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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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触れてはいけない温度 ― 嘘と本音の境界線

大阪府内某所、ヒロ室西日本分室。

そこは表向きには穏やかな事務拠点だが、裏では幾多の任務が動く静かな中枢だった。


その一角で、岡本玲奈は黙々と書類に向き合っている。


ペンを走らせる手は正確で、無駄がない。

整然と積み上げられた資料。

いつもと変わらぬ光景――のはずだった。


「……なんか最近、玲奈さんちゃうくない?」


ひそひそ声。


「うん、なんかこう……丸なったよな」


「優しなっとる気ぃする」


迫田ツインズが小声で囁き合う。


「絶対なんかあるって」


「あるなぁ」


横で聞いていたあかりがすぐ乗る。


「恋やろ、これ」


「えっ、玲奈さんが!?」


麻衣が目を丸くする。


「いや、でもありえるで。最近笑う回数増えとるし」


美咲も頷く。


「なんやろなぁ……ええことなんやけど、ちょっと不思議やわ」


――完全に“稚拙なガールズトーク”である。


「……仕事しろ」


低く、短い声。


彩香だった。


全員、一瞬で静まる。


だが彩香はそれ以上何も言わない。

ただ玲奈を一瞥する。


(……変わったな)


その変化を、誰よりも正確に捉えていた。


――


玲奈は、気づいていない。


自分の中で何かが変わっていることに。


書類に目を落としながらも、ふとした瞬間に思い出す。


悠真の声。

何気ない会話。

あの穏やかな時間。


(……何しとるんや、私は)


小さく息を吐く。


だが、その思考はすぐに戻ってくる。


(……でも)


ペンを止める。


(悪くない)


それが、今の正直な感情だった。


――


一方、その頃。


夜のビルの一室。


静まり返った空間。


東條悠真は、椅子に座っていた。


目の前には、黒鷹の男。


「順調やな」


低い声。


「……はい」


短く答える。


「最初は軽い情報でええ言うたやろ」


男が煙草に火をつける。


「その代わりや」


煙がゆっくりと立ち上る。


「もう一歩、踏み込め」


悠真の視線が揺れる。


「……どこまでですか」


「どこまででもや」


淡々とした声。


そこに感情はない。


「お前の価値は、そこにある」


机の上に置かれるファイル。


写真。

記録。

証拠。


――逃げ場はない。


「これが表に出たらどうなるか、分かっとるやろ」


悠真は目を閉じる。


社会的地位。

家族。

未来。


すべてが、一瞬で崩れる。


「……分かってます」


「ほな、やれ」


それだけだった。


――


部屋を出る。


夜風が冷たい。


(……なんでや)


拳を握る。


最初は簡単な話だった。


少し近づいて、軽く情報を流すだけ。


それだけで済むはずだった。


だが――


玲奈の顔が浮かぶ。


無防備な笑顔。

飾らない言葉。

強さと、優しさ。


(……あかん)


頭の中で、何度も同じ言葉が回る。


(これは、仕事や)


そう言い聞かせる。


だが、その言葉はもう軽い。


(……違う)


自分でも分かっている。


これは、ただの任務ではない。


――


翌日。


玲奈と会う。


何気ない会話。


変わらない距離。


「どうしました?」


玲奈が聞く。


「……なんでもないです」


悠真は笑う。


その笑顔は、完璧だった。


だが内側は――崩れている。


(……言えへん)


すべてを話せば、終わる。


この関係も。

この時間も。


(……守りたい)


初めて思う。


任務でも、義務でもない。


ただの感情。


――


玲奈は、その変化に気づかない。


ただ、目の前の男を見ている。


(……好きやな)


静かに、確かに。


その感情は、もう止まらない。


――


同じ場所にいながら。


同じ言葉を交わしながら。


二人の立っている場所は、少しずつずれていく。


嘘と、本音。


任務と、感情。


その境界線は、もう曖昧だった。


そして――


崩壊は、すぐそこまで来ていた。

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