滑走路は逃がさない ― 加西エアフィールド・ゴースト
兵庫県加西市。
田園が広がる、静かな町だ。だがその中に、不自然なほど長く、まっすぐな線が残っている。かつての鶉野飛行場跡――戦時中に使われた滑走路。そのコンクリートは今も一部が残り、草に覆われながらも“空へ向かう意思”だけは消えていない。
風は強い。遮るものが少ないからだ。空が広い。見渡せるからだ。
そして何より――隠すには不向きな場所だった。
普通なら。
「見えすぎる場所は、逆に盲点になる」
若林あおいは、上空からその町を見下ろしていた。
“空の守り神”と呼ばれる女。俯瞰で物を捉え、地上の流れを一段上から組み替える。
今回の任務は、黒鷹の“低空搬送ライン”の破壊。
ドローンと小型搬送機を組み合わせ、滑走路跡を利用して静かに物資を流す。音は最小、光も抑えめ。夜間ならほぼ見えない。だが――動きは必ず“線”になる。
「線は消せない。どこかで歪む」
あおいが呟く。
「歪みを拾え」
玲奈の指示は短い。
夕方の加西。
田んぼの向こうに、細い道。
そして、その向こうに滑走路跡。
あおいはヘリから全体を捉える。
美音が地上で接続点を見ている。
あかりは待機。
双子と美咲はラインの両端を押さえている。
完璧な配置だった。
普通なら。
「なあなあ!見て見てあれ!」
その声が入った瞬間、空気が変わる。
「あれ絶対ドローンやろ!」
最悪だった。
赤嶺美月。
しかも今回は――ドライブ中。
「止めて止めて!あれ追おうや!」
運転手の友人が困惑している。
「いや、田んぼやで!道ちゃうで!」
「行けるって!」
完全に根拠がない。
だがこの女は行く。
「……来たな」
彩香が低く言う。
「あのツインテール、なんで毎回おるねん」
「確率やろ」
玲奈が淡々と返す。
「偏りすぎや」
美月はすでに車を降りていた。
「うわー速い!ちょっと待てや!」
ドローンを目で追いながら、普通に走り出す。
「おい危ないって!」
友人の制止は無意味だった。
上空のあおいが、状況を即座に把握する。
(……最悪やけど、使える)
判断は早い。
「美音」
「はい」
「南側に流す」
「了解」
ドローンのルートをわずかに変える。
本来のラインからズラす。
美月がそれに食いつく。
「やっぱり怪しいやろこれ!」
完全に追跡モード。
一方、美音は地上で、自然にルートを誘導する。
風の流れ、障害物、地形。
すべてを使って、ドローンを“見せるライン”へ押し出す。
あおいは上からそれを補正する。
「高度、あと2メートル落とす」
「了解」
ドローンが低くなる。
「おお!近づいた!」
美月のテンションが上がる。
完全に釣れている。
その間に、本命ラインが動く。
滑走路跡の反対側。
田んぼの影を縫うように、もう一機が静かに進む。
「北、来ました」
双子の声。
「捕まえます」
「待て」
玲奈が制する。
「最後はあかり」
一方、美月。
「止まれやー!」
無駄に速い。
しかもスタミナがおかしい。
田んぼのあぜ道を普通に走る。
ジャンプする。
転びかけて立て直す。
「なんであんな元気なんや……」
あかりが呆れる。
「あおいさん、そろそろ」
「分かってる」
あおいが最後の調整をする。
「美音、切るで」
「はい」
ドローンの“見せ玉”を、わざと急旋回させる。
美月が止まる。
「え!?」
一瞬の空白。
その間に――
本命ラインを、あかりが潰す。
「そこです!」
突っ込む。
速い。
雑。
だが、間に合う。
搬送役が逃げようとした瞬間、横から飛び込んで制圧。
「はい確保!」
いつもの調子だった。
任務完了。
ドローンは回収され、ラインは消える。
何もなかったように、加西の風だけが残る。
美月はというと。
「逃げられたわー!」
悔しそうにしていた。
「絶対怪しかったのに!」
何も分かっていない。
滑走路跡の端で、彩香が腕を組む。
「あのツインテール……」
低く呟く。
「加西の滑走路走らせ続けたろか。10往復させたる」
あかりが即答する。
「美月さん、無駄にスタミナがあるから10往復は余裕ですよ」
「ほな20でも100でもええ」
彩香が吐き捨てる。
「燃料切れにしたる」
その時、玲奈がぽつりと言った。
「……あれは自家発電型やな」
一瞬、間が空いて――
全員、少しだけ笑った。
加西の空は広い。
風は強く、隠す場所は少ない。
だが、それでも。
空から見ている者と、地上で動く者がいれば、
見えない線は断ち切れる。
若林あおい。
空の守り神。
騒がしい影を風に変え、
静かな勝利を積み重ねる女。




