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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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海上空港非常線 第53話  空の制服、二つの微笑み ― LCCクルー・シャドウ

海上空港で流れる情報は、荷物だけではない。


搭乗者名簿。

乗務員の勤務割。

機材繰り。

遅延時の対応導線。

欠航時の振替手順。

そして、どの便に誰が乗るか。


空を飛ぶ会社の中には、空港の神経が流れている。


黒鷹は、そこに手を伸ばした。


中堅LCC会社の内部に、黒鷹の諜報員が紛れ込んでいる可能性がある。

県警本部から入った情報は、それだけだった。


名前は不明。

部署も不明。

ただ、黒鷹がこのLCCの現場情報を継続的に抜いている形跡がある。


仮設詰所で、玲奈は短く言った。


「中へ入れ」


彩香がすぐに反応する。


「誰を?」


玲奈はモニターから目を離さず答えた。


「迫田ツインズ」


澄香と澪香。

同じ顔をした、都城出身の一卵性双子。

外見の華やかさ、柔らかい笑顔、そして相手の懐へ入る自然さ。

潜入には、うってつけだった。


澄香は地上勤務。

グランドホステスとしてカウンターへ。


澪香は機内勤務。

キャビンアテンダントとしてクルーへ。


同じ顔が、違う制服を着る。

空港の地上と空の中へ、二本の線を入れる。


「いけるな」


玲奈が聞く。


澄香が笑う。


「任せてください」


澪香も同じ顔で微笑んだ。


「馴染んできます」


彩香がぼそっと言う。


「馴染みすぎんようにな」


その心配は、すぐ現実になる。


初日。


澄香はLCCのグランドホステス制服に袖を通した。


清潔感のあるジャケット。

スカーフ。

きっちりまとめた髪。

カウンターに立った瞬間、違和感が消えた。


「お客様、こちらでお預かりいたします」


声は柔らかい。

動きは速い。

荷物タグの発行、座席確認、遅延案内、ベビーカー対応。

どれも新人とは思えない。


隣の地上スタッフが目を丸くする。


「澄香さん、前に航空会社で働いてたんですか?」


澄香は上品に微笑む。


「少し、似たようなことを」


嘘ではない。

似たようなことは、何度もしている。

ただし、それは普通の仕事ではない。


一方、澪香は機内へ入っていた。


キャビンアテンダントの制服。

通路での立ち姿。

乗客への会釈。

荷物棚の確認。

安全確認の声。


こちらも、初日から馴染んだ。


「お客様、お荷物はこちらへお入れしますね」


子ども連れには柔らかく、ビジネス客には簡潔に、年配客にはゆっくりと。

相手によって声の温度を変える。


ベテランCAが首を傾げる。


「澪香ちゃん、本当に初日?」


澪香は笑う。


「まだまだ勉強中です」


監視室で彩香は頭を抱えた。


「潜入捜査やなくて、普通に採用研修受けとるやん……」


あかりが感心する。


「すごいですね。ツインズさん、どこでも働けそうです」


「そこが怖いねん」


玲奈は静かに言う。


「馴染めるのは武器や」


数日が過ぎた。


しかし、黒鷹の尻尾は簡単には出なかった。


怪しい人物は何人もいた。


妙に勤務表に詳しい若手グランドスタッフ。

遅延時の導線に詳しすぎる副操縦士。

整備連絡のタイミングをよく知る係員。

外部業者とよく電話する管理担当。


だが、どれも決め手に欠ける。


その間にも、迫田ツインズは職場へ溶け込みすぎていた。


澄香は、地上スタッフの昼食会に誘われた。


「澄香さんも来ますよね?」


「もちろんです」


空港内の社員食堂で、彼女は何気ない雑談を聞く。


「最近、搭乗ゲートの変更多くない?」

「上から急に指示来るんよね」

「あの便だけ、いつも人員多めに入れられるし」


澄香は笑顔で相槌を打つ。

だが、頭の中では記録している。


澪香は、もっと深いところへ入った。


客室乗務員たちの食事会。

さらに、その流れで合コンまで参加することになった。


彩香はインカム越しに低く言う。


「澪香。任務やぞ」


澪香は平然と返す。


「情報収集です」


「ほんまか?」


「かなり有効です」


玲奈が短く言った。


「続けろ」


彩香は額を押さえた。


「玲奈さんまで……」


その夜の合コンは、軽い雰囲気だった。


若手CA、空港関係者、航空会社の営業職、関連会社の男性社員。

酒は少量。

話は華やか。

恋愛、仕事、遅延便の愚痴、客対応の失敗談。


澪香は笑顔でそこにいた。


派手に聞き出さない。

ただ、会話の流れに乗る。


その時、クルーチーフ格のベテランCA、瀬尾玲子がぽつりと言った。


「最近、誰がどの便に乗るか、前より細かく見られてる気がするのよね」


澪香は箸を止めなかった。


「そうなんですか?」


「ええ。特定の便だけ、急に乗務変更が入るの。理由は“調整”って言われるんだけど」


瀬尾は笑ってごまかした。


「まあ、うちみたいな会社は人繰り大変だから仕方ないけどね」


その言葉は、軽い愚痴に聞こえた。


だが、澪香は拾った。


“特定の便だけ”。

“急に乗務変更”。

“調整”。


その後も、瀬尾は後輩たちの面倒をよく見ていた。

酔いすぎた若手に水を渡し、帰りの電車の時間を気にし、支払いもスマートにまとめる。


誰からも慕われている。

頼れる先輩。

現場の柱。


だからこそ、疑いにくかった。


翌日。


澪香の報告を受け、澄香は地上勤務側のログを洗った。


搭乗ゲート変更。

人員配置。

乗務員変更履歴。

遅延便の代替対応。


美音がデータを重ねる。


「特定便の乗務変更が、貨物搬入の薄い時間と一致しています」


梓が通信記録を確認する。


「外部との連絡は直接ではありません。社内連絡網を経由しています。発信元は……クルーチーフ端末」


彩香が眉を寄せた。


「まさか、あのベテランCAか」


玲奈は静かだった。


「慕われる人間ほど、情報は集まる」


瀬尾玲子。


クルーチーフ格。

後輩からの信頼が厚い。

現場を知り、乗務員の動きに影響を与えられる。


黒鷹が欲しがる人間だった。


彩香が瀬尾を呼び出した。


空港内の小さな会議室。

玲奈は奥に座り、里緒が空港警察との連絡役として控える。

迫田ツインズは左右に立った。


瀬尾は最初、穏やかだった。


「何か問題がありましたか?」


彩香は単刀直入に言った。


「乗務員配置の情報、黒鷹に流しとったな」


瀬尾の顔がわずかに動く。


「何のことか分かりません」


梓が端末を置く。


「変更履歴、通信ログ、特定便のパターン。偶然では説明できません」


美音が続ける。


「乗務員変更と貨物導線の薄い時間が連動しています」


澪香が静かに言った。


「合コンの時、瀬尾さんは“前より細かく見られてる”と言いました。でも、本当に見ていたのは瀬尾さん自身ですよね」


瀬尾の肩が震えた。


しばらく沈黙があった。


そして、彼女は崩れた。


「脅されていたの……」


過去の弱み。

家族の借金。

若い頃の小さな不正。

黒鷹はそれを掴み、瀬尾に情報を流させていた。


彼女は根っからの悪人ではなかった。

むしろ後輩を守ろうとする人だった。

だからこそ、脅しに屈した後も苦しんでいた。


玲奈は冷たく言った。


「脅されたことと、空港を危険に晒したことは別や」


瀬尾は涙をこらえて頷いた。


「……分かっています」


だが、そこで終わりではなかった。


里緒が空港警察と調整し、瀬尾の証言から黒鷹の連絡役を特定。

迫田ツインズが最後の受け渡し場所を逆に使い、連絡役を炙り出す。


澄香が地上側で誘導。

澪香が機内側の情報を流すふりをする。

相手が接触してきた瞬間、彩香が締めた。


「終わりや」


黒鷹の連絡役は確保された。


任務完了。


後日。


中堅LCC会社の幹部が、迫田ツインズに深々と頭を下げた。


「お二人のおかげで、会社の信用を失わずに済みました」


そして、少し表情を明るくした。


「それにしても、業務ぶりが本当に素晴らしい。地上職でも、客室乗務職でも、即戦力です」


彩香が横で嫌な予感を覚える。


幹部は真顔で続けた。


「大学をご卒業されたら、ぜひ当社へ。二人そろって、正式に内定をお出ししたいくらいです」


あかりが目を丸くする。


「内定ですか!?」


彩香が吹き出しかける。


「潜入先から内定もろてどうすんねん!」


幹部は本気だった。


「冗談ではありません。本当に欲しい人材です。澄香さんは地上スタッフとして、澪香さんは客室乗務員として。もちろん、逆でも構いません」


澄香と澪香は、同じ顔で上品に微笑んだ。


「光栄です」

「検討いたします」


それ以上は言わない。


玲奈の口元がほんの少し緩む。


彩香は呆れたように肩をすくめた。


「ほんま、どこ行っても馴染むな」


あかりは素直に感動していた。


「ツインズさん、戦隊ヒロイン辞めても就職先困らないですね!」


澄香が笑う。


「辞めませんよ」


澪香も続ける。


「でも、制服は似合ってました?」


「めっちゃ似合ってました!」


あかりが即答した。


仮設詰所に戻ると、玲奈は二人を見た。


「潜った甲斐はあった」


短い。

だが重い評価だった。


彩香も素直に言う。


「今回は二人やな。地上と空、両方からよう拾った」


澄香は微笑む。


「職場の人たち、いい人が多かったです」


澪香は少しだけ遠い目をした。


「瀬尾さんも、本当は悪い人ではなかったです」


玲奈は静かに返す。


「せやから、黒鷹はそこを使う」


海上空港には、またLCCのアナウンスが流れていた。


低価格で飛ぶ便。

急ぐ旅客。

笑顔のスタッフ。

その裏には、無数の情報が流れている。


黒鷹はそこへ入り込もうとした。

だが、二つの微笑みによって暴かれた。


迫田澄香。

迫田澪香。


同じ顔の双子は、地上と空の制服をまとい、完璧に職場へ溶け込んだ。

溶け込みすぎて、本気で内定まで取ってしまった。


それでも彼女たちは、最後までNSTだった。


空の制服。

二つの微笑み。


その日、海上空港の見えない情報線は、双子の笑顔で静かに閉じられた。

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