海上空港非常線 第25話 見分けられない非常線 ― ツインズ・セキュリティチェック
空港で一番厄介なのは、派手な不審者ではない。
正しい制服を着て、正しい場所に立ち、正しい顔で笑う人間だ。
その日、黒鷹は搭乗カウンターと保安区域のあいだに仕掛けてきた。
狙いは、航空会社スタッフと空港警察補助員の導線が交差する数分間。そこへ偽スタッフを紛れ込ませ、制限区域近くの端末へ接触するつもりだった。
玲奈は短く命じる。
「制服で受ける」
投入されたのは迫田ツインズ。
澄香は空港警察の補助員。
澪香は航空会社のグランドホステス。
同じ顔。
違う制服。
違う立場。
だが、見る者には一瞬で混乱が生まれる。
梓は作戦書を見て、眉をひそめた。
「同一顔貌の二名を別制服で配置する意味はありますか。識別混乱は味方にも発生します。非効率です」
彩香が苦笑する。
「それを敵にも起こすんや」
梓は納得していない。
「味方側の誤認リスクも上がります」
澄香が笑う。
「大丈夫ですよ」
澪香も同じ顔で続ける。
「私ら、間違えられるの慣れてますから」
梓はさらに困った顔をした。
どちらが澄香で、どちらが澪香なのか、すでに一瞬迷っていた。
任務開始。
澄香は空港警察補助員として、保安検査場前に立つ。
姿勢は凛としていて、制服姿に違和感がない。旅客への案内は控えめだが、視線は鋭い。
一方の澪香はグランドホステスとして搭乗カウンター側へ入る。
笑顔、会釈、案内の間合い。こちらも本職に見えるほど自然だった。
黒鷹の偽スタッフは、二人を見て一瞬だけ足を止めた。
同じ顔が、違う場所にいる。
しかも片方は警察側、片方は航空会社側。
その小さな違和感が、相手の判断を狂わせた。
「対象、迷いました」
あおいが上から報告する。
梓は監視映像を見ながら、初めて黙った。
美音が淡々と言う。
「今の停止、かなり大きいです」
玲奈は短く返す。
「そこを突く」
偽スタッフは、まず航空会社側へ寄った。
澪香が笑顔で迎える。
「ご用件を確認いたします」
柔らかい。
だが通さない。
偽スタッフはすぐ警察補助員側へ進路を変える。
今度は澄香が立っている。
「こちらは関係者確認後になります」
同じ顔。
違う声色。
違う制服。
偽スタッフの視線が泳ぐ。
この二人は、壁ではない。
迷路だった。
梓が低く呟く。
「……対象の判断速度が落ちています」
彩香が言う。
「せやろ。非効率どころか、相手の効率を落としてるんや」
黒鷹側は焦って強行に出た。
偽スタッフが保安区域脇のスタッフ通路へ踏み込もうとする。
その瞬間、澄香が一歩ずれる。
通路が開いたように見えた。
だが、それは誘導だった。
抜けた先に、澪香がいた。
「こちらではありません」
笑顔のまま、完全に退路を塞ぐ。
背後には美咲。
左右には彩香とあかり。
外側は里緒が旅客を自然に流し、梓が封鎖ポイントを空港警察へ通達していた。
「閉鎖します」
梓の声。
今度は迷いがなかった。
偽スタッフは動けなくなる。
澄香が警察補助員の顔で言う。
「確認をお願いします」
澪香がグランドホステスの顔で続ける。
「ご案内はここまでです」
確保。
任務完了。
押収された端末には、制限区域内の簡易認証を一時的に撹乱するプログラムが入っていた。
もし通っていれば、次の便の搭乗導線が大きく乱れていた。
梓は端末を確認し、しばらく黙っていた。
やがて、ツインズへ向き直る。
「先ほどの配置は、対象の認知負荷を意図的に増大させる作戦だったのですね」
澄香がにこりとする。
「そうです」
澪香も同じ顔で笑う。
「分かってくれました?」
梓は少しだけ悔しそうに、だが正直に言った。
「認めます。非効率ではありませんでした。相手にとって、極めて厄介な配置です」
二人はしてやったりの表情を浮かべる。
彩香が小さく笑った。
「氷室さんに認めさせたんは大きいで」
あかりが横から聞く。
「梓さん、ちなみにどっちが澄香さんか分かります?」
梓は一瞬止まった。
「……空港警察補助員が澄香さんです」
グランドホステス姿の澪香が笑う。
「今はそうですね」
梓の眉がわずかに動く。
「今は?」
澄香が肩をすくめる。
「途中で一回、立ち位置替わりました」
梓は完全に固まった。
「……記録を見直します」
彩香が吹き出しかける。
「最後まで分かってへんやん」
玲奈の口元も、わずかに緩んだ。
海上空港では、今日も制服の人間が歩いている。
誰も疑わない。
誰も深く見ない。
だがその中で、同じ顔をした二人が違う制服をまとった時、空港の嘘は長く続かない。
迫田ツインズ。
澄香と澪香。
あるいは、澪香と澄香。
見分けられないことさえ、武器になる。
その日、空港の非常線は、二つの微笑みによって静かに閉じられた。




