海上空港非常線 第40話 展望デッキの歓声、消えた双眼鏡 ― スカイビュー・シャドウ
海上空港の展望デッキは、空港で一番平和に見える場所だった。
海風が抜ける。滑走路が見える。離陸機が白い機体を震わせ、着陸機が海の向こうからゆっくり降りてくる。親子連れは歓声を上げ、航空ファンは望遠レンズを構え、観光客はスマートフォンを空へ向ける。
だが、NSTにとって平和に見える場所ほど厄介だった。
黒鷹が展望デッキから滑走路周辺の警備反応を記録しようとしている。
使われるのは、双眼鏡に偽装した高性能観測装置。
玲奈は仮設詰所で短く言った。
「展望デッキを閉じるな。騒がせずに拾え」
主人公は、若林あおい、氷室梓、迫田ツインズ。
あおいは空と滑走路を見る。
梓は監視映像を見る。
澄香と澪香は混雑したデッキの左右出口を締める。
そこへ、最悪の明るさが入ってきた。
神戸放送の情報番組ロケ。
レポーターは三好さつき。
「こちら海上空港の展望デッキです。目の前を旅客機が行き交う迫力、すごいですね!」
カメラ。照明。音声マイク。
ロケ隊が入った瞬間、展望デッキはさらに混み始めた。
彩香は頭を抱えた。
「また来たんか、さつき……」
だが玲奈は動じない。
「騒ぎも使える。切り分けろ」
その一言で、作戦は変わった。
ロケ隊を排除するのではない。
ロケ隊を“流れ”として使う。
里緒が空港警察側と連携し、親子連れを安全な位置へ誘導する。麻衣も子どもたちが人混みに押されないよう、自然に横へ流す。
さつきは何も知らず、笑顔で続ける。
「今日は飛行機撮影を楽しむ方も多いですね。皆さん、本当に楽しそうです!」
その背後で、あおいはデッキに並ぶ双眼鏡とカメラの向きを見ていた。
普通の航空ファンは飛行機を追う。
離陸機。着陸機。珍しい塗装機。誘導路の機体。
だが、一人だけ違った。
「対象候補。青いキャップの男」
あおいの声が落ちる。
「飛行機を見ていません。観測角度が低すぎる。あれは滑走路外周の警備車両を見ています」
梓が監視映像を拡大する。
「確認。双眼鏡の動きが警備車両の巡回周期と一致しています。航空機ではなく、地上設備を追跡中」
彩香が低く言う。
「決まりやな」
だが、まだ動かない。
双眼鏡を押さえるだけでは足りない。受け渡し相手まで捕まえる必要がある。
澄香がデッキ入口側へ立つ。
澪香が出口側へ入る。
二人は同じ顔で、違う場所に立つ。
混雑した展望デッキの流れが、目に見えない形で細くなる。
さつきのロケ隊が移動する。
「次は、こちらのベンチ付近から滑走路を背景に――」
その動きで、青いキャップの男は一歩ずれた。
カメラに映り込むのを避けたのだ。
梓が即座に言う。
「対象、ロケ隊を避けています。双眼鏡を下げました。受け渡し準備」
あおいが続ける。
「風でストラップが揺れています。渡すなら左へ半歩動く」
男が左へ半歩ずれた。
梓の声が冷たくなる。
「確定」
玲奈が短く命じる。
「閉じろ」
澄香が入口側で人の流れを曲げる。
「こちら混み合っています。奥へお進みください」
澪香が出口側を塞ぐ。
「足元にお気をつけください」
美咲が背後に立つ。
美音が双眼鏡から微弱な電子反応を拾う。
里緒が親子連れを自然に遠ざける。
彩香が正面へ出た。
「その双眼鏡、確認させてもらうで」
男が逃げようとする。
だが、もう遅い。
出口は澪香。
入口は澄香。
背後は美咲。
横は彩香。
最後に、あかりが短く飛び込む。
「確保です!」
双眼鏡は落ちる前に押さえられた。
押収された双眼鏡の内部には、高性能観測装置と記録媒体が仕込まれていた。記録されていたのは飛行機ではない。滑走路外周の警備車両、監視カメラの首振り周期、警備員の立ち位置。
黒鷹は空を見ていたのではない。
空港の地上の影を見ていた。
任務後、さつきは満足げに締めのコメントを撮っていた。
「海上空港の展望デッキ、飛行機好きにもご家族連れにもおすすめです!」
彩香は疲れた顔で呟く。
「こっちは別の意味で迫力満点やったわ……」
梓は淡々と言う。
「三好さつきさんのロケ隊は、視界を遮る要素である一方、対象の観測角度を制限しました。結果的には有効でした」
あおいも頷く。
「ロケ隊がなければ、対象はもう少し長く観測できたと思います」
迫田ツインズは同じ顔で笑う。
「さつきさん、また知らん間に役に立ったね」
「本人は絶対気づいてへんけど」
玲奈は展望デッキの映像を見ながら、静かに言った。
「展望デッキは、空を見る場所や。地上の影は見逃すな」
海上空港の空には、また旅客機が上がっていく。
歓声。
海風。
カメラのシャッター音。
その中で、黒鷹の影だけが静かに消された。




