海上空港非常線 第54話 消えた機内食、毒を運ぶ厨房 ― ケータリング・シャドウコード
海上空港の裏側には、旅客が知らない巨大な胃袋がある。
機内食ケータリング施設。
そこでは早朝から深夜まで、便名ごと、座席数ごと、特別食ごとに食事が仕分けされていた。普通食、子ども向け、アレルギー対応、宗教食、低カロリー食。料理はアルミ容器に収まり、トレーに並び、カートに積まれ、機体へ運ばれる。
一食でも数が狂えば、空の上で混乱が起きる。
一つでも中身が違えば、命に関わる。
その厨房に、黒鷹は毒を持ち込もうとしていた。
狙いは要人搭乗便。
毒物を直接混ぜるのではない。子ども向け機内食に偽装した特殊カプセルをカートへ紛れ込ませ、上空で特定条件が揃うと破裂し、薬物を拡散させる仕掛けだった。
玲奈は報告を聞き、短く言った。
「厨房で止める。機体には乗せるな」
前線に入ったのは白浜麻衣と真砂里緒。
麻衣はケータリング会社の配膳スタッフに扮した。白い作業着、帽子、マスク。小柄な体でトレーを運ぶ姿は完全に新人スタッフだったが、目は鋭い。
里緒は空港警察側の衛生確認担当として入る。明るく柔らかい口調でスタッフに溶け込み、厨房の空気を荒らさず情報を拾う。
麻衣はすぐに違和感を見つけた。
「子ども向け機内食、数が一つ多いです」
帳票上は合っている。
だが、乗客リストと年齢、事前予約食を照らすと合わない。
美音が裏で確認する。
「帳票が改ざんされています。増えた一つが本命です」
麻衣の目が冷える。
「子どもの食べ物を使うなんて、最低です」
その頃、厨房の外では別の騒ぎが起きていた。
機内食試食イベント。
そこへ、よりによって赤嶺美月が現れた。
「えっ、機内食って地上で食べられるん? ほな食べるわ! ウチ、飛行機乗る前から機内気分や!」
美月は最後まで何も知らない。
厨房裏で麻衣が潜入していることにも気づかない。
ただ試食イベントのカレー、パン、デザートに目を輝かせていた。
「これ意外と美味いやん! 空の上で食べたらもっと美味いんかな? いや地上でも美味いもんは美味いわ!」
彩香はモニター越しに頭を抱えた。
「またあのツインテールかい……なんで毎回、絶妙に邪魔な場所へ来るねん」
美月の騒ぎで、黒鷹の工作員は予定より早くカートを動かそうとした。
それが、逆に尻尾になった。
麻衣がカートの前に立つ。
「そのカート、まだ確認終わってません」
工作員は低く言う。
「急ぎです。出発便に間に合いません」
麻衣は退かない。
「子どもの食べ物です。確認なしでは通せません」
小さな体。
静かな声。
だが、芯は鋼だった。
里緒が横へ入る。
「では、こちらで一緒に確認しましょう」
柔らかいが、逃がさない。
美咲が裏導線を塞ぎ、迫田ツインズが厨房出口を左右から締める。美音がカート内の微弱反応を拾い、玲奈の声が落ちる。
「閉じろ」
工作員が逃げようとした瞬間、あかりが飛び込んだ。
「確保です!」
偽装された子ども向け機内食の底から、特殊カプセルが見つかった。
上空で破裂すれば、機内は地獄になっていた。
任務完了。
試食イベントでは、美月がまだ呑気に言っていた。
「このデザート、もう一個食べたいなぁ。LCCでもこれ出してくれへんかなぁ」
麻衣には気づかない。
黒鷹にも気づかない。
空港が危うく救われたことにも、もちろん気づかない。
任務後、玲奈は麻衣と里緒を見た。
「麻衣が気づいて、里緒が荒らさず止めた。ええ仕事や」
里緒は笑う。
「麻衣ちゃんの目がなかったら、見落としてました」
麻衣は静かに答える。
「子どもの食べ物を使うのは、絶対あかんと思いました」
その横で彩香は、遠くの美月を見ながらまだ震えていた。
「あのツインテール……機内食の冷凍庫で一晩寝かせたろか」
あかりが真顔で聞く。
「冷凍庫に入れたらどうなるんですか?」
彩香は即答した。
「翌朝、ツインテール付き冷凍ミカンや」
「美月さん、冷凍ミカン好きそうですね」
「ほなアカン。喜ぶやんけ」
彩香は腕を組んでさらに考える。
「じゃあ、機内食カートに詰めて羽田まで送りつけたる」
「それ、普通に目的地に着くだけでは?」
「せやな……しかもあいつ、カートの中で機内食全部食いそうや」
「それはありそうです」
「ほな、特別食扱いや。“騒音過多・ツインテール対応食”や」
「どんな食事ですか?」
「口が塞がるように、巨大ベーグル十個や!」
「美月さんなら喋りながら食べそうです」
「……あいつ無敵か」
玲奈の鉄仮面が、少しだけ崩れた。
口元が、ほんのわずかに緩む。
海上空港の厨房は、何事もなかったように次の機内食を送り出していた。
旅客は知らない。
その一食が、空の安全を壊す毒牙になりかけたことを。
そして美月は、最後まで何も知らずに試食を終え、満足そうに去っていった。
「いやー、機内食イベント良かったわ。今日の空港、なんか賑やかやったなぁ」
その背中を見送りながら、彩香は低く呟いた。
「賑やかにしとる原因、お前や……」




