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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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ロケの光は、影を消すためにある ― 騒音の中の静寂、見えない勝利

神戸市中央区。

山から下れば、街は一気に華やぐ。旧居留地の石造り、三宮の雑踏、元町の人波、そしてハーバーランドから神戸港へ続く灯り。海と商業、観光と物流、夜景と生活。その全部が同じ地平で重なり合う。神戸の“顔”と言われるのはたいていこの辺りだ。見せるために整えられた街。だが玲奈にとっては、それだけではなかった。中学生までを過ごした思い入れのある場所――笑い声も、夜風も、港の匂いも、全部が記憶の中に残っている街だった。


だからこそ、ここを黒鷹に好きに使われるのは我慢ならなかった。


今回の標的は、港と繁華街の人流を利用した連結輸送。

観光客、ロケ隊、搬入車両、イベント機材。派手な街ほど“目立つもの”が多い。だから逆に、本当に目立たせたくないものは簡単に紛れ込む。黒鷹はその理屈を知っていた。しかも背後では、リコールされた元県知事の連中が、神戸の都市機能そのものを攪乱材料として使う準備を進めている。


「中央区でこのやり口は、よう出来とるわ」


彩香が低く言った。


「せやけど、派手な街は派手なもんで潰せる」


玲奈はそう返した。


今回は、玲奈自身が前へ出る回だった。

彩香がちらと横を見る。


「……珍しいですね」


「この辺は土地勘がある」


短い返事。

だが、それだけで十分だった。


ハーバーランドの夜は、妙に賑やかだった。

イベント帰りの人波、観光客、カップル、ライトアップ、路上の演奏。騒音はむしろ“背景”で、少しぐらい不自然な動きがあっても、普通は誰も気にしない。


その時だった。


「玲奈さーん!」


場違いに明るい声。


玲奈がわずかに目を細める。

そこにいたのは、美月だった。


しかも今日は完全なプライベートではない。

ドラマの撮影中だった。


「玲奈さん、見てくださいよ!」


ハーフツインテールを揺らしながら、美月は台本を抱えて駆け寄ってくる。周囲にはスタッフ、照明、カメラ、メイク。本人は完全に浮かれていた。


「今度ウチ、ドラマ出るんですよ。こないだの電車爆破する映画の時はチョイ役だったけど、今度はセリフもあるんですよ」


台本を得意げに見せる。


「ほら、ここ!ウチのセリフ!ちゃんと名前もあるんです!」


玲奈は台本を一瞬だけ見た。

その目の動きはほんの一秒にも満たなかったが、その間に周囲の配置、人の動線、照明の向き、ロケ車の停車位置、一般人の視線の流れまで全部読んでいた。


(使える)


判断は早かった。


「ええやん」


玲奈が短く言う。


美月がぱっと顔を輝かせる。


「でしょ!?」


「そのまま続けて」


「え?」


「もっと人を集めて。派手にやって」


美月は意味を理解していない。

だが、“派手にやれ”と言われて断る女ではない。


「任せといてください!」


そう言うと、すぐにスタッフへ向き直る。


「すみませーん!もっと勢いある感じでやりましょ!こっち側の人も入れた方が絶対盛り上がりますって!」


一気に空気が変わる。

照明が強くなり、人が寄り、見物客が増える。騒音がさらに膨らむ。


「……なるほどな」


彩香が小さく呟く。


「ロケの騒ぎで、こっちの影を消すんか」


玲奈は返事をしない。

その代わり、短く指示を落とす。


「美咲、港側の裏導線へ」

「はい」


「麻衣、人流を遊歩道側へ」

「分かりました」


「双子、東西に割れろ」

「了解」

「うん」


「あおい、上から照明の死角見て」

「拾えます」


「美音、陸と海の接続点」

「任せてください」


「あかり、最後の詰めだけ待機」


「了解です!」


全部が、ロケの喧騒に紛れて動き始める。


神戸港の風は湿っている。

ライトに照らされた海面が揺れ、コンテナの影が少しだけ伸びる。黒鷹の連中は、まさかロケ隊そのものが障害物になるとは思っていなかったのだろう。見物客が増えたことで、予定していた移動タイミングに微妙なズレが生じる。


「南ルート、遅れました」


あおいの声。


「港側、本命出ます」


美音が続ける。


「今や」


玲奈の一言で、全員が動いた。


美咲は本当に見えない。

見物客の影と夜の影の境目に立ち、気づいた時には受け渡し役の背後を取っている。麻衣は子ども連れをやさしく別ルートへ誘導し、双子はロケ隊の反対側からスッと割って入る。澄香が流れを切り、澪香が締める。美音は海側の接続点を静かに潰し、あおいはその全部を上から補正する。


最後に飛び込むのが、あかりだった。


「そこです!」


身体能力だけで抜け道を潰す。

雑だが、速い。

今回も結局、そういう役回りだった。


短い制圧。

音は全部、ロケ現場の喧騒が食っていく。


美月はその頃、まったく別の意味で絶好調だった。


「はい!もう一回いきます!今の感じめっちゃ良かったです!」


本人はまるで知らない。

だが、その騒がしさが今夜の勝因の一つだった。


任務完了後。

少し離れた埠頭の陰で、彩香はようやく息を吐いた。


「あのツインテール、神戸港から沖に流したろか」


本気とも冗談ともつかない声だった。


あかりがすぐに返す。


「戻ってきますよ絶対」


「しぶといねんあいつは!ハワイ沖まで流したる」


理屈が雑だった。


あかりが肩をすくめる。


「ハワイまで流す方が大変じゃないですか?」


その時、珍しく玲奈が口を開いた。


「……ハワイまで流しても自力で帰ってくるやろな」


一瞬、間が空いて――

彩香が吹き出した。


「ああ、確かに」


あかりも笑う。

ほんの少しだけ、空気がやわらかくなる。


それは、玲奈が笑ったからだった。

声を上げるような笑いではない。口元がわずかに緩むだけ。だが、それだけで十分だった。


神戸市中央区。

見せるための街。

騒ぎが多い街。

だからこそ、隠すためにも使える街。


玲奈は海を見ていた。

中学生までを過ごしたこの街で、いま自分がやっていることは、きっと誰にも知られない。だが、それでよかった。


騒音の中の静寂。

見えない勝利。


西日本特別諜報班――

名前すら出せないその影は、今夜もまた、誰にも気づかれないまま神戸を守った。

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