六甲の夜を越えて
六甲山地は、神戸の背後にそびえる長い稜線だ。
昼間は穏やかな山並みだが、夜になると別の顔を見せる。山頂の展望台から見下ろす神戸の街は、港から大阪湾までが一枚の光の海になり、世界でも有名な“100万ドルの夜景”と呼ばれている。
だが、その美しい光の背後には、暗い山道もある。
六甲山の林道は複雑で、地元の人間でも迷うほどだ。
廃業した保養施設、使われなくなった山荘、古い索道跡。
犯罪者にとっては格好の隠れ場所だった。
その夜、NSTが追っていたのも、その山の影だった。
——
ヒロ室西日本分室の作戦ブリーフィング。
岡本玲奈が地図を指す。
「黒鷹の連絡拠点が六甲にある」
彩香が眉をひそめる。
「山の上ですか」
玲奈は頷く。
「車では追えへん」
そこで言ったのが若林あおいだった。
「ヘリを使います」
自衛隊出身のヘリ操縦士。
NSTのサポートメンバー。
玲奈は腕を組む。
「山は風が読めへん」
あおいは即答する。
「だから空の人間が必要なんです」
玲奈の視線が鋭くなる。
「警察は慎重に動く」
あおいも引かない。
「自衛隊は確実に仕留める」
作戦室の空気が一瞬凍った。
彩香が小声で呟く。
「……始まった」
NST隊員の間では有名だった。
“令和のストップゴー事件”
玲奈は静かに言う。
「突っ込むだけが作戦やない」
あおいも静かに返す。
「止まりすぎるのも失敗です」
二人の視線がぶつかる。
しかし玲奈は最後に言った。
「ええ」
短い言葉だった。
「飛んでもらう」
——
夜。
六甲山上空。
ヘリのローターが闇を切り裂く。
コックピットから見えるのは、
神戸の光の海。
あおいが呟く。
「……100万ドルの夜景」
だが次の瞬間、視線は山の闇に戻る。
「目標施設確認」
玲奈の声が無線から届く。
「高度保て」
あおいは眉をひそめる。
「低空の方が見えます」
玲奈。
「狙撃の可能性ある」
あおいは少し強い口調になる。
「それでも見ないと意味がない」
玲奈も譲らない。
「慎重に動け」
無線越しに、二人の緊張が伝わる。
彩香が苦笑する。
「二人とも正しいんが困る」
その時だった。
施設から車両が動いた。
あおいが言う。
「逃げます!」
玲奈。
「追うな」
「え?」
あおいは思わず言った。
「追わないと見失います!」
玲奈。
「下で彩香が待っとる」
あおいは一瞬考える。
そして言った。
「……分かりました」
ヘリは上空を旋回する。
逃走車は山道を下る。
彩香が待ち伏せ。
完璧な連携だった。
——
だがその時。
無線に別の声が入る。
「おーい!」
三好さつきだった。
「ちょっと待って!」
玲奈が言う。
「なんや」
さつきは焦っていた。
「道間違えた!」
彩香が叫ぶ。
「六甲で迷うな!」
さつきは言う。
「夜景綺麗すぎて!」
あおいが思わず笑う。
玲奈はため息をついた。
「任務中や」
だがその数秒後。
彩香の声が入る。
「確保しました!」
作戦は成功だった。
——
ヘリポート。
夜風が冷たい。
あおいがヘリから降りる。
玲奈が近づく。
少し沈黙。
あおいが先に言う。
「さっきはすみません」
玲奈は首を振る。
「ええ」
そして言う。
「腕は確かや」
あおいは少し驚く。
玲奈は続ける。
「空からの目、助かった」
あおいも言う。
「地上の読み、完璧でした」
少しだけ笑う。
「……警察、やりますね」
玲奈も笑う。
「自衛隊もな」
二人は六甲の夜景を見る。
光の海が広がる。
地上と空。
立場は違う。
考え方も違う。
だが任務では、
同じ方向を見ていた。
六甲の夜を越えた先に、
NSTの連携がまた一つ生まれていた。




