第2話 出会い
薄暗い地下牢への階段を、蝋燭の光を頼りに下っていく。
まさか近衛兵の宿舎に隠し扉が設置されているとは夢にも思わなかった。
何かあった場合すぐ対処できるように、最大の警戒をもって管理しなければならぬ者。それを押しこめておくのが第五監獄なのだろう。
ならば、この先にいるのはよほどの怪物か。
王太子の側近を先頭にオフィーリアの前後を二人の近衛兵が固めている。本気を出せば一瞬で彼らの意識を刈り取ることも可能だが、今はこの第五監獄に収監されているものを確認しなければならない。
さて、この選択が吉と出るか凶と出るか。
トン、と軽やかな足取りで地下に降り立つオフィーリア。
どうやら独房の数はそれほど多くはなく、せいぜい三、四部屋。しかし使われているのは一部屋だけのようだった。
「オフィーリア殿にはこちらへ入っていただくよう、王太子殿下から厳命されております」
「先客がいるようですけれど?」
広々とした独房の隅に、毛皮を被り身体を丸めている人物が確認できる。
体格からして男性。確かにここは地上より寒い。震えるほどではないが夜は少々厳しくなるだろう。わたくしも毛布を持って来ればよかったかしら、などとぼんやり考えながら牢屋に足を踏み入る。
「……ご武運を」
途端、ガチャリと鍵をかけられた。
振り向けば、慌ただしく出ていく兵たちの後姿が目の端に写った。
(まあ、なんて節操のない方々。職務放棄にも等しい行為だわ。普通ならばわたくしが大人しくしているか、確認してから退出するものでしょうに)
オフィーリアはやれやれと肩をすくめながら部屋の奥へと歩みを進める。
まずは収監されている人物について情報収集だ。
この男性、遠目から見てもかなりガタイが良いとわかる。立てば二メートルをゆうに越すだろう。黒くて艶のある毛皮を纏っているので外観から得られる情報はこれくらいだが――いや。オフィーリアは目を見開いてはたと足を止めた。
白いワイシャツに黒いズボンという簡素な格好。それはいい。けれどなぜ毛皮の上から着ているのか。
(……違う。そうではない。彼はまさか)
「獣人?」
彼女の言葉に、男はゆったりと顔を上げた。
鋭い金の瞳に、長い鼻。腰の付け根からはボリュームのある尻尾が生えている。
全身をもふもふの毛皮に包まれた人狼型の獣人。こちらを警戒しているのか、頭の上についている耳はぴんと伸び、指先からは鋭利な爪が覗いていた。
「……驚いた。女がくるのは初めてだ。可哀想に」
落ち着いたバリトンボイス。
退廃的な雰囲気すら感じさせる色っぽい声にうっかり耳を奪われる。それを恐怖からと勘違いした彼はくつくつと声を押し殺して笑った。
「驚いて声も出ないか。そうだろう」
世界には人間と獣人、二つの種族が存在する。
獣人とは二足歩行で人語を操るだけの獣。その凶暴性は虎にも狼にも匹敵し、鋭い爪と牙で人間を襲い肉を食らう――と、言い伝えられている。
言い伝えられているというのは、この国は人間のみで構成されている人間主体の国家だからだ。
たまに獣人の目撃情報が入ることもあるが、すぐさま王国の警備隊が対処に当たるため実物を見たのは初めてだった。
捕らえられた彼らはどうなるのか。不思議に思っていたが、なるほど。このように地下牢へ閉じ込められていたわけか。
第五監獄とはつまり、獣人用の監獄だったわけだ。
「まるっと理解致しましたわ。今回は貴方に食い殺される運命なのですね。これもまた定め。受け入れましょう。ささ、遠慮なさらず。どうぞ!」
両手をばっと広げ歩み出る。しかしそれに驚いたのは獣人だった。彼は目をパチパチと瞬かせて、化物を見るような目でオフィーリアを見た。
「ま、待て待て待て! 落ち着け! 確かにこのような形をしているが人肉など食わん! まったく、これだから獣人を理解していない国の民は。獣人だろうが普通にお前たちと同じものを食っている。野菜も好きだ!」
「あら、そうでしたの。失礼いたしました。ではわたくしの身体を貪るおつもりで?」
「……は?」
「いやですわ、もう。腹上死なんて初めてでドキドキしてしまいます。優しくしてくださいましね? どうせ死ぬなら穏やかに死にたいですもの」
にこにこと微笑みながら距離を詰めてくるオフィーリアに、恐怖の表情を浮かべる獣人。
はたから見ればどちらが捕食者なのか分からない。
「……君は、その、頭の病気でここへ収監されたのか?」
「まあ、なんてこと。わたくしは正常ですわ」
ぷく、と頬を膨らませ獣人の真正面に腰を下ろす。彼はどうしたものかと困惑した表情でうなだれた。しかし離れていこうとはせず、ただじっとそこに座っている。
(この方に食い殺されるエンディングではない、ということかしら?)
ストック少なめなのと若干のミステリー要素があるのでサブ更新予定です。状況によっては繰り上げメインもあるかもですが、今のところのんびり予定です。




