海上空港非常線 第24話 消えた幼児、閉じないロビー ― キッズ・セーフティコード
連休の海上空港は、朝からざわついていた。
出発ロビーには、家族連れが多い。小さなリュックを背負った子ども、ベビーカーを押す母親、荷物を抱えた父親。空港の明るい照明の下で、旅の高揚と疲れが混ざっている。
その中で、小さな女の子が消えた。
最初は、ただの迷子だと思われた。
だが白浜麻衣は、すぐに違和感を覚えた。
「迷子の泣き方とちゃう……」
幼稚園教諭を目指す麻衣には分かる。子どもが自分で迷った時と、誰かに怖い思いをさせられた時では、残る空気が違う。
隣にいた真砂里緒も、すぐに表情を引き締めた。
「空港警察側で通常の迷子対応に見せます。麻衣ちゃんは子どもの目線で追って」
「はい」
里緒は警察官として、親への聞き取りと空港内の封鎖線を組み立てる。声は優しいが、判断は速い。
「慌てないでください。今、各所に確認を入れています。お子さんの服装をもう一度教えてください」
母親は泣きそうになっている。
里緒はその手前で空気を止めた。
「大丈夫です。必ず探します」
その言葉に、麻衣も小さく頷く。
「絶対、怖い思いさせたままにはせえへん」
黒鷹の狙いは、迷子騒ぎそのものだった。
子どもが消えれば、空港警察も案内スタッフも一気にそちらへ動く。
その隙に、制限区域近くで小型端末を受け渡す。
子どもを陽動に使う。
それを知った彩香は、低く吐き捨てた。
「腐っとるな」
玲奈も声を落とす。
「麻衣、里緒。子ども優先や。けどロビーは閉じるな。閉じたら向こうの思う壺や」
「了解です」
麻衣は女の子の足取りを追った。
売店の前。
ぬいぐるみ売り場。
大きな柱の影。
子どもが見そうなもの、立ち止まりそうな場所を一つずつ辿る。
「この子、たぶん怖がりながら歩いたんやと思います」
「どうして分かるの?」
里緒が聞く。
「楽しい時の子どもは、まっすぐ行かへんのです。あっち見て、こっち見て、寄り道する。でもこの子は壁沿いばっかり」
里緒はその言葉をすぐに無線へ流す。
「壁沿い、低い視点で確認。防犯カメラは大人の顔だけじゃなく、子どもの高さも見てください」
里緒の指示で、空港警察の動きが変わる。
麻衣の感覚と、里緒の警察官としての整理能力。
二人が噛み合い始めた。
やがて、麻衣はキッズスペース近くの小さな非常通路前で足を止めた。
そこに、小さな靴跡があった。
「ここです」
里緒がすぐに周囲を見た。
「この先はスタッフ通路に近い。普通の子どもは入らない」
その瞬間、玲奈の声が飛ぶ。
「本命も動いた。制限区域側や」
黒鷹は、子どもを見つけさせるタイミングで、別方向へ抜けるつもりだった。
だが今回は、甘かった。
里緒がロビーの人流を自然に保ち、麻衣が子どもの位置を読み切ったことで、NST側に余裕が残っていた。
「彩香さん、今なら閉じられます」
里緒が言う。
「よし。双子、左右。美咲、裏。あかり、最後や」
「了解!」
あかりが走り出す。
今度は余計な動きはない。
迫田ツインズが出口を塞ぎ、美咲が影から背後を押さえる。
黒鷹の受け渡し役は、何もできずに止められた。
一方、麻衣は非常通路の奥で女の子を見つけた。
女の子は泣いていなかった。
怖すぎて、声が出なくなっていた。
麻衣はしゃがんだ。
「大丈夫やよ」
女の子はびくっとする。
麻衣は近づきすぎない。
「お母さん、探してるよ。怒ってへんよ。心配してるだけやよ」
女の子の目に涙が浮かぶ。
「ほんま……?」
「ほんま」
麻衣はそっと手を差し出した。
「一緒に戻ろ」
女の子は、ゆっくり麻衣の手を握った。
その小さな手を見て、里緒は少しだけ表情を緩めた。
母親と再会した瞬間、女の子は大声で泣いた。
それを見て、麻衣は安心した。
「泣けたら、もう大丈夫です」
里緒が隣で頷く。
「麻衣ちゃん、すごいね」
「え?」
「子どもが安心して泣ける場所を作れる人って、なかなかいないよ」
麻衣は照れたように目を伏せる。
里緒は優しく続けた。
「麻衣ちゃん、絶対ええ先生になると思う」
麻衣の顔がぱっと明るくなる。
「ほんまですか?」
「うん。私が保証する」
その言葉に、麻衣は素直に喜んだ。
任務後、彩香が二人を見る。
「今日はええコンビやったな」
玲奈も短く言う。
「麻衣は子どもを守った。里緒は現場を守った。両方なかったら崩れてた」
里緒は背筋を伸ばす。
「ありがとうございます」
麻衣は小さく笑う。
「子どもが無事で、ほんまによかったです」
海上空港のロビーには、また普通のざわめきが戻っていた。
誰も知らない。
一人の子どもが、悪意の道具にされかけたことを。
その小さな手を、二人の優しい警戒線が守ったことを。




