお姉さんたち、説明めっちゃ上手いですね!」
澄香は営業スマイル。
「ありがとうございます」
澪香もにこやかに返す。
「安全にお楽しみください」
さつきはまったく気づかない。
「いやー、空港の人ってすごいですね!」
彩香が低く呟く。
「知り合いやろ、気づけや……」
玲奈は静かに言う。
「気づかん方がええ。騒ぎも使える。切り分けろ」
ツアーは進む。
あおいは車両導線を見ていた。
航空支援ヘリ搭乗員らしく、空港の動きを立体で読む。
「この時間、あの誘導車がここへ来るのは不自然です」
さらに、ツアー客の中に妙に質問の細かい男がいる。
「非常ゲートって、どこから開くんですか?」
「誘導車は毎回同じルートを通るんですか?」
航空ファンの質問ではない。
運用を知りたがっている。
あおいが低く言う。
「見学客じゃありません」
結月は巡回スタッフとして自転車で制限区域を回っていた。
空港島の広いランプエリアでは、徒歩では遅い。車では目立つ。自転車の機動力が一番効く場面だった。
そして、さつきが邪魔をする。
「うわ、近い!この角度、映えますよ!」
「カメラさん、こっちこっち!」
ロケ隊が一瞬、黒鷹工作員の視線を遮る。
普通なら妨害。
だが、そのせいで工作員は予定のタイミングを逃した。
澄香がすかさず参加者を誘導する。
「皆さま、こちら側に航空機が入ってきます」
澪香が反対側を締める。
「足元にご注意ください」
ツインズの案内で、一般客は安全に動く。
工作員だけが流れから浮く。
あおいが確定した。
「対象、誘導車へ接近。発信機を持っています」
玲奈の声が落ちる。
「結月」
「了解」
結月が走った。
自転車がランプエリアを切る。
風を読み、車両の隙間を読み、誘導路脇の細い導線へ入る。元女子競輪選手の脚が、空港の広さを一気に縮めた。
工作員が誘導車の下部へ手を伸ばす。
その瞬間、結月が横から滑り込むように止まった。
「そこまでです」
工作員は逃げようとする。
だが、ツインズがツアー参加者を完全に反対側へ流し、あおいが安全車両の動線を切り、彩香が封鎖指示を出す。
結月は自転車を降りず、前輪で退路を塞いだ。
「空港の裏側は、見学する場所であって、盗む場所ではありません」
工作員は確保。
発信機も押収。
任務完了。
その横で、さつきは最後まで何も知らない。
「いやー、空港の裏側ってロマンありますね!誘導車も迫力満点です!」
彩香は遠い目をした。
「迫力満点なんは、こっちの心臓や……」
ツアー終了後、参加者アンケートでは迫田ツインズの案内が大絶賛された。
「説明が分かりやすい」
「双子の案内係が素敵だった」
「また参加したい」
空港側の担当者まで言う。
「お二人、正式ガイドで来ていただけませんか?」
澄香と澪香は、上品に微笑むだけだった。
さつきも満足げに締める。
「今日は本当に平和で楽しいロケでした!」
彩香は低く呟く。
「平和ちゃうねん……」
玲奈は短く言った。
「知らんままでええ」
あおいは静かに締める。
「空港には、見せる顔と、見せたらあかん顔があります」
海上空港のランプエリアには、また普段の音が戻る。
誘導車が走り、航空機が動き、展望バスは次の客を乗せる。
誰も知らない。
その楽しいツアーの裏で、黒鷹の目が潰されたことを。
そして、さつきは最後まで知らないまま、最高の笑顔でロケを終えた。




