瀬戸内スカイチェイス
兵庫県南部の海は、太平洋の荒さとは違う顔をしている。
瀬戸内海。波は穏やかで、大小の島々が点在し、古くから海上交通の大動脈として栄えてきた海だ。播磨灘から淡路島、そして明石海峡へ続く海路は、貨物船、漁船、高速艇が行き交う日本有数の航路でもある。
しかし穏やかな海というのは、裏を返せば逃げ道が多いということでもある。
その夜、NSTが追っていたのは黒鷹の資金運搬ルートだった。
情報によれば、小型の高速艇が瀬戸内海を横断して資金を運ぶ。
地上からでは追いきれない。
そこで投入されたのが、若林あおいの操縦するヘリだった。
——
夜の瀬戸内海上空。
ローターが空気を裂く。
眼下には島影と航路灯が流れていく。
操縦席の若林あおいが言う。
「目標海域到達」
隣では山本あかりが窓に張りついていた。
「うわぁぁ!海すごい!島いっぱい!」
あおいは苦笑する。
「観光じゃない」
あかりは興奮したままだ。
「ヘリってこんな速いんですね!」
無線から玲奈の声が入る。
「……あかり」
「はい!」
「静かにしとき」
「はい!」
三秒後。
「でも夜の海めっちゃ綺麗です!」
あおいは肩をすくめた。
「元気ですね」
玲奈が淡々と言う。
「それがあかりや」
その時、レーダーに動きが出た。
あおいが目を細める。
「高速艇確認」
海面を滑る影。
玲奈の声。
「追跡開始」
あおいは操縦桿を握り直す。
「了解」
ヘリは高度を下げる。
海面ぎりぎり。
高速艇が逃げる。
その時だった。
玲奈が言う。
「距離保て」
あおいは即答する。
「それじゃ逃げます」
玲奈。
「彩香が港で待っとる」
あおいは眉をひそめた。
「今止めれば終わります」
玲奈。
「証拠がいる」
あおい。
「逃げられたら意味ない」
無線越しに緊張が走る。
玲奈は冷静に言う。
「追い込みは地上」
あおいは低い声で言う。
「空を信じてください」
玲奈も引かない。
「現場は私が読む」
しばらく沈黙。
あかりが小声で言う。
「……二人とも怖い」
あおいは深く息を吐く。
「分かりました」
高度を少し上げる。
その瞬間だった。
別の無線が割り込む。
「おーい!」
赤嶺美月の声だった。
玲奈が眉をしかめる。
「なんや」
美月は妙に機嫌が良い。
「さつきとドライブしとるねん!」
後ろで三好さつきが笑う。
「瀬戸内の夜景めっちゃ綺麗!」
玲奈は冷静に言う。
「任務中や」
美月は続ける。
「なんかヘリ飛んどるで!」
さつき。
「動画撮っとこ!」
彩香が無線で呟く。
「やめてくれ……」
だがその数秒後。
あおいが言った。
「目標減速」
高速艇は港へ向かう。
彩香の声。
「捕まえた!」
任務完了だった。
——
ヘリポート。
ローターが止まる。
あおいが降りる。
玲奈が歩み寄る。
少し沈黙。
あおいが言う。
「さっきは失礼しました」
玲奈は首を振る。
「ええ」
海を見ながら言う。
「空からの目、助かった」
あおいも言う。
「地上の読み、完璧でした」
二人は少し笑う。
立場は違う。
警察と自衛隊。
考え方も違う。
だが任務では同じだった。
海の向こうに夜の島影が見える。
瀬戸内の静かな海の上で、
NSTの連携はまた一つ強くなっていた。




