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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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海上空港非常線 第47話 蒼翼、海峡上空へ――若林あおい、黒鷹ヘリを追撃せよ

夜明け前の海上空港は、冷たい鉄の塊のように沈黙していた。


滑走路灯だけが海の上に一直線に並び、沖合の闇の中で、小さな赤い点がひとつ動いていた。


黒鷹のヘリだった。


地上ルートを封じられた黒鷹は、押収寸前の高性能通信ユニットを空路で強行搬出するつもりだった。海上空港のバックヤードから貨物を抜き、沖合で待機する改造ヘリに積み替え、大阪湾上空を抜けて消える。


地上では間に合わない。


だから、空で叩く。


格納庫の扉が開く。


中から現れたのは、漆黒の機体に低いローター音を響かせる戦隊ヒロインプロジェクト所属の高速ヘリ。操縦席に座るのは、航空自衛隊から出向しているヘリコプター搭乗員、若林あおい。


石川県小松市出身。

呼び名は、加賀の蒼翼。


ヘッドセット越しに、あおいは短く言った。


「出ます」


助手席に乗り込んだのは、西川彩香だった。


播州の烈火。地上戦なら前へ出る女だが、今日は違う。通信、目視補足、妨害装置の操作。あおいの目と手を補う役割だった。


彩香はシートベルトを締め、低く言う。


「空は専門外やけど、敵を見る目は鈍ってへん」


あおいは操縦桿を握ったまま、わずかに笑う。


「振り落とされないでください」


「脅すな」


次の瞬間、機体が浮いた。


夜の海上空港から、蒼翼が飛び立つ。


黒鷹のヘリは速かった。

通常の民間機ではない。機体を削り、エンジンを強化し、通信妨害装置まで積んだ軍用機まがいの改造機。海面すれすれを低く飛び、レーダーの影に潜ろうとしていた。


彩香が前方を睨む。


「二時方向、低空。海面ギリギリや」


「見えています」


あおいは機体を一気に沈めた。


海面が迫る。

黒い波がローター風で裂ける。

彩香の胃が少し浮いた。


「低すぎるやろ!」


「低く飛んでいる相手を追っています」


「理屈は分かるけど腹立つな!」


あおいは答えない。


機体は夜の海を滑るように走った。

ローター音が空気を裂き、計器の光があおいの横顔を青白く照らす。彼女の目は、空と海の境目にいる黒鷹機だけを捉えていた。


黒鷹機が急上昇する。


海面すれすれから一気に神戸港方面へ逃げる気だ。


あおいは迷わず追った。


機体が跳ね上がる。

彩香は歯を食いしばる。


「ほんまに空中戦やな」


「ここからです」


黒鷹機は港湾施設の明かりを背に、クレーン群の影へ逃げ込む。

あおいは機体を横滑りさせ、吊り橋の光、ビルの灯り、港の船影を一瞬で読み分ける。


彩香が叫ぶ。


「右下、もう一機!」


護衛ヘリだった。


黒鷹の二機目が背後から迫る。照準を合わせるように、機首をこちらへ向けてくる。


あおいの声は冷たい。


「挟む気ですね」


「どないする」


「抜けます」


機体が横へ倒れた。


世界が傾く。

海と空が入れ替わる。


彩香は思わず操縦席の横を掴む。


「無茶するな!」


「無茶ではありません。機動です」


「同じや!」


護衛機の照準が外れる。


彩香は妨害装置のスイッチを入れた。


「距離、入った!」


「撃って」


彩香が簡易妨害弾を放つ。


小さな閃光が夜の空で弾け、護衛ヘリのセンサーが乱れる。黒鷹の護衛機は姿勢を崩し、進路を外れた。


彩香が息を吐く。


「当たった」


「まだ終わっていません。主犯機を追います」


黒鷹の主犯機は明石海峡方面へ逃げていた。


空が少しずつ白み始める。

夜明け前の海峡は、鉛色から青へ変わろうとしていた。遠くに橋の影が見える。


黒鷹機は橋梁の影を使って逃げるつもりだった。

高度を変え、風を読み、追撃機を振り切る。


だが、あおいはさらに先を読んでいた。


「風が変わる」


彩香が計器を見る。


「何?」


「海峡の上昇気流です。あの機体、重い。ユニットを積んでいる。ここで無理に逃げれば浮きます」


あおいは機体を捻った。


蒼翼は黒鷹機の外側へ回り込み、逃走進路を塞ぐ。

黒鷹機が左へ逃げる。

あおいはもうそこにいる。


右へ逃げる。

彩香が通信ユニットの発信源をロックする。


「捉えた! 奴ら、ユニット積んでる!」


「了解」


あおいの声が低くなる。


「加賀の蒼翼を、なめるな」


機体が一気に前へ出た。


黒鷹機の進路に圧をかける。

追突寸前の距離で、逃げ場だけを潰していく。撃ち落とすのではない。追い込み、降ろす。


彩香は思わず息を止めた。


「こんなん、空の取り押さえやな」


「そうです」


黒鷹機は高度を落とした。

海上の退避ポイントへ向かうしかない。だがそこには、もう逃走艇はいない。NST側が事前に海上ルートを封じていた。


黒鷹機は、強制着水同然に海上へ追い込まれる。


ローター音が荒れる。

機体が揺れる。

海面に飛沫が上がる。


彩香が低く言う。


「終わりや」


あおいは操縦桿を握ったまま、最後まで視線を外さなかった。


「まだ。動力が落ちるまで確認します」


黒鷹機のローターが停止する。


ようやく、あおいは小さく息を吐いた。


任務は完了した。


朝焼けの中、蒼翼は海上空港へ戻った。


着陸後、彩香はヘッドセットを外し、少し青い顔で言った。


「……地上の方が性に合う」


あおいは涼しい顔で答える。


「私は空の方が落ち着きます」


「信じられへん女やな」


「褒め言葉として受け取ります」


彩香は苦笑した。


あおいは機体を降り、朝の滑走路を見た。

空にはもう、黒鷹の影はない。


海峡の風が、彼女の髪を揺らす。


加賀の蒼翼。

航空自衛隊から戦隊ヒロインプロジェクトへ出向してきたヘリコプター搭乗員。


その翼は、神戸の空で黒鷹を追い詰めた。


撃ち落とすのではなく、逃げ道を断つ。

怒鳴るのではなく、空を制する。


彩香が隣で言った。


「今回ばかりは、あんたが主役や」


あおいは表情を変えずに返した。


「任務です」


その一言だけで、十分だった。


朝の海上空港に、正常なエンジン音が戻る。


黒鷹の空路は、蒼い翼に切り裂かれた。

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