静かな町に騒音ひとつ ― 三木ブロック・ブレイク
兵庫県三木市。
ここは派手さとは無縁の街だ。全国に名を知られる刃物の産地。鍛え上げられた金属は、余計な装飾を持たず、ただ機能だけを追求する。無駄を削ぎ落とした美しさ。それがこの街の流儀だった。さらに近年はゴルフ場の街としても知られ、なだらかな丘陵地帯に整備されたコースが点在する。緑、静寂、そして規律。騒がしさとは最も遠い場所――のはずだった。
その静寂の中に、異物が紛れ込んでいた。
黒鷹は、三木の刃物流通を利用していた。
分解された精密器具を工具に偽装し、複数の小口配送で運び、現地で再構築する。派手な動きは一切ない。だが完成すれば、十分に危険な“形”になる。
「音がないのが一番厄介や」
彩香が低く言った。
「せやけど、音がないなら逆に浮く」
玲奈が返す。
今回の前線は――春日美咲。
奈良の静寂。
その異名に違わぬ、無駄のない思考と、揺れない判断力。
派手さはない。だが、確実に詰める。
午後の三木。
ゴルフ場帰りの車がぽつぽつと走る時間帯。住宅地も工業地帯も、どこかゆったりとした空気に包まれている。
美咲は、その“ゆるさ”の中で違和感を拾っていた。
(……リズムが違う)
工具箱を持つ男。
動きが早いわけではない。
だが、“止まらない”。
この街の人間は、もう少し緩む。
立ち止まる。
挨拶する。
だがあの男は違う。
「対象、北東へ流れています」
美咲の声は小さいが、はっきりしていた。
「追うな。先読む」
玲奈の指示。
「はい」
即答。
美咲はルートを頭の中で組み立てる。
三木は道が単純に見えて、分岐が多い。だがその分、“選択肢は限られる”。逃げ道は多く見えて、実は少ない。
(……次はここ)
先回りする。
静かに。
気配を消して。
その時だった。
「うわー、疲れたー!」
場違いな声が響いた。
振り向くと――
赤嶺美月がいた。
しかもゴルフ帰り。
「美咲やん!何してるん?」
テンションがやたら高い。
肩にはゴルフバッグ。これがまた無駄にデカい。
「ちょっと、用事です」
美咲はいつもの調子で返す。
「ええやんええやん、なんか怪しいことしてるやろ」
勘がいい。
そして余計なことを言う。
「刑事ごっこか?ウチも混ぜてや!」
完全に悪気はない。
だが最悪だった。
「……来たか」
彩香の声がインカムに乗る。
「大丈夫です」
美咲は静かに言った。
本当に大丈夫かどうかは分からない。
だが、ここで動揺するタイプではない。
「なあなあ、その人追ってるんやろ?」
美月が勝手にターゲットを見る。
「ちょっと待ってな」
そう言うと――
「すみませーん!」
普通に声をかけた。
(……それはアカン)
美咲の思考が一瞬だけ止まる。
だが男は振り向かない。
むしろ、ほんのわずかに歩幅が乱れる。
(……焦った)
そこを、美咲は見逃さない。
「こっちや!」
美月が勝手に走り出す。
しかも――
ゴルフバッグを背負ったまま。
「それ……邪魔です」
「え?そう?」
邪魔だった。
視界を塞ぐ。
動線を潰す。
最悪の障害物。
だが美咲は止まらない。
(……使える)
思考が切り替わる。
美咲はあえて、美月の動きに合わせる。
“騒音”を前に出す。
静かな街に、異様な存在が一つ。
ゴルフバッグを振り回しながら走るツインテール。
目立たないはずの対象が――逆に浮く。
(そこや)
男がルートを変える。
だがその変更は、想定内。
美咲はすでに、三つ先の分岐を読んでいる。
「東、切った」
双子の声。
「逃げ道、残り一つ」
美咲は速度を上げる。
ゴルフバッグが横をかすめる。
邪魔だが、無視する。
最後の路地。
男が逃げ込む。
その先は袋小路。
「……終わりです」
美咲が静かに言う。
抵抗は短い。
あかりが最後に力で押さえ込む。
「はい確保!」
相変わらず元気だった。
任務完了。
三木の街は、また静かに戻る。
何もなかったかのように。
少し離れた場所で、彩香が腕を組んでいた。
「あのツインテール……」
低く呟く。
「バンカーに埋めたるぞ」
あかりが真顔で返す。
「埋めたらゾンビみたいにバンカーの砂から這い上がってきそう」
「……それやな」
彩香が頷く。
「あいつの図太さはゾンビ以上や」
完全に納得していた。
少し離れた場所で、その会話を聞いていた玲奈の口元が、わずかに緩む。
一方その頃。
「なあなあ、さっきの何やったん?」
美月はまだ楽しそうだった。
「めっちゃええ運動なったわ!」
悪びれない。
悪気もない。
だが――
一番厄介なタイプだった。
三木の街は、今日も静かだ。
刃物は鋭く、ゴルフ場は穏やかで、人の流れは緩やか。
その中で、静かに動き、静かに終わらせる者たちがいる。
そしてそのすぐ横で、騒音みたいに走り回るツインテールがいる。
だが結果は変わらない。
静寂は守られた。




