六甲地下回廊
神戸の背後にそびえる六甲山地。
港町を見下ろすその山は、昼間はハイキング客や観光客で賑わう穏やかな場所だ。頂上から望む夜景は「百万ドルの夜景」と呼ばれ、港の灯りと都市の光が海まで続く。
だが六甲には、もう一つの顔がある。
山の地下には、古いトンネル網が張り巡らされている。
戦前の軍事施設、資材搬送用の通路、廃止された工業トンネル。地図に載らない地下通路が複雑に交差し、山の内部を迷路のようにつないでいる。
地元でも知る人は少ない。
だが、黒鷹一派は知っていた。
夜の六甲。
人気のない山道を、一台のワゴン車が登っていく。
その後ろを、ライトを消した車が追う。
西日本特別諜報班――NSTだった。
玲奈の声が無線に落ちる。
「目標は地下搬入口」
静かな命令だった。
「黒鷹の武器搬入や。静かにいくで」
現場リーダーの彩香が答える。
「了解」
車を降りたメンバーは、山の斜面にある古びた鉄扉の前に立った。
地下回廊の入口だ。
迫田ツインズが先行し、暗いトンネルを確認する。
「クリア」
「奥に光」
トンネルの奥には、確かに人影があった。
黒鷹の構成員たちが木箱を運び込んでいる。
彩香が小さく言う。
「武器庫やな」
玲奈が頷く。
「押さえるで」
その時だった。
トンネルの外から車のエンジン音が聞こえた。
ヘッドライトが闇を裂く。
彩香が顔をしかめる。
「……またか」
車から降りてきたのは、明るい声の女だった。
「わぁ~!夜景きれい!」
三好さつきだった。
神戸放送の情報番組レポーター。
今日はどうやら仕事ではないらしい。
隣には男がいる。
「さつき、ここ暗いよ」
「大丈夫やって!」
さつきが歩いてきて、突然止まる。
「あれ?」
トンネルの入口に立つあかりと目が合った。
「あかりちゃんやん!」
山本あかりは固まった。
「さ、さつきさん!?」
さつきは笑う。
「こんなとこで何してるん?」
そして男の腕を引く。
「この人ねぇ~」
嬉しそうに紹介する。
「彼氏なんよ」
さらに、あかりの肩をぽんと叩く。
「この子なぁ、戦隊ヒロインの仲間でなぁ。
四日市出身のめっちゃ元気でええ子なんよ」
やんわりした阿波弁だった。
男が笑う。
「そうなん?」
あかりは困った顔になる。
「え、えっと…」
男が続ける。
「俺も三重出身なんやけど」
あかりの目が光る。
「えっ!?三重!?」
一瞬で距離が縮まった。
「どこですか!?」
「松阪です」
「私は四日市です!」
彩香が頭を抱える。
「何しとんねん……」
地下では黒鷹が武器を運んでいる。
だが地上では三重トークが始まっていた。
「赤福好き?」
「大好き!」
「俺も!」
澄香が呟く。
「平和」
澪香が続ける。
「すぎる」
見かねた美音が歩いてきた。
バイオレットのショートカットが夜風に揺れる。
「あかり」
短く言う。
「行くよ」
あかりの肩を掴み、軽く引き剥がす。
「あ、はい!」
やっと任務に戻る。
NSTは静かに地下回廊へ侵入した。
暗いトンネル。
箱の影。
黒鷹の構成員が振り向く。
「誰だ!」
その瞬間、彩香が飛び出した。
「NSTや」
短い衝突だった。
数分後。
地下回廊は静かになった。
武器箱が並び、黒鷹の構成員は拘束されている。
玲奈が言う。
「任務完了」
外に出ると、さつきの車はまだ停まっていた。
あかりが嬉しそうに言う。
「さつきさんの彼氏、めっちゃいい人でした!」
彩香の顔が引きつる。
「お前なぁ……」
あかりは無邪気に続ける。
「イケメンでした!」
彩香の説教が始まる。
「任務中やぞ!
敵おる場所で雑談すんな!」
あかりは首をすくめる。
「でも三重の人だったんです」
玲奈が小さく笑う。
六甲の夜景が、神戸の街を照らしていた。
地下では密輸が止まり、
地上では説教が続く。
それでも――
六甲地下回廊の闇は、
今夜もNSTによって静かに封じられていた。




