日向の双影 ― 塚口ラインの追跡
阪急電車は不思議な鉄道だ。
大阪の喧騒から離れ、神戸へ向かうにつれて街の空気が少しずつ変わっていく。
尼崎市の塚口、武庫之荘。
その沿線には、関西らしい庶民の匂いと、どこか落ち着いた住宅街の空気が混じっている。駅前には昔ながらの商店街があり、一本裏に入れば静かな住宅地。阪急のマルーン色の車両が、ゆったりとその街を縫って走っていく。
だが、その穏やかな沿線も、時には影が動く。
西日本特別諜報班――NSTは、その夜、塚口駅周辺で張り込んでいた。
黒鷹の資金を運ぶ運び屋が、この界隈に現れるという情報が入ったからだ。
夜の商店街の奥。
玲奈が静かに双眼鏡を下ろす。
「来たな」
黒いワンボックス車が、阪急の高架沿いの道路に入ってきた。
彩香が無線を握る。
「迫田ツインズ、動けるか」
返事はすぐ返ってくる。
「了解」
「任せて」
宮崎県都城出身の双子ヒロイン――迫田澄香と澪香。
見た目は瓜二つ。
長い髪と整った顔立ち。だがNSTの中でも、彼女たちほど息の合ったコンビはいない。
澪香が先に動いた。
駅前の人混みの中を自然に歩き、ワンボックス車の横を通り過ぎる。
運び屋の顔を一瞬で確認する。
そのまま歩きながら無線で囁く。
「黒や」
その直後だった。
「玲奈さん〜!」
大きな声が響いた。
澪香が一瞬、足を止める。
振り向くと、そこには小柄な女性が大きく手を振っていた。
赤嶺美月だった。
明るいハーフツインテール。
テレビのロケ用マイクを持っている。
「偶然やな!」
完全にプライベートの遭遇だ。
美月はNSTの任務を知らない。
澪香の位置が運び屋にバレた。
男が振り返る。
「……誰だ」
まずい。
澪香が小さく舌打ちする。
その瞬間、男が走り出した。
高架下の路地へ。
澪香も追う。
だが相手は慣れている。裏道を抜け、武庫之荘方向へ逃げていく。
そして――
行き止まり。
澪香が壁際に追い込まれる。
男はナイフを抜いた。
「追ってくるな」
澪香は冷静に距離を測る。
だが狭い路地だ。踏み込めば危険だ。
その瞬間。
上から影が落ちた。
「そこまで」
澄香だった。
二階のベランダから飛び降りる。
双子の姉は、澪香の背後に着地していた。
「澪香」
「遅い」
澪香は小さく笑う。
「予定通りや」
双子は左右に分かれる。
男が振り向いた瞬間。
澄香が腕を取る。
澪香が足を払う。
二人の動きは一つだった。
男は地面に転がる。
ナイフが転がった。
静かに拘束完了。
数分後。
NSTの車両が到着する。
彩香が腕を組み、双子を見ていた。
「……」
そして呟く。
「あの姉妹」
少し笑う。
「やはり只者ではないな」
澪香が肩をすくめる。
「普通の姉妹やで」
澄香も同じ顔で笑う。
「ただ仲がええだけ」
遠くで阪急電車が走る。
塚口の夜は、また静かになっていた。
そして――
少し離れた場所では。
美月がまだカメラに向かっていた。
「阪急沿線のグルメ最高や!」
NSTの誰もが思った。
あの人は本当に何も知らない。
だが、その騒がしさのおかげで、
夜の街は少しだけ明るく見えた。




