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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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白いノート、曲がらない鉛筆

神戸という街には、独特の風がある。

海の匂いに、遠い国の香りが混じる風だ。


港の桟橋にはコンテナ船が並び、外国語の怒鳴り声とクレーンの唸りが空気を震わせる。

だが坂を上れば、石畳の通りと古い洋館が静かに海を見下ろしている。


その街の風を受けて、岡本玲奈は育った。


小学校に入るころには、すでに周囲の大人たちは気づいていた。

この子は少し違う、と。


成績は常に上位。

いや、上位というよりほとんど一番だった。


算数の計算は早く、国語の文章は深く読む。

社会の授業では教師より詳しいこともある。


同時に運動もできた。

陸上でも球技でも、何をやらせてもそつがない。


教師が通知表に書いた言葉は、いつも同じだった。


文武両道。


だがそれは、玲奈の本質を説明するには少し足りない。


玲奈は目立とうとしない。

騒がない。

笑うときも声を立てない。


いつも静かにそこにいる。


長い黒髪。

整った顔立ち。

落ち着いた目。


小学生とは思えないほど大人びた美少女だった。


そのせいで、クラスの空気は少し奇妙だった。


女子は玲奈を尊敬していた。

だが距離を置く。


男子はもっと分かりやすい。

近づかない。


高嶺の花、という言葉を

子供たちはまだ知らない。


それでも、そういう空気だけは理解していた。


玲奈に友人は多くなかった。


だが、少ない友人は

皆、玲奈をよく知っていた。


玲奈は冷たい人間ではない。


むしろ情に厚い。


誰かが困っていれば、

最後に手を差し出すのは玲奈だった。


ただ、騒いだり自慢したりしない。


静かにやるだけだ。


放課後、玲奈は白いノートに

びっしりと文字を書いていた。


勉強のまとめではない。


考えたことを書く。


街のこと。

港のこと。

人の言葉。


玲奈は人の表情をよく観察していた。


神戸の街は、子供にも多くのものを見せる。


外国人。

観光客。

船員。

商人。


異国情緒という言葉がぴったりの街だ。


だがその華やかさの裏には、

別の顔もある。


港の仕事は金になる。


だからこそ、

人の思惑も渦巻く。


玲奈は幼いながらも

それを感じ取っていた。


父の会社——岡本港湾サービス。


神戸港の荷役を請け負う会社だ。


規模は大きくない。

だが港では知られた存在だった。


理由は単純。


真面目すぎる会社だからだ。


契約は守る。

不正な仕事はしない。

危険な荷は断る。


父、岡本鉄哉は頑固だった。


神戸の港湾業界は、

綺麗な世界ではない。


企業。

政治。

そして裏社会。


港のコンテナには

荷物だけでなく利権も積まれている。


そんな場所で、

鉄哉は一歩も引かなかった。


玲奈は父を尊敬していた。


多くを語らない男だが、

背中はまっすぐだった。


だが玲奈は気づき始めていた。


最近、家の空気が変わっている。


夜の電話が増えた。


父の帰りが遅い。


母が時々、

窓の外を気にしている。


ある夜、玲奈は父の声を聞いた。


珍しく少し強い口調だった。


「それは出来ん。

 うちはそんな仕事はせん」


受話器の向こうで

誰かが何かを言った。


父は短く答えた。


「……断る」


それだけだった。


玲奈は廊下で立ち止まっていた。


子供でも分かる。


何かが起きている。


神戸港は復興の熱で

巨大な金が動いていた。


港湾利権。


その言葉を玲奈は知らない。


だが空気は読める。


危険な匂いがする。


玲奈は白いノートを開いた。


鉛筆を握る。


だがその鉛筆は

決して曲がらなかった。


玲奈は昔からそうだった。


嘘を書かない。

ごまかさない。


ただ、見たことを書く。


その夜のノートには

短い言葉が残った。


「港はきれいな場所ではない」


玲奈はまだ子供だった。


だから何もできない。


ただ観察する。


ただ覚えておく。


それが

後にNSTのボスになる少女が

最初に覚えたやり方だった。


窓の外では、

神戸港の灯りが静かに揺れていた。


海風が街を吹き抜ける。


その風は、

玲奈の髪を揺らしながら

遠い未来へと続いていた。

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