二つの影、ひとつの命令 ― 小野アーティファクト・ラインⅡ
兵庫県小野市。
播磨平野の内陸に位置し、刃物産業と伝統工芸で知られる静かな町。大規模な歓楽街もなく、観光地としての派手さもない。だが、その“目立たなさ”こそが、裏の物流にとっては好都合だった。
夜は早い。
人の気配が引いた工業地帯に、影が落ちる。
NSTが追っていたのは、ジェネラス・リンクの“アーティファクト流通ライン”。
古い技術と現代設備を組み合わせた違法搬送ルート。その中継地点が、小野市郊外の倉庫群にあると判明していた。
「対象は二系統。南側搬入口と北側積み替えライン。分断して叩く」
岡本玲奈の声は、いつも通り平坦だった。
感情はない。ただ事実だけが並ぶ。
「彩香、南。あかり、北。双子は中央制御。麻衣と美咲は外周でカバー」
「了解」
短く、揃う。
山本あかりは北側へと単独で走った。
雑に見えて、動きは速い。だが――どこか粗い。
(今回は、ちゃんとやる)
そう思った瞬間だった。
「――あれぇ?」
背後から、聞き覚えのある声。
「……げっ」
振り返ると、そこにはマイクを持った長身の女性がいた。
長い黒髪、上品な佇まい。神戸放送のレポーター――三好さつき。
「やっぱりあかりちゃんやん!何してるん?」
「いや、ちょっと……その……」
完全に詰まる。
「こんな時間に工業地帯って珍しいなぁ思て。ロケで来とんねん」
カメラマンが軽く会釈する。
最悪だ。
(なんでやねん、こんなとこで……)
インカムにノイズが走る。
「……あかり、状況は」
玲奈の声。
言うべきだ。
今すぐ切るべきだ。
だが――
「久しぶりやん、元気してた?」
「まぁ、ぼちぼち……」
――答えてしまった。
完全に“オフの空気”に引きずられる。
「今、何してるん?」
「えっと……取材、みたいなもん」
「えー!一緒やん!なんの取材なん?」
距離が詰まる。
(まずい)
分かっているのに、切れない。
インカムの向こうで、舌打ち。
「……あのアホ何やっとんねん!!」
彩香だった。
「静かに」
玲奈が即座に制す。
「北ラインは放棄。プランCへ移行」
一切の迷いがない。
「美音、音響展開。中央に人流を寄せろ」
「了解。3秒でいく」
次の瞬間、倉庫側で機材トラブルのような大音量が響いた。
警報、金属音、連続するノイズ。
「澄香、澪香。今」
「了解」
双子が動く。
混乱に乗じて中央制御に侵入。
流通ラインを強制停止。
彩香は南側を単独制圧。
一切のロスなし。
――作戦は成立した。
ただ一箇所を除いて。
「あかり」
通信が入る。
「……はい」
「その場を離脱。尾は切れている」
短い。
責めない。
だが逃げ場もない。
さつきはまだ話している。
「ほんでさ、最近の若い子って――」
「あ、ごめん、急用思い出した!」
強引に切って走る。
背中にさつきの声が飛ぶ。
「またなー!あかりちゃん!」
――夜風だけが残った。
作戦後。
人気のない駐車場。
全員が揃う。
彩香が一歩前に出る。
「お前なぁ――」
「彩香」
玲奈が止める。
沈黙。
玲奈はあかりを見る。
その目は冷たい。だが――完全に切り捨てる目ではない。
「任務中の接触は排除が原則だ」
「……はい」
「だが、お前は排除しなかった」
間。
「理由は」
あかりは答えない。
答えられない。
玲奈は少しだけ視線を外す。
「人を切れないのは弱さだ」
空気が張り詰める。
「だが――それを理解している人間は、使い道がある」
静かに戻る視線。
「次は、迷うな。迷うなら、最初から動くな」
「……はい」
それ以上は言わない。
それが、玲奈なりの“温度”だった。
エンジン音が響く。
小野の夜は、何事もなかったように静まり返る。
二つの影は交わらない。
だが同じ命令の下で動く。
それが、NSTだった。




