但馬シャドーネット
兵庫県北部、日本海に面した但馬の海岸線。
豊岡から香住、そして浜坂へ――この一帯は、山と海が鋭くぶつかる荒々しい地形で知られている。冬には日本海の荒波と雪雲が押し寄せ、夏は透明な海と白い砂浜が広がる。松林の影を縫うように小さな漁港が点在し、夜になれば灯台の光だけが暗い海を切り裂く。
表向きは静かな漁師町。
だがこの海は、昔から密輸の海でもあった。
国境に近い海域。
小さな船ならレーダーに映らない。
潮流も複雑で、逃げ道はいくらでもある。
その夜、香住沖の海はやけに静かだった。
だが空の上からは違って見えた。
ヘリコプターのキャビンで、若林あおいが双眼鏡を下ろす。
夜の海面に、小さな光が三つ。
「見えた」
冷静な声だった。
「小型船三隻。速度不自然」
無線の向こうで玲奈が言う。
「黒鷹や」
あおいは操縦桿を軽く押す。
ヘリが旋回する。
その下の海を、もう一つの影が走っていた。
河合美音の高速艇だ。
エンジンの唸りが海面を震わせる。
波を切り裂くように艇が走る。
無線であおいが言う。
「南へ逃げる」
美音の声は静かだった。
「追う」
それだけだった。
海面での追跡が始まる。
小型船が三方向へ散る。
連中は地形を知っている。岩礁帯へ逃げ込むつもりだ。
彩香が無線で言う。
「ややこしい海域やぞ」
だが上空のあおいは冷静だった。
「二隻は陽動」
「本命は中央」
その瞬間、海面から小さな影が飛び上がった。
ドローンだった。
夜間監視ドローン。
あおいが呟く。
「来た」
機体が回避旋回する。
ドローンがヘリを追う。
海上では美音の艇にもドローンが向かった。
澄香が言う。
「連中、本気」
その時、岩陰に伏せていた少女が立ち上がる。
春日美咲。
大和の祈姫。
彼女は小さく息を整えた。
「……ごめんなさい」
静かに呟く。
引き金を引いた。
乾いた音が夜の海岸に響く。
ドローンのライトが消えた。
機体が海へ落ちる。
澪香が言う。
「命中」
美咲はすぐ次のドローンを狙う。
二機目。
三機目。
次々と海に落ちていく。
あおいが無線で言う。
「助かった」
美音の艇はすでに距離を詰めていた。
エンジンが唸る。
波を飛び越える。
逃げる密輸船が急旋回する。
だが高速艇の操舵はそれ以上だった。
美音が舵を切る。
艇が横滑りする。
逃げ道を塞ぐ。
「終わり」
静かな声。
その時だった。
遠くの道路から声が響く。
「みなさーん!」
テレビカメラのライトが海を照らす。
神戸放送の生放送だった。
レポーターの三好さつきが叫ぶ。
「但馬の夜の海をお伝えしています!」
彩香が絶叫する。
「なんで生放送やねん!」
さつきは気付いていない。
その明るいライトが、
逃げていた密輸船を海上で照らしていた。
船は一瞬、動きを止める。
その隙を美音は逃さない。
高速艇が接近する。
「確保」
数分後、三隻の密輸船は包囲されていた。
——
浜坂港。
押収された木箱が岸壁に並んでいた。
彩香が蓋を開ける。
中身を見た瞬間、空気が凍った。
「……なんやこれ」
玲奈が箱を覗く。
言葉を失う。
中には整然と並んでいた。
軍用通信機。
暗号装置。
そして小型戦術ドローン。
あおいが低く言う。
「軍隊装備」
美音は黙って海を見ていた。
玲奈が静かに言う。
「黒鷹……」
その声は重かった。
「戦争する気や」
日本海の夜風が吹く。
さつきの生放送の声が遠くから聞こえる。
だがNSTの誰も笑っていなかった。
但馬の静かな海で、
彼女たちは確かに見てしまったのだ。
クーデターの影が、
すぐそこまで来ていることを。




