海上空港非常線 第23話 暴走娘に二本の警戒線 ― ゲート・リカバリー
海上空港の搭乗口は、静かに見えて油断ならない。
出発便が重なる時間帯。ゲート前には、キャリーケースを抱えた旅客、眠そうな子ども、搭乗案内を気にするビジネスマンが溜まっていた。黒鷹は、その“待ち時間”を狙った。
今回の標的は、搭乗直前の保安データを抜き取る小型端末。
運び役は旅客ではない。空港設備点検員に扮した男だった。
玲奈は短く命じる。
「騒がせるな。搭乗口は一度荒れたら戻すのに時間がかかる」
現場キャップ彩香が頷く。
「分かりました」
そして今回の前線に置かれたのは、山本あかり。
保線作業員姿。ヘルメット、作業ベスト、工具袋。見た目だけなら妙に似合っている。
ただし中身は、いつものあかりだった。
「工具確認よし!」
そう言って、いきなりドライバーを一本落とす。
彩香の眉間に皺が寄る。
「初手から落とすな」
「すみません!」
その横で、真砂里緒が笑顔で拾ってくれる。
「あかりちゃん、大丈夫。工具は腰の右側にまとめた方が動きやすいよ」
「里緒さん、優しい……」
一方、氷室梓は冷静に言う。
「工具袋の留め具が甘いです。走れば再度落下します。今すぐ固定してください」
「梓さん、怖いけど正確……」
「怖いは不要です」
任務が始まる。
あかりは点検員らしくゲート周辺を確認する役目だった。だが、相変わらず細かい動きが雑だ。
点検口を開ける向きを間違える。
案内板の下で立ち位置をずらしすぎる。
一般客に「工事ですか?」と聞かれて、つい「まあ、そんな感じです!」と答えて彩香に睨まれる。
「“そんな感じ”で済ますな!」
彩香の声が飛ぶ。
「すみません!」
そこへ里緒が自然に入る。
「お客様、ご不便をおかけします。安全確認中ですので、こちらからお進みください」
笑顔で旅客の流れを乱さず逃がす。
梓は端末を見ながら補正する。
「あかりさん、今の位置では死角が残ります。半歩右。いえ、あなたの右ではなく、ゲート基準で右です」
「どっちですか!?」
「……里緒さん、翻訳を」
里緒が笑う。
「あかりちゃん、青い柱の方」
「あ、分かりました!」
彩香が額を押さえる。
「毎回それや……」
黒鷹の偽点検員が動いた。
手には小型端末。
搭乗口横の保守パネルに接触し、データを抜き取るつもりだ。
あかりは反応する。
「今行けますよね!」
彩香が即座に止める。
「まだや!」
梓が冷静に続ける。
「今動けば旅客三名が巻き込まれます。対象が柱を越えるまで待機」
里緒も柔らかく声をかける。
「あかりちゃん、待てるのも強さやよ」
あかりは歯を食いしばる。
「……待ちます!」
それは、彼女にしては大きな進歩だった。
対象が柱を越える。
一般客の視線が外れる。
梓が一言。
「今です」
彩香が鋭く命じる。
「あかり、行け!」
あかりが飛び出す。
今度は速い。
そして無駄がない。
保線作業員姿のまま、工具袋を揺らさず、旅客の間を抜ける。偽点検員が逃げようとするが、里緒が前方の客を自然に避けさせ、梓が逃走先の非常扉を封鎖する。
逃げ道は、あかりの正面だけ。
「止まりです!」
あかりが腕を押さえる。端末は床に落ちる前に、彩香が拾った。
任務完了。
仮設詰所に戻ると、あかりは少し得意げだった。
「今回はちゃんと待てました!」
彩香は腕を組む。
「最後はな」
「最後は、ですか?」
「そこまで何回やらかしたと思っとるんや」
あかりが黙る。
里緒が助け舟を出す。
「でも、最後にちゃんと修正できたのは大きいですよ」
梓も淡々と言う。
「初動は不安定でしたが、最終動作は指示通りでした。改善の余地はあります」
「梓さん、それ褒めてます?」
「半分は」
彩香があかりを見る。
「里緒さんと梓さんに助けられたんや、感謝するんやで、あかり」
あかりは素直に頭を下げた。
「はい!里緒さん、梓さん、ありがとうございました!」
里緒は笑う。
「次も一緒に頑張ろうね」
梓は少しだけ目を細める。
「次は最初から工具袋を固定してください」
「そこからですか!?」
「そこからです」
玲奈の口元が、わずかに緩む。
海上空港の搭乗口は、何事もなかったように次の便を送り出していた。
その裏で、暴走娘は二本の警戒線に支えられ、また一つ任務を終えた。




