表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/244

グラスの奥に揺れる影 ― 神戸、甘さの臨界点

神戸の夜は、優しい。

港の光は穏やかに揺れ、街はまるで恋を祝福するように静かに輝いている。


岡本玲奈は、その光の中にいた。


――


「おはよう」


朝の短いメッセージ。


それだけで、玲奈の一日が始まる。


東條悠真。

その名前が画面に映るだけで、胸の奥が少し温かくなる。


これまで知らなかった感覚。


任務も、規律も、責任も。

すべてとは別の場所にある時間。


(……悪くない)


そう思える自分がいる。


――


数日後。


三宮の中心にある、神戸牛の名店。


重厚な扉の向こう、落ち着いた照明の店内に四人が揃う。


岡本玲奈。

東條悠真。

藤堂隼人。

そして――芹沢遥室長。


「いやぁ、こうして集まるの久しぶりやな」


悠真がグラスを持ちながら笑う。


「そうですね、先輩」


隼人も応じる。


遥は静かにグラスを傾ける。


「こういう席も、ええもんやねぇ」


柔らかい駿河の言葉。


場の空気は、和やかだった。


――


神戸牛が運ばれる。


焼き上がった肉は、艶やかに光り、香りが静かに立ち上る。


ナイフを入れる。


力はほとんどいらない。


口に運ぶと――溶ける。


旨味が広がり、舌の上で消えていく。


「……これは、すごいな」


玲奈が呟く。


「ええですねぇ」


悠真も笑う。


赤ワインが注がれる。


深いボルドー。


一口飲むと、肉の甘みと重なり、味が完成する。


――


会話は自然に弾む。


学生時代の話。

仕事の話。

何気ない雑談。


その流れの中で――


「遥さん、ヒロインの運営って、どういう感じなんです?」


悠真が切り出す。


遥は微笑む。


「どういう、って言われてもねぇ……色々やっとるだけだで」


「例えば、スケジュール管理とか、誰が決めてるんです?」


「それはねぇ、みんなで相談しながらやっとるよ」


柔らかく返す。


だが悠真は止まらない。


「現場の判断って、どこまで裁量あるんです?」


「責任者が決めることが多いかなぁ」


「その責任者って、玲奈さんですか?」


玲奈が一瞬だけ視線を上げる。


遥は変わらず穏やかに答える。


「まぁ、状況によるねぇ」


悠真はさらに踏み込む。


「裏の調整とかも大変そうですよね。警察との連携とか」


「そうだねぇ、大変だら」


笑う。


だが――


(……ちょっと、踏み込むねぇ)


遥の中に、違和感が生まれる。


悪意は感じない。

むしろ、好奇心の延長のようにも見える。


だが。


(なんで、そこまで聞くんだら)


線の引き方が、ほんの少し違う。


――


隼人が割って入る。


「先輩、昔からそうなんですよ。気になると止まらない」


「そうやったか?」


悠真が笑う。


「情報屋向きですね」


「褒めてへんやろそれ」


場が和む。


玲奈も、少しだけ笑う。


その横顔を見て、悠真も安心したようにグラスを傾ける。


――


食事は終盤へ。


会話は軽くなり、笑いも増える。


どこから見ても、幸せな時間。


だが――


遥の視線は、変わらない。


(……悪い人じゃなさそうなんだけどねぇ)


心の中で呟く。


(でも、なんか引っかかるだよ)


言葉にできない違和感。


それが、消えない。


――


店を出る。


夜の三宮。


ネオンが揺れる。


「今日はありがとうございました」


悠真が言う。


「こちらこそ」


玲奈が応じる。


隼人と遥は、少し後ろを歩く。


――


「どう思う?」


遥が静かに聞く。


「何が?」


隼人はいつもの調子だ。


「先輩」


「普通でしょ」


即答。


「昔からああいう人ですよ。なんでも知りたがる」


遥は少しだけ息を吐く。


「……そうだら」


だが納得はしていない。


――


その頃。


玲奈は何も気づいていない。


悠真の隣で、静かに歩いている。


(……ええ人や)


それだけ。


冷静だったはずの自分が、完全に心を預けている。


「どうしました?」


悠真が優しく聞く。


「……なんでもない」


玲奈は微笑む。


その笑顔は、これまで見せたことのないものだった。


――


神戸の夜。


光は優しく、すべてを包み込む。


だがその奥で――


均衡は、静かに揺れ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ