海上空港非常線 第44話 花鳥の楽園に迫る毒牙 ― アニマルドーム・バイオコード
海上空港の先、人工島の緑の中に、その施設はあった。
花が咲き、鳥が舞い、動物たちが人のすぐ近くで息づく全天候型の楽園。親子連れ、観光客、飛行機の待ち時間に立ち寄る旅人たち。そこは、空港周辺で最も平和に見える場所だった。
だからこそ、黒鷹はそこを選んだ。
狙いは本格的なテロではない。
温室エリアの空調と水槽管理設備を使った、微量散布テスト。
玲奈は報告を聞いて、短く言った。
「実験やな」
彩香が低く返す。
「人も動物も巻き込む気ですか」
「せや。潰す」
空港側の指揮は彩香。
園内側は麻衣に任された。
麻衣は一瞬、戸惑った。
「私が、ですか?」
玲奈は迷わない。
「子どもと動物が絡む現場や。お前が一番見える」
その一言で、麻衣の顔が変わった。
「分かりました」
美咲は飼育員に扮した。
制服も長靴も自然すぎるほど似合う。バックヤードに入っても、誰も違和感を持たない。
あかりは売店スタッフ。
エプロン姿で元気に土産物を並べながら、親子連れと通路を見ている。
「売店、意外と向いてます!」
彩香がインカムで返す。
「商品倒すなよ」
「もう一回しか倒してません!」
「一回倒したんかい」
麻衣は園内中央で全体を見た。
小さな子どもたち。
ベビーカー。
鳥を見上げる親子。
動物に手を振る幼児。
この場所を怖がらせてはいけない。
麻衣は小さく息を吸った。
「美咲さん、温室裏を見てください。あかりちゃん、売店前の子どもたちを右側へ流して」
「はい」
「了解です!」
その声は優しい。
だが、指揮官の声だった。
黒鷹の工作員は、温室エリアの管理設備に入ろうとしていた。
作業服姿。
手には小型ケース。
中身は散布制御用の端末。
美咲が静かに立ちはだかった。
「そこは、担当者以外入れません」
男が目を細める。
「点検です」
「予定にありません」
声は静か。
だが退かない。
男は舌打ちし、身を翻した。
逃げる先は、親子連れのいる通路。
麻衣が動いた。
小柄な体で、子どもたちの前に立つ。
「こっちへ来たらあかん」
いつもの柔らかい麻衣ではなかった。
背は低い。腕も細い。
それでも、その瞬間の麻衣は壁だった。
背後の子どもが泣きそうになる。
麻衣は振り向かずに言う。
「大丈夫やよ。お姉ちゃんの後ろにおって」
工作員が強引に抜けようとする。
その瞬間、売店からあかりが飛び出した。
「そこまでです!」
エプロンが風を切る。
商品棚の横を蹴るように抜け、通路中央へ一直線。
男が腕を振る。
あかりは引かない。
一歩踏み込み、相手の手首を掴む。
勢いのまま肩を入れ、体勢を崩す。
売店スタッフの姿なのに、その動きは完全に前線の戦隊ヒロインだった。
「子どもたちの前で、何してるんですか!」
声が鋭い。
男がもう一度抵抗する。
あかりは踏ん張る。
足元がぶれない。
腕力だけではない。体幹で止める。
そして一気にひねり倒した。
「確保!」
その勇ましさに、彩香が思わず呟く。
「……今日はええ動きや」
美咲が背後の逃走路を消す。
麻衣は子どもたちを守ったまま、静かに言う。
「あかりちゃん、そのまま押さえて」
「はい!」
あかりは工作員の腕を押さえ、ケースを蹴り飛ばさず、慎重に足元で止めた。
美音の声が入る。
「ケース内、制御端末です。散布前です」
玲奈が短く言った。
「終わりや」
任務は静かに終わった。
園内放送は通常通り。
鳥は舞い、子どもたちは少し離れた場所で動物を見ている。
誰も、すぐ近くで何が起きたかを知らない。
麻衣は子どもたちにしゃがんで声をかけた。
「怖かったな。でも、もう大丈夫やよ」
小さな女の子が聞く。
「お姉ちゃん、強いの?」
麻衣は少し困ったように笑った。
「ううん。みんなを怖がらせたくなかっただけ」
その横で、あかりが胸を張る。
「私は今日は強かったですよ!」
彩香がインカムで即答する。
「今日は、な」
「今日だけみたいに言わないでください!」
美咲は飼育員帽を直しながら、静かに言った。
「動物たちも、無事です」
空港側の詰所へ戻ると、彩香が麻衣を見た。
「今日は麻衣が現場を締めたな」
麻衣は少し驚いた。
「私、ただ子どもたちを守りたかっただけです」
玲奈が静かに言う。
「それが指揮官の理由になる」
麻衣は言葉を失った。
あかりは誇らしげに笑う。
「麻衣さん、めっちゃカッコよかったです」
彩香が続ける。
「あかりも今日は良かった。突っ込む場所、間違えへんかった」
あかりの顔が輝く。
「ほんまですか!」
「ただし、売店の商品倒した件は別や」
「そこは忘れてください!」
玲奈の口元が、ほんの少し緩んだ。
花と鳥の楽園は、何事もなかったように夕方を迎えた。
誰も知らない。
その穏やかな場所で、黒鷹の毒牙が寸前で折られたことを。
小さな体で子どもを守った麻衣。
静かに逃げ道を消した美咲。
勇ましく前へ出たあかり。
海上空港非常線。
空港の外、花と緑の中でも確かに引かれていた。




