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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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209/240

誰も見ていない勝利 ― 見えない守備が試合を止める夜

神戸市長田区。

鉄の匂いと人の気配が混ざる下町だ。工場の音が遠くで鳴り、商店街には夕方の灯りがともる。新長田駅の近くには、復興の象徴として立つ巨大な鉄人28号。その足元では子どもが笑い、大人は足を止める。派手さはないが、確かに息づく街――長田は、そういう場所だった。


だがその“日常の隙間”に、黒鷹の影が入り込んでいた。


人の流れに完全に紛れ込む輸送ライン。

目立たない。

止まらない。

そして、気づかれない。


まるで、往年の阪急ブレーブスの守備のようだった。

派手なプレーはない。だが、抜けそうな当たりはすべて止められる。気づいた時にはアウトが積み重なり、試合は静かに終わっている。


「……嫌な守りやな」


彩香が低く言う。


「やから止める」


玲奈は短く返した。


今回の主役は――春日美咲。


奈良の静寂。

地味で目立たない。

だが、その特性こそが、この任務に最も適していた。


「……行きます」


美咲は小さく言った。


長田の路地に入ると、空気が変わる。

狭い。

だが、その分、人の気配が濃い。


美咲は、その中に溶け込んでいた。


視線を上げすぎない。

歩幅を合わせる。

立ち止まる理由も自然に作る。


誰も見ていない。

いや、“見ているのに認識されていない”。


(……ここ)


荷物の受け渡し。

会話の間。

ほんのわずかな違和感。


美咲はそれを拾う。


動きは最小限。

だが、位置取りがすべてを変える。


それは、ダイヤモンドグラブ賞7回受賞の遊撃守備の達人・大橋穣の守備に似ていた。

派手なジャンプも、劇的なスライディングもない。だが、打球の正面に“必ずいる”。そして、持ち前の鉄砲肩で迷いなく確実に送球する。


美咲の動きも同じだった。


一歩、ずれる。

それだけで、ラインが歪む。


その時だった。


「美咲ぃぃ!またそんなとこおるん!?」


場違いな声。


赤嶺美月。

プライベートで長田を歩いていたらしい。


「ほんま地味やなぁここ!でもええ感じやん!」


完全に空気を読まない。


さらに近づく。


「何してんの?また任務やろ?」


美咲は――反応しない。


一切、視線を向けない。


歩幅も変えない。


ただ、任務を続ける。


美月は一瞬戸惑う。


「……無視?」


だが、すぐに気を取り直す。


「まあええわ!この辺ぶらぶらしとく!」


勝手に離れていく。


その間に――


美咲はもう、次の接続点へ入っていた。


「中央、ずれた」


あおいの声。


「ええな、そのまま」


玲奈が返す。


美咲が一歩、位置を変える。


それだけで、受け渡し役のタイミングが狂う。


「今や」


彩香の声。


澄香と澪香が両側から詰める。

あかりが外周を押さえ、麻衣が人の流れを自然に逸らす。


逃げ場はない。


「確保」


短い報告。


ラインは――死んだ。


何も起きていないように見える。


商店街はそのまま。

子どもたちは鉄人の下で遊んでいる。


だが、黒鷹の輸送は完全に止まっていた。


見えない守備。

試合を止める影。


それが、美咲の仕事だった。


任務後。


彩香は相変わらず怒り心頭。


「あのツインテール、鉄人28号の足元で正座させたろか」


あかりが真顔で聞く。


「正座させてどうするんですか?」


「知らんわボケェ!鉄人に説教してもろたらええねん!」


「鉄人は説教するんですか?」


「するか知らんけど、あのアホにはそれくらい必要や!」


完全に意味不明だった。


だが、そのやり取りに――


玲奈の鉄仮面が、ほんのわずかに崩れた。


口元が、少しだけ緩む。


誰も指摘しない。

だが、全員が気づいていた。


美咲は何も言わない。


ただ、静かに立っている。


派手さはない。

目立たない。

だが、確実に試合を終わらせる。


奈良の静寂。

春日美咲。


彼女は今日も、誰にも知られず勝っていた。


それは――

最も強く、最も美しい勝ち方だった。

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