北風のスカイライン
兵庫県の日本海側、但馬地方。
瀬戸内海の穏やかな海とは対照的に、日本海は荒々しい。冬になれば灰色の空と鉛色の海が続き、強い北風が波を砕く。だがその厳しさの中に、但馬の海岸線には独特の美しさがある。
竹野浜の白い砂浜。
城崎温泉の柳並木と外湯巡り。
さらに西へ行けば、断崖と奇岩が続く山陰海岸ジオパーク。
世界的にも珍しい地形を持つこの海岸線は、観光地として高く評価されている。
だが、その入り組んだ海岸線は同時に——
密輸にも向いている。
その夜、NSTが追っていたのは黒鷹の武器搬入ルートだった。
——
夜の日本海上空。
若林あおいの操縦するヘリが、暗い海の上を滑っていた。
ローターの振動が機体を震わせる。
窓の外は真っ黒な海。
波だけが白く光っている。
あおいが言う。
「竹野浜上空到達」
隣で山本あかりが窓に張りついていた。
「うわぁ……すごい海!」
あおいは苦笑する。
「観光じゃない」
あかりは興奮している。
「でも夜の日本海って映画みたいですね!」
無線から玲奈の声が入る。
「……あかり」
「はい!」
「静かにしとき」
「はい!」
三秒後。
「でもめっちゃ綺麗です!」
あおいは肩をすくめた。
「元気ですね」
玲奈は淡々と言う。
「それがあかりや」
その時、レーダーに反応が出た。
あおいの声が変わる。
「小型船確認」
岩礁の影を縫うように進む船影。
玲奈が言う。
「高度上げとき」
あおいは即答する。
「それじゃ見えません」
玲奈。
「突っ込みすぎや」
あおい。
「止まりすぎです」
無線越しに沈黙。
NSTの隊員たちは知っている。
また始まった。
令和のストップゴー事件。
玲奈は冷静に言う。
「警察は証拠取る」
あおいは答える。
「自衛隊は逃がさない」
玲奈。
「現場は私が読む」
あおい。
「空は私が読む」
二人とも一歩も引かない。
あかりが小声で言う。
「……怖い」
だがその瞬間だった。
別の無線が割り込む。
「玲奈さーん!」
玲奈が眉をしかめる。
「……なんや」
元気すぎる声。
赤嶺美月だった。
美月は、明るい色のハーフツインテールを揺らしながら、
城崎温泉の柳並木の通りでカメラに向かっていた。
「はい!こちら但馬の城崎温泉です!」
CS旅番組のレポーターとしてロケ中だった。
「外湯巡りが有名でですねー!」
その時、美月は空を見上げる。
夜空をヘリが横切った。
「あ!」
美月が大きく手を振る。
「玲奈さーん!」
玲奈は目を閉じた。
「……なんで分かる」
美月はさらに叫ぶ。
「がんばってー!」
カメラマンが困惑する。
彩香が無線で呟く。
「なんで任務の場所におるんや……」
あおいが笑いをこらえる。
「有名人なんですね」
玲奈は短く言う。
「違う」
その時。
あおいが言った。
「目標減速」
密輸船は岩場に近づいている。
玲奈。
「彩香」
「はい」
「今や」
「了解!」
NSTが海岸で動く。
数分後。
密輸グループは確保された。
作戦は成功だった。
——
ヘリポート。
日本海の風は冷たい。
あおいがヘリから降りる。
玲奈が歩いてくる。
少し沈黙。
あおいが言う。
「空の判断、間違ってなかったでしょう」
玲奈は答える。
「地上の読みもな」
少しだけ笑う。
「ええ飛びや」
あおいも頷く。
「ええ指揮でした」
二人は海を見る。
黒い日本海。
その向こうに北の国がある。
その時、スマホが鳴った。
美月からだった。
「玲奈さん!旅番組出るで!」
玲奈は遠い目をした。
「……なんでや」
但馬の夜は静かだった。
だがNSTの任務は、
なぜかいつも少しだけ騒がしい。




