第4話 可愛らしい同居人
王太子妃候補として、リングット公爵家の次子として、できる限りのことはしてきたつもりだ。
しかし、その結果がこれである。
何度も何度も婚約破棄を突き付けられ、他の女を大事そうに腕に抱く姿を網膜に焼き付くほど見せつけられた。時には愛した人に殺されるというおまけつきだ。
なんと情けないことか。
おかげで淑女という仮面はボロボロに朽ち果て、死すら平然と受け入れる女傑へと変貌した。
こんなどうしようもない一年を数十回とループし続けているのだから、性格の一つや二つひん曲がって当然だろう。
見た目通りの美しい人だと思い込み、隠れた本性を見抜くことすらできなかった己が嘆かわしい。
悔しさに下唇を噛むと少し血が滲んだ。
「……おい。大丈夫か?」
敵意から一転、気遣わしげな視線が降ってくる。
オフィーリアは微笑んで彼の腕にもたれかかった。
「原形をとどめないほどに殴れば皆同じ。見た目の優劣や種族になんの意味がございましょう。大切なものは外見ではございません。ハートだと思いますわ」
「君、何を殴って投獄されたんだ?」
「あら、まだ殴ってはいませんわよ?」
「殴る気はあるのか」
「さぁ、どうでしょう?」
機会があればぜひ、と返しても良かったが、せっかく萎んだ敵意を呼び覚ます必要はない。無益な争いなど百害あって一利なしだ。
オフィーリアは甘えるように頬をよせた。
食い殺されるエンドではないのなら獄中死か処刑か。どちらにせよ残り少ない余生は心穏やかに過ごしたい。であれば、同居人には親愛をもって接するべきだろう。
「そう警戒しないでくださいまし。全部本心ですわ」
「本心、か。怖がられるよりかは何倍もマシだとはいえ、得体の知れないものには恐怖を覚えるのが人の常だ。流れに逆らえば排除される。君も、随分と生きにくそうだ」
「まあ、大衆の意見に流されて本質を見誤る女の方がお好みかしら? ならばそのように振る舞いますが」
「……まるで手負いの虎だな」
獣人はオフィーリアの手を振り払うと立ち上がった。
「何が言いたいのです?」
「疲れているように見える。理由は聞かん。少し休むといい。俺は離れていよう」
ビクリと肩が震える。すべて見透かされている気分だった。彼女の心は継ぎ接ぎだらけ。傷つくたび二度と弱みは見せまいと強固に縫い付け、補修し、もはや壊れようがないくらい強靭になった。――だというのに、未だ虚勢という分厚い壁で覆ってしまうのは、恐れているからなのだろうか。
(壊されることには慣れたと思っていたけれど、存外疲れていたのかしら)
自分が傍にいれば落ち着けないだろうと離れていく彼に、自然と手が伸びた。より正確にいえば目の前でふわふわと揺れる尻尾に、だったが。
「――ぅわッ、こ、こら! 尻尾を掴むな!」
「このような冷たい床では心が休まりません。わたくしを凍えさせるおつもりで?」
「人の好意は受け取っておくものだぞ」
「それを好意だと思っているのはお一人だけかと」
じ、と彼の瞳を見つめる。尻尾を握る手に力が籠った。
「……まったく、素直じゃないな。傍にいてほしいならそう言え」
「まあ、酷い。もふもふの尻尾に身体を押し付け頬ずりしながらあなたの匂い包まれたいと、そんなはしたないお強請りをしろとおっしゃるの?」
「違う! なぜそうなる! ああもう、分かった分かった。俺が悪かった! 君が素直じゃないことは十分すぎるほど伝わった。もう好きにしろ。今日だけはとことん付き合ってやるから。何でも言うといい」
彼は大きくため息を吐いてオフィーリアの隣に腰を下ろした。
(今、何でもと聞こえたのですが)
言い間違いかと思い表情を伺うも、特に訂正する気はない様子に瞳を瞬かせる。
なんというお人よしだ。オフィーリアが悪人であれば無理難題を押し付けてくる可能性だってあるだろう。それなのに、制限付きとはいえ、何でもという軽率な約束を交わしてしまうなんて。
危機管理が甘すぎるのではと少し心配になる。
(だからこんなところに繋がれているのでしょうけど。まぁ、そうおっしゃるのなら有意義に使わせていただきましょうか)
オフィーリアの推測が正しければ、彼はこのループを打破するための重要な駒となる。是が非でも親密になり、首に縄をつけて飼い慣らさねばならない。せいぜい上手に、愛らしく、手のひらで踊ってもらうとしよう。
尻尾を抱きしめ、もふもふの毛並みに顔を埋める。
「……尻尾は敏感なんだ。優しく頼む」
「ふふ、自ら弱点を告げるなど自殺行為ですわよ?」
「俺の尻尾に何をする気だ。あまり酷いことはするなよ」
では酷いこと以外でしたらしてもよろしいのですか――などという意地悪な質問はさすがに呑み込んだ。
(本当、次のループではさっさと首輪を付けて飼い慣らして差し上げたいわ。そうすればこんな冷たくて寂しい場所に一人繋がれるなんて目には遭わせませんのに)
信じれば信じた分だけ裏切られた時の反動が大きい。だからこれはただの憐れみだ。所在なさ気に視線を彷徨わせている彼の尻尾が温かくて優しかったから、少し絆されてしまっただけ。
オフィーリアは尻尾を抱いたまま彼の腕にもたれかかり、しばしの間目を瞑った。




