第1話 七十六回目の婚約破棄
(チッ、このルートも失敗ですか)
リングット公爵家の次子オフィーリアは心の中で舌打ちをした。
シャンデリアが悠然と輝くパーティー会場。
本来ならば王太子殿下とオフィーリアの婚姻が正式に内定され、新しい門出を祝う素晴らしい場になるはずだったのに。
どうしてこうなってしまったのか。
目の前には子リスのような男爵令嬢を大事そうに腕に抱き、こちらを指差すアイルト王太子の姿がある。
アヒルのようにぎゃあぎゃあ煩く喚いているが、オフィーリアにはもうどうでもいいことだった。
ぱっと扇子を開いてため息をつく。
大方、お前の悪事がどうの証拠がどうの言っているのだろう。決め台詞はお前との婚約を破棄し彼女と婚約する、だ。
馬鹿馬鹿しい。
始めこそみっともなく狼狽え、身の潔白を切々と説いたが、七十六回目となるとさすがに慣れた。というより飽きた。
どうせバッドエンドまっしぐらなのだからスキップ機能くらい搭載していてほしいものだ。
そう、七十六回目。
オフィーリアはこの茶番を七十六回と見続けている。
年の初めに目を覚まし、王太子からの婚約破棄宣言を経て今年を越えられずに命を落とす。これの繰り返し。
もちろん毎回対策は練っている。しかし死の運命が覆ることは一度たりともなかった。
男爵令嬢に優しくすれば嫉妬した王太子に暗殺され、極力近づこうとしなければ嫌っているのだと誤解され断罪ルート。
理不尽極まりない。
しかも最近は目覚める間隔がだんだんと短くなってきており、嫌でもタイムリミットは間近なのだと理解させられた。
冬に戻されていたはずなのに、今回は春の終盤から。取れる対策の幅も目に見えて減り、焦りを通り越して諦めにも似た心境だ。
男爵令嬢などに興味はないし、王太子が欲しいのならいくらでも差し上げる。後ろ盾が必要ならば力になりましょう。自分の命がなにより大事だもの――そう思っているのに、いくら潰しても潰しても新しい芽がぽこぽこ出現するのだ。
さすがにもうお手上げである。
(どうしてわたくしがこんな目に。王太子殿下と男爵令嬢。彼らは死神です、死神)
最終的に何もかも嫌になって皆殺しの殺戮パーティーを開催したこともあったが、その時は運悪く流れ弾に当たって死んだ。
おかしな話だ。
普段ならあの程度避けられたはずなのに。
なにせリングット公爵家は国が誇る戦闘民族――もとい、国の守護神から与えられたパーフェクトボディを有する一族なのだ。
全員が線の細い美形であるにも関わらず、拳一つで地面を叩き割ると噂されている。
ちなみにオフィーリアは絹のような銀髪に深いブルーの瞳が印象的な美少女であるが、当然のように拳一つで地面くらい割る。
「オフィーリア・リングッド公爵令嬢。貴女にはアイルト王太子への暗殺疑惑がかけられております。弁明があるのなら聞きましょう」
王太子の側近がずいと前に進み出て、後ろの二人を守るように片手を広げた。
「あら、わたくしは殿下の婚約者です。なぜ暗殺などしなくてはならぬのです?」
「それは――」
側近は横目で後ろを確認して頷いた。見ればわかるだろうということか。最低だ。
オフィーリアは今すぐ彼の胸ぐらをつかんで奥の二人に投げつけたい衝動を必死にこらえ、笑みを張り付けた。
ここで暴れれば即斬首刑ルートだ。
斬首は嫌ですし、と一人心の中でごちる。
「ふふ、そうですわね。ですが、そちらの死にが――いえ、アルメリア様がわたくしを暗殺なさるならまだしも、わたくしが暗殺だなんて。ご存じでございましょう? わたくしならばそのような回り道をせず、正々堂々真正面から殿下を撲――苦言を呈しますわ」
扇子を閉じ、パン、と手の平に打ちつけると王太子から短い悲鳴が聞こえた。情けない。百年の恋も一気に冷めるというものだ。
これを支えようとしていた過去の自分に喝采を送ってあげたい。なんなら残像を使って一つのホールを拍手で埋め尽くしてもいい。
オフィーリアは諦めの極地でそう思った。
「なんと野蛮な。やはり私を亡き者にしようとしたのはこのオフィーリアで間違いない。見ろ、あの冷徹な顔を!」
「生来この顔ですわ」
「ぐぬぬ! ああ言えばこう言う! これだけ証拠が揃っていながらまだしらを切り通すか。可愛げのない奴め。……そうだ。決めたぞ。オフィーリア、お前は第五監獄へ送ってやろう!」
「第五監獄?」
聞きなれぬ単語に首をかしげる。
国に存在する監獄は第一から第四まで。第五など聞いたことがない。
(いえ、もしかしてあれのことかしら?)
王宮の地下に、隠された監獄があると風の噂で耳にしたことがある。なんでも表に出せない囚人を秘密裏に収監する場所だとか。
今回のループでは特にこれといった対策はせず、男爵令嬢との距離はほどほどに、王太子への態度もほどほどに留めた超ノーマル進行のはず。
それがなぜ暗殺の疑いをかけられているのか。
理解不能だが、今考えても仕方がない。
何かオフィーリアの与り知らぬところでループへの対策が行われたのかもしれない。そしてそれが第五監獄への道を開いた。
(少し、調べてみる必要がありそうね)
此度の運命は既に決定された。
王太子の側近たちが揃いも揃って青ざめているのには気付いていたが、今更足掻いたところで詮無きこと。
「謹んでお受けいたしますわ」
オフィーリアはドレスの端を軽く摘まんで頭をさげた。




